【著者インタビュー】月村了衛『非弁護人』/法の埒外に置かれながらも法に則って闘うダークヒーロー

元東京地検検事でありながら、法曹界から追放されたアウトサイダーとして生きる主人公は、パキスタン料理店で出会った8歳の少年から、いなくなった同級生を探してほしいと依頼される。事件を追ううちに浮かび上がった「ヤクザ喰い」の正体とは? エンタメ界の注目作家によるリーガルサスペンスの傑作!

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

道を外れた元検事が非道極まる「ヤクザ喰い」を裁く! エンタメ界最注目作家による白熱のリーガルサスペンス!

『非弁護人』

徳間書店
1870円
装丁/泉沢光雄 装画/木村タカヒロ

月村了衛

●つきむら・りょうえ 1963年大阪府生まれ。早稲田大学第一文学部文芸学科卒。2010年『機龍警察』で小説デビュー。12年『機龍警察 自爆条項』で日本SF大賞、13年『機龍警察 暗黒市場』で吉川英治文学新人賞、15年『コルトM1851残月』で大藪春彦賞、『土漠の花』で日本推理作家協会賞、19年『欺す衆生』で山田風太郎賞。著書に『影の中の影』『水戸黄門 天下の副編集長』『ガンルージュ』『東京輪舞』『暗鬼夜行』『奈落で踊れ』『白日』等。176㌢、62㌔、A型。

人間や社会に対する怒りや悲しみ、希望を含めて小説家は作品に昇華させるしかない

 大衆文芸の王道に連なる設定や筋運びと、目を背けたくなるほど醜悪で邪悪な「今、ここ」のあり様―。
 そんな対極的ともいえる要件の両立を真骨頂とする月村了衛氏の新作『非弁護人』の魅力もまた、元東京地検検事でありながら法曹界のアウトサイダーとして生きる主人公〈宗光彬〉の設定に尽きると言えよう。
〈今の自分は、法と無法の境に立って、法に従う非弁護人なのだ〉とあるように、反社会勢力を顧客に持ち、高額な相談料を得る宗光は、元同僚のヤメ検〈篠田〉にすれば屑も同然。が、法の外側にいてこそできることもあり、東十条のパキスタン料理店で出会った8歳の少年〈マリク〉から、家族共々姿を消した同級生〈安瑞潤アンソユン〉の捜索を依頼された彼は、やがて食いつめた元ヤクザや在日外国人を食い物にする〈ヤクザ喰い〉の正体に迫り、暴力ではなく法廷、、で闘うのである。

「今作を書くにあたってまず頭に浮かんだコンセプトが、このヤクザを食い物にする『ヤクザ喰い』という文言と、法曹界のブラックジャック、、、、、、、、、、、、という2つでした。
 一般に弁護士というのは、各弁護士会への加入が必要で、宗光のように犯罪歴があるとどんなに優秀でも拒否されてしまう。弁護士以外による非弁活動が禁じられる中、法の埒外に置かれながらも法にのつとり、リーガルに闘うダークヒーローという設定はかつてなく、相当に面白いんじゃないかと。
 また暴排条例の施行(10年)以降、ヤクザの人権問題は最近注目されてもいて、ヤクザの家族、特に子供たちは悲惨な状況にあります。要領の悪い組員はリストラの対象になり、銀行口座が作れないため転職や転居も難しいとなると、それでなくても差別や偏見に喘ぐヤクザの子供の生活はどうなってしまうのか……。
 その2つの着想から生まれたのが本書で、今思えば不寛容な日本社会に対する私自身の怒りが形となって現れたような気もします」
〈世界が清潔であったことなど歴史上一度もない〉
 それが6年前、〈習志野開発〉による用地不正取得の捜査に着手した途端、内部告発者を自殺に追いやられ、ありもしない受託収賄の罪を負わされた宗光の実感だ。
 冒頭、台東区の倉庫で覚醒剤2㌔が押収され、〈縣組〉の組員が関与を疑われた裁判の場面が、出所後は弁護士にもなれず、裏社会の法律相談でしのいでいる宗光のリーガルな思考回路を映し、しょっぱなから興味深い。彼は提出された証拠について盗聴など検察側の違法性をつき、なんと判決を覆してしまうのだ。
「非弁護人の彼が担うのは論理構成までですけどね。習志野の一件で正義を全うしたはずの彼は、最高検のお偉方や同期の篠田にすら裏切られ、法廷での居場所そのものを失ったんです」
 失意の彼は家すら持たず、最小限の荷物をリモア社のアルミ製トランクに詰め、ホテルを転々とする毎日だ。
 そして、東十条の安ホテルに滞在中、父親の店で宿題をするマリクと出会う。その少年は昼食代を少しずつ貯めたという全財産の3300円を迷わず差し出すほど、ソユンの行方を本気で案じていた。きっと共に在日外国人の子供同士、支え合ってもきたのだろう。現に〈世の中には悪いことしかない〉とこぼす宗光にマリクが〈僕だって知ってるよ、それくらい〉と返し、小さな依頼人となるシーンなど、本作は胸がしめつけられる場面に事欠かない。
「こうした子供の出し方は、娯楽小説の王道である一方、リスキーでもありました。かつては子供を助けるヒーロー像は大衆文学の本流であったのですが、現在そうしたリテラシーは失われつつあります。しかし私はこれまでの読書歴を通じて自分なりに体得した大衆文芸の本質を表現していきたいと思っています。そうした私の方向性と、社会の歪みは常に弱者へと向かうという真実とが、今回はうまく合致した気もしています」
 ソユンの父安勝現アンスンヒヨンは失職した元組員で、周囲を有機農業の投資話に勧誘し、親族諸共姿を消したという。その安が〈徳原〉なる男と行動し、パンフレットには〈瀋陽興産〉とあった事実を掴んだ宗光は、社名こそ違うものの構図は瓜二つの集団失踪、、、、、、、、、、、に、その後何度も出くわすことになるのだ。

