【著者インタビュー】早見和真『笑うマトリョーシカ』/山本周五郎賞受賞第一作! 政治の世界を舞台に「人間」の闇を描く

40代で官房長官に登りつめたカリスマ政治家が、もしも誰かに操られているとしたら……? 執筆に際し、約40名の政界関係者に会い、ラストはほぼ寝ず食べずの極限状態で一気に書き上げたという著者渾身の一作!

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

若き官房長官が誰かの操り人形だとしたら? 青年政治家の闇を描く山本周五郎賞受賞第一作!

笑うマトリョーシカ

文藝春秋 
1870円
装丁/野中深雪 装画/junaida

早見和真

●はやみ・かずまさ 1977年横浜市生まれ。桐蔭学園高校時代は硬式野球部所属。國學院大学文学部在学中からライターとして活躍し、08年に『ひゃくはち』で小説デビュー。15年『イノセント・デイズ』で日本推理作家協会賞。19年『ザ・ロイヤルファミリー』で山本周五郎賞とJRA賞馬事文化賞。著書は『95』『小説王』『あの夏の正解』等の他、かのうかりん氏との絵本『かなしきデブ猫ちゃん』が今年12月NHKでアニメ化予定。184㌢、69㌔、A型。

国や国民のためにどれだけ執着できるか その心意気の有無が本物と偽物を分ける

〈ずっと得体が知れないと思っていた〉〈正体を見極めたいと担ぎ上げた生徒会長選だったのに、いま壇上に立つ清家の姿を目の当たりにして、私はさらに混乱する〉〈そもそも本性が存在しないというか、どうしようもなく空っぽに見えて仕方がない〉〈清家はあまりにも完璧だった。完璧に仮面をかぶり続けた〉―。
 人が人に見せる顏や内面と外面の関係性。はたまた本当の自分、、、、、といった文言の危うさを問う舞台として、早見和真氏が『笑うマトリョーシカ』で選んだのが、他でもない、政治の世界だ。
 主人公は40代で官房長官に登りつめた愛媛県出身の民和党代議士〈清家一郎〉。物語は松山市内の名門男子校〈福音学園〉で彼が後の秘書〈鈴木俊哉〉と出会う高校時代に始まり、政治家志望の一郎を俊哉が支え、夢を実現するまでが、主に俊哉の視点で語られてゆく。
 もつとも政治の世界は〈友情と裏切りの二重奏〉。一郎の本心は参謀役の俊哉にすら掴めず、時にそれは空虚な〈がらんどう〉を思わせた。だとすれば剥いでも現れる仮面の中心には誰がいて、最後に笑うのは誰なのか? なるほどこれは震撼必至の、「僕史上、最も突拍子もない小説」かもしれない。

「確かにこれを青春小説やミステリーとして読む人もいると思う。でも僕自身は『今回は人間を書こう』とそれだけを考えていたし、政治小説に分類されたらショックなくらいです。
 僕は元々、よく人は人を一方的に決めつけ断罪するけれど、どれだけ本当のことが見えているのか、、、、、、、、、、、、、、、、、ってことを書いてきた気もする。高校球児は爽やかなだけなのかとか(『ひゃくはち』)、周囲から幸せに見える家族は本当に幸せかとