【著者インタビュー】青木俊『逃げる女』/警察から逃げて逃げて逃げまくる! 手に汗握るノンストップミステリー

2023年の秋に、札幌で元新聞記者が殺害される事件が起きた。荒らされた自室に残された指紋から、警察は市内の興信所に勤める女を被疑者と特定するが……。追う刑事たちと逃げる女の追跡劇の果てに、衝撃の事実が浮かび上がる白熱の長編!

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

人を殺しても逮捕できないヤツがいる――逃げる被疑者と追う道警 白熱のノンストップミステリー!

逃げる女

小学館 
1760円
装丁/bookwall

青木俊

●あおき・しゅん 1958年、横浜市金沢区出身。「横浜市民が『あそこは横浜じゃない』と言う金沢文庫です(笑)」。上智大学卒業後の82年、テレビ東京入社。報道局、香港支局長、北京支局長等を経て13年に退社し、執筆に専念。16年『尖閣ゲーム』でデビューし(文庫化の際『消された文書』に改題)、冤罪問題や司法の壁に挑む個人の闘いを描いた第2作『潔白』は大きな話題に。著書は他に盟友・清水潔氏との共著『知ろうとしないことは罪だ』。171㌢、72㌔。O型。

真相がさして追及もされないまま蓋をされ闇に葬られる現実に我々は慣れ過ぎている

〈逃亡は最大の自白〉だと、司法の場では見なされるという。裁判を放棄する以上、警察も検察も判事も、自動的にそう判断しかねないと。
 にもかかわらず、警察から逃げて逃げて逃げまくるのが、青木俊著『逃げる女』の〈久野麻美〉だ。
 発端は2023年秋、札幌市北区で起きた元新聞記者〈名倉高史〉の殺害事件。独立し、帰札したフリーライターが撲殺され、自室を荒らされたこの事件では、名倉以外に7紋あった指紋の1つが、市内の興信所に勤める通報者・麻美のものと判明。捜査本部では彼女を早々に被疑者と特定するが、逮捕状の発付を待つ矢先、まんまと麻美に逃げられてしまうのだ。
 対してこれを追うのは、道警捜査一課のヒラ刑事で落としの名人ゴロさんこと〈生方うぶかた吾郎〉50歳と、身長170㌢の所轄の新米刑事〈溝口直子〉の凸凹コンビ。そもそも強引に身柄をとり、〈四十八時間以内に自白調書を巻く〉という上層部の方針自体、無理があるこの事件。読者は追う刑事たちと逃げる女の手に汗握る追跡劇の果てに、19年前に遡る驚くべき事件の背景を知り、イヤでも目を見開かされるはずだ。

 16年の初小説『尖閣ゲーム』、そして翌17年の話題作『潔白』と、メディアすら見落としがちな社会問題や今ここにある危機を、「一気読み必至なエンタメ小説」に仕立ててきた青木氏。
「とにかくゴリゴリ読めて、スリリングで、最後に1%問題提起のある小説。それが書きたくて、わざわざ僕は会社を辞めたわけです。
 それこそ中学生の時かな、自分でもこんな小説を書きたいと思ったF・フォーサイス『ジャッカルの日』の巻頭にこうあります。〈テーマは、使い古されてはいますが、いつも人間の心をとらえる、狩る者と狩られる者〉って。つまりドゴール大統領暗殺という道具立て以上に、暗殺者とそれを阻む者との相剋が、普遍的で人の心をとらえると彼は言っているわけです。今回の逃げる者と追う者の相剋のような普遍的装置と、今日的な問題意識とを融合させた、面白い小説を書くことが僕の本望なんです」
 名倉の葬儀場からタクシーに乗り込んだ麻美は、道中のコンビニでトイレに行くふりをして下車。通用口から待たせていた知人の車に乗り込むなど、用意周到この上ない。
 幼い頃に父親が失踪、母も早くに亡くし、道内有数の進学校を中退後も苦労続きだった麻美。そんな彼女を調査員として採用した左翼崩れの興信所所長は、〈麻美には不思議な本能がある。危険をかわす本能が〉と絶賛し、あの子は〈全部ひとりで呑み込んだ〉〈ここがいいのよ〉と頭を指さすのだった。
「舞台を北海道にしたのは、どうも僕は北方志向というのか、盟友の清水潔さんとシベリア鉄道に乗ったり、寒いところが単純に好きだからです(笑)。
 北海道は『潔白』の取材でも結構ウロウロしていて、〈道内から出すな〉と道警は躍起になるだろうし、その包囲網を抜けて道外に出る手段の選択肢的にも、逃亡劇には格好の舞台だと思えました。例えば札幌駅からでもJR、地下鉄、バス等々のうち、何を使ってどこに逃げるか、ルートは無数に考えられるわけです。
 もちろん道警側も陸海空の全てを潰しにかかるだろうし、特に今は〈顔認証システム〉で標的の移動情報も逐次手に入る。一方で配備には当然時差が生じます。全て封じたはずなのに、えっ、丘珠空港? あれっ、競馬場の放置自転車? とかね。そうやって警察が常に後手後手に回った結果、あと一歩というところで麻美に逃げられる過程がスリル満点に書ければ、残るのはその執念に見合うだけの動機を描き切ることだけでした」

読者を欺くにはまず自分から

 札幌からは網走、釧路と流れ、女将が何も聞かずに雇ってくれた炉端焼き屋では生方らが踏み込む直前に脱出。その後も能力を全て駆使して逃げ回る麻美には、確かに相応の決意や目的があるはずだ。
 ちなみに本作ではその目的も名倉殺しの真犯人も最後まで明かされず、なぜ麻美が葬儀場から逃げたのかも曖昧なまま物語は進む。仮に無実の罪から逃れるためだとしても、それだけでここまでの執念を持てるものだろうか。
「確かに自分のために逃げた部分もなくはない。ただ僕は彼女にもっと社会的で個人を超えた使命感を持ってほしかったし、特に今はそういうジェンダーレスで視野の広いヒロインが求められていると思うんです。
 その使命が何かはネタバレになるので言えませんが、要はモリカケでも何でも、我々は真相がさして追及もされないまま闇に葬られ、あらゆるモヤモヤがモヤモヤなまま蓋をされる現実に慣れ過ぎちゃいないかと。本書の生方も事件の背景を徹底的に暴くところまでは結局いけずにいる。それは現場の一刑事に解決できるような問題じゃないからで、巨大なモヤモヤは実在、、し、真相が100%明らかになることはないけれど、そのとば口、、、までは行けるはず。モヤモヤが当然だといって諦めずに、突き詰めようとすることが大事なんです」
 その成果を1つ1つ形にし、社会的に共有するしかない以上、小説や虚構にもできることはあるはずだと。
「延々説明されたらウンザリするような問題にさりげなく気づかせたり、本来は謹慎でも仕方ない生方たちをあえてとことん追わせ、清張作品みたいな昭和タイプの旅する刑事、、、、、、、、、、、を、小説でなら書くこともできる。
 僕自身は鉄チャンではないどころか、あまり鉄道には興味がない。でも、旅そのものは好きなので、麻美の逃走ルートは一通り取材しましたし、この通り逃げようと思ったら本当に逃げられるようには書いたつもりです(笑)」
 本作では読者の裏をかき、度肝を抜くためにも一度書き上げたルートを没にし、自作の裏を自らかく、、、、、、、、、ことで、誰も予想しなかった展開を実現しようとしたという。
「なかなか簡単には騙されてくれない読者を欺くには、まず自分からって(笑)。そうまでしても、僕は読む人をアッと言わせたいし、一気に読ませたいんです」
 そうしたハラハラ、ドキドキの先に、〈麻美を逮捕し監獄に閉じ込めて、それで全部に蓋をする。上が考えてんのはそういうこと〉といった台詞がリアルに響く社会への疑念や怒りが生まれる。著者の言うゴリゴリ読めるエンタメとは、そんな骨太で建設的な真に面白い小説を意味するのだ。

●構成/橋本紀子
●撮影/国府田利光

(週刊ポスト 2021年11.19/26号より)

初出:P+D MAGAZINE(2021/11/25)

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