目を疑うほどの日本人の無関心さ

 徳原の他、〈加藤〉〈寺田〉〈田島〉〈長谷部〉等々、架空の投資話や移住計画を持ちかけ、金を集めるだけ集めて消えた人々の隣には、常に協力者らしき男の影が。が、彼らは年柄も身なりもバラバラな上に印象が薄く、ひとまず失踪者側の事情を西は征雄会の〈楯岡〉、東は遠山連合〈久住〉らの協力を得て探る宗光は、あまりにも簡単に人が消え、かつ誰も騒がない、日本社会の〈無関心さ〉に目を疑った。
〈関係者全員が姿を消し、後には何も残らない。失踪しても騒ぎにならないような者達を対象としているからだ〉〈責任を問われることさえなければそれでいい。行政とはそういう発想の上に回っているものらしい〉
「ヤクザ=必要悪かはともかく、暴力団が社会的脱落者の受け皿として機能した時代は確かにあったと思う。暴力団に代わって台頭したのが半グレですが、私が最も邪悪だと思うのは半グレに加担する一般人です。女性の人生を台無しにして『社会的に成長できてラッキーだった』と言い放つ元大学生の大手企業社員。それを許容する社会は許せない。児相の怠慢による子供の虐待死とか、今や日本人の無責任、無関心が報道されない日はないでしょう。外国人実習生の実態だって本当に酷いと思うし、ただでさえ社会に居場所のない人々に目を付け、食い物にする加藤なり長谷部なりという個人を超えた概念、、、、、、、、を、私はこの孤高の非弁護人と対決させたかったんです」
 そんな宗光の闘いを見守る楯岡や久住や篠田も含め、各々の思いが交錯する法廷シーンは、まさに見物だ。
「いやいや。私も法廷物は映画も含めて大好きですが、自分ではもうこりごりと思うくらい大変でしたね。
 ただ、これだけ暴力系な方々がいる中で、法による闘い、、、、、、に拘る宗光の心理は、私もわかる気がするんです。何らかの敵に法律家は法で斬り込むしかなく、それは小説家も同じこと。自分も含めた人間や社会に対する怒りや悲しみ、あるかなしかの希望も含めて、作品に昇華させるしかないので」
 そもそも法とは法だけを意味せず、宗光やマリクや楯岡達が様々な矛盾を生きながらもこれだけはと芯に持つ何か、守りたい何かを、この物語に読んだ気もした。

●構成/橋本紀子
●撮影/国府田利光

(週刊ポスト 2021年5.28号より)

初出:P+D MAGAZINE(2021/06/05)

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