【著者インタビュー】丸山正樹『わたしのいないテーブルで デフ・ヴォイス』/コロナ禍のいま、聴こえない人たちが置かれている状況をリアルタイムで描く

新型コロナウイルス感染症が蔓延し、家族の時間が増えるなか、娘が母親を包丁で刺す傷害事件が起こる。逮捕された娘は、耳が聞こえない“ろう者”だった……。本好きから厚い支持を受ける「デフ・ヴォイス」シリーズ最新作!

【SEVEN’S LIBRARY インタビュー】

「障害は当事者ではなく社会の側にあるのではないか」

『わたしのいないテーブルで デフ・ヴォイス』

東京創元社 1760円

『デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士』『龍の耳を君に デフ・ヴォイス』『慟哭は聴こえない デフ・ヴォイス』に続くシリーズ第4弾。手話通訳士をする荒井尚人は、刑事の妻・みゆき、みゆきの連れ子の美和と、そして自身との間に生まれたろう児の瞳美の4人家族。ひととき≪まごうことなき幸せな、平和な時間≫を過ごしていたが、新型コロナウイルス感染症が家族を襲う。中学3年生になった美和は自宅学習に。荒井は世の中の自粛で手話通訳士の仕事が激減。家族の時間が増える中、娘が母を包丁で刺す事件が起こる。加害者の娘はろう者だった――

丸山正樹

●(まるやま・まさき)1961年東京都生まれ。早稲田大学卒。シナリオライターとして活躍後、松本清張賞に応募した『デフ・ヴォイス』でデビュー。丸山さん曰く「発売から何年も経ったある日、書評サイト『読書メーター』でものすごい反響になって。出版社の担当にそのことを伝えて、文庫化が決まりました」。「デフ・ヴォイス」シリーズのほか、『漂う子』『刑事何森 孤高の相貌』『ワンダフル・ライフ』など。

前作『ワンダフル・ライフ』で新境地を開いた、いま最注目の著者がコロナ禍の「デフ・ヴォイス」シリーズ最新刊を語り尽くす

 本好きのあいだで評判を呼んでいる「デフ・ヴォイス」シリーズ。ろう者の両親のもとに生まれた聴こえる子(CODA=Childrenof Deaf Adults)で、フリーの手話通訳士である荒井を主人公にした小説で、「デフ・ヴォイス」とは、ろう者の発する声だ。
 最新作では、コロナ禍のいまを描く。2人の娘の学校や幼稚園が休校・休園になって荒井は仕事をセーブせざるをえない。病院や銀行、役所などに同行する手話通訳の仕事そのものも激減している。
「前作(『慟哭は聴こえない』)で小説の時間が現実にほぼ追いついたので、当然のことながらコロナのことを書くのは避けられなかったです。自分にとっては初めての新聞連載でしたが、細かいところまでは最初から決めずに、身近にいる聴こえない人たちが置かれているいまの状況を、リアルタイムで書いていこうと思いました」

自分の問題なのにないがしろにされている

 タイトルは、小説に出てくる「ディナーテーブル症候群」から取られている。聴こえる家族の中にろう者が一人だけいる場合、口話や身ぶりで理解しようとしても会話を追い切れず、話の内容を把握できずに疎外感を覚えることをいう。
「この言葉を知ったとき、夕食の場で、その当人だけいない状況が映像として浮かんだんです。いるのに、いない。タイトルを決めたら、全体像が見えました。今回は『当事者の不在』だと。聴こえない人や障害者に限らず、自分の問題なのにないがしろにされている、っていうのは、実はいろんな人が経験していることなんじゃないかと思います」
 丸山さんの小説では、聴こえる人のことは単に「聴者ちようしや」と書かれ、健常者や健聴者という言い方はされない。
 聴者である母親を包丁で刺したとして、ろう者である娘が傷害容疑で逮捕された。荒井は、心を閉ざして胸のうちを明かさない容疑者の手話通訳を頼まれる。
 荒井の家庭では、次女の瞳美ひとみだけが聴こえない。瞳美がいるときの家族の会話は手話だが、4歳になった瞳美は、自分のわからない言葉があることに気づきつつある。自分以外はろう者という家庭に生まれ育った荒井自身も、一人だけ聴こえることにずっと疎外を感じていた。

