【著者インタビュー】伊吹有喜『雲を紡ぐ』/布工房を舞台に家族の衝突や葛藤を描いた、心あたたまる物語
いじめで高校に通えなくなった娘、無口な父親、激しく非難してくる母親……3人の衝突や葛藤、隠された思いを、岩手県盛岡市の布工房を舞台に丁寧に描いた家族小説。
【大切な本に出会う場所 SEVEN’S LIBRARY 話題の著者にインタビュー】
『彼方の友へ』の著者が盛岡の布工房を舞台に親子3代の衝突、心の葛藤や人知れぬ思いを丁寧に紡いだ心あたたまる家族小説――
『雲を
文藝春秋 1750円
高校生の美緒は学校に通えなくなって家に閉じこもるが、英語教師の母、メーカー勤務の父とも心が通じない。東京の家を飛び出して向かったのは、岩手県盛岡市にある、祖父の営むホームスパンの工房だった。羊毛を洗うことから修業を始める美緒を人々は温かく見守る。そこに心配した親がやってくるのだが‥‥。布をめぐり家族が再生していく物語。
伊吹有喜
●IBUKI YUKI 1969年三重県生まれ。中央大学法学部卒業。出版社勤務を経て、2008年『風待ちのひと』でポプラ社小説大賞特別賞を受賞し、小説家デビュー。2作目の『四十九日のレシピ』が話題となり、ドラマ化、映画化される。『ミッドナイト・バス』が山本周五郎賞候補、直木賞候補となり映画化。『彼方の友へ』が直木賞候補、吉川英治文学新人賞候補に。その他の著書に『今はちょっと、ついてないだけ』『カンパニー』など。
女子高生と父親、2人の視点を通して母親の孤独を鮮烈に描けたらと思った
ふわふわの羊毛から糸を紡いで織るホームスパンという布がある。岩手県盛岡市にあるホームスパンの工房を舞台に、高校生の美緒と家族が絆を取り戻していく物語だ。
「ホームスパンは軽やかでとっても丈夫な布なんです。着れば着るほど体に馴染み、親子、孫の3代で着られるくらい心を配って作られています。時を超える布、いつの時代も愛される布に興味を持ちまして、その染め織りに親子、孫の心模様を重ねてみました」
伊吹さんの手には何年も愛用しているというホームスパンの真紅のショール。ふんわりとやわらかく、手仕事の温もりが感じられる。
そんなあたたかな世界がある一方で、家族はギスギスと衝突をくり返す。いじめで高校に通えなくなった美緒は家に閉じこもり、無口な父親とも、激しく非難してくる母親とも心を通わせることができない。
伊吹さんは美緒と父親の2人の視点から家族を描いていく。美緒から見ると不機嫌で怖い父親は、実は娘を気遣っていた。母親の真紀は英語教師の仕事がうまくいかず、大きなストレスを抱えていた。
「2人の視点を通して、母親の真紀の孤独を鮮烈に描けたらいいなと思いました。真紀は私の世代によく見受けられる頑張り屋さんなんです。男性に甘えないで自立するという意識が強い。ゆえに学校に行けない美緒のやわらかい感性や、自分が押し殺してきた女性性が歯がゆくて、もっと強くならなきゃと言ってしまう」
伊吹さんはそういう真紀が好きだという。彼女はモンスターではなく、誰の中にも同じものはある。だから真紀の心の動きをていねいに追いかけていった。
ホームスパンの取材で盛岡を訪れて初めて知ったのは、街に根付くコーヒー文化だった。
「歩いているとコーヒーのいい香りがするんですよ。自家焙煎の喫茶店がいくつもあるんです。地元の人の仕事の息抜きの場は私にとって取材の楽しみになりました。取材で触れた街の魅力がそのまま小説の中に入っています。本を片手にコーヒー屋さんめぐりをしていただけたらうれしいですね」
名物の「チロル」のチーズケーキを堪能し、「うまいコーヒーの陰にうまい菓子あり」と言う伊吹さん。作中には実在する店が登場し、喫茶店のなごやかな雰囲気が物語をあたたかく彩っている。
素顔を知りたくて SEVEN’S Question+1
Q1 最近読んで面白かった本は?
『いいことだけ考える 市原悦子のことば』。市原さん、好きだなあと思いました。
Q2 新刊が出ると必ず買う好きな作家は?
そうしたかたが多すぎて……最近は小説より昭和の服飾史など、執筆のための資料を読むことが多いですね。
Q3 好きなテレビ番組は?
旅行が好きなので『東野・岡村の旅猿 プライベートでごめんなさい…』(日本テレビ系)は、時間のあるときに録画をまとめて見ています。
Q4 好きな映画は?
バレエが好きなので、バレエ関係のDVDを見ることが多いですね。
Q5 最近気になるニュースは?
健康関連のニュースと花の開花時期。梅や桜がいつ咲くのか、毎年ソワソワしています。
Q6 最近ハマっていることは?
花を見に行くこと。沈丁花、クチナシなど散歩しながら花を探すのが好き。
Q7 いちばんリラックスする時間は?
読書と三味線を弾いているときですね。三味線は28才からお稽古を続けています。
Q8 運動はしていますか?
水泳と水中ウオーキングを。減量中なので、回数を増やしたいですね。
●取材・構成/仲宇佐ゆり
●撮影/黒石あみ
(女性セブン 2020年2.27号より)
初出:P+D MAGAZINE(2020/07/14)