ろう者や手話通訳士の知り合いから聞いた話を書く

 松本清張賞の最終候補に残って出版された『デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士』は、シリーズ化を考えて書かれた作品ではなかったのに、CODAというマイノリティーである荒井が抱え込んできた家族への複雑な感情、警察官である妻みゆきと結婚してつくりあげる新しい家族への思いなど、これまでの3作で描かれてきた家族の歴史やさまざまなエピソードが、第4作であるべき場所にぴたっと収まった印象を受ける。
「ずっと読んできてくれた人が、ここにきて、いろんなピースがぴたっとハマったと言ってくれて、『すべて計算通りです』と答えてるんですが、嘘です(笑い)。自然とそういう流れに行き着いたというのか、作者の能力を超えた不思議な何かを自分でも感じています」
 1作目を書いたときは、ろう者や手話ができる知り合いはおらず、資料や映像を頼りに書いていったという。『デフ・ヴォイス』という本が出たことで、ろう者や手話通訳士(者)の知り合いが増えて、2作目以降は、彼ら彼女らから聞いた話を書いていくようになった。
「私、『エゴサーチの鬼』と言われてまして。ツイッターを検索して、作品を読んだ感想をつぶやいてくれた人を見つけると、とりあえずお礼のリプライをするんですけど、やりとりをするなかで、『手話やってます』とか、『ろう者です』とか、少しずつ相手のことがわかって親しくなっていくんです。
 コロナの前は、そうやってお会いするなかで見聞きしたことを書かせてもらっていました」
 当事者ではない人間がろう者を書く責任として、小説の「題材」として通り過ぎるのはやめようと思ったという。1作目が出た後で手話を学び始め、いまはろう者とはできるだけ手話で会話する。
「ちゃんとした取材のときは手話通訳をお願いしますし、わからないことがあれば筆談することも。コロナの前は週1回手話教室に通ってたんですけど、正直に言うと、週1回の教室よりも、実際に会って1時間、ろう者としゃべる方が身につきます」
 慣れが大事で、1時間やりとりしていると最後のほうはかなりわかるようになるそうだ。
「聴覚障害に限らず、障害というのは当事者ではなく社会の側にあるのではないでしょうか。単純な話、エレベーターやスロープができれば、少なくともそこで、車いすに対する障害はなくなります。だんだんそういう方向に向かっていると思いたいけど、オリンピックの閉会式に手話通訳がつくと、『なんで?』という反応もあったりして、まだまだなんだよな、と思ったりも」
 前作『ワンダフル・ライフ』には頸髄損傷者の妻を自宅介護している夫が出てくる。丸山さん自身、同じ障害を負った妻を、この30年、介護してきた。毎晩2度、体位交換のために起きる生活を続けている。
 週に3日、ヘルパーに来てもらっている時間と、週1日、通所施設に妻が行っているあいだが執筆時間になる。
「小説は私と妻の話ではないんですけど、プライベートにかかわりのあることを書けるようになったというのは、自分の中での大きな変化ですかね。『デフ・ヴォイス』を書いた遠因に、障害を持っている人と会うことが多い環境だったというのもあると思います。
 逆に『デフ・ヴォイス』を書いたことでふっきれて、〝人の褌で相撲を取ってる場合じゃないんじゃないか〟と『ワンダフル・ライフ』が書けたのかもしれません」
『ワンダフル・ライフ』を書いたことで、家族を絆としてだけでなく、陰の部分も含めて描く「デフ・ヴォイス」のシリーズも、一歩、新しい地平に踏み出した印象を受ける。

SEVEN’S Question SP

Q1 最近読んで面白かった本は?
 深沢潮さんの『翡翠色の海へうたう』。いろんな意味で気になる作家で、新作は、沖縄戦の朝鮮人慰安婦の話を取材する作家志望の女性を描いていて、当事者でない自分がこれを書いていいのか、という主人公の悩みは自分にもはね返って思うところが多かったです。

Q2 新刊が出たら必ず読む作家は?
 深沢さん以外だと、寺地はるなさん。どんどん書いて、レベルがまったく落ちないのがすごいです。葉真中顕さん、赤松利市さんも。自分と同じ頃か、後にデビューした作家の作品を読むようになったのは最近で、Twitterを通して交流のできたかたのものは積極的に手に取ります。

Q3 最近、観てよかった映画は?
『ドライブ・マイ・カー』はよかったですね。村上(春樹)さん原作の映画としてはおそらくナンバーワンです。濱口竜介監督の完全な作品にしつつ、たしかに村上さんの世界でもある。韓国手話も含めた、多言語演劇の場面は衝撃でした。

Q4 最近気になる出来事は?
 いっぱいありすぎて‥。いまの政治状況は気になりますね。

Q5 趣味は何ですか?
 映画館で映画を観るのが一番の趣味ですが、最近思うように行けないのは残念です。
 10年前からボクシングをやっていて、最近は、ブラジリアン柔術も始めました。どちらも家のすぐそばにジムができたんです。ブラジリアン柔術は、日系ブラジル人の話を書こうと思っているので、仕事とつながってもいます。60歳を過ぎて健康診断でまったく悪いところがなく、それだけは自慢です。

●取材・構成/佐久間文子
●撮影/浅野剛

(女性セブン 2021年10.14号より)

初出:P+D MAGAZINE(2021/10/16)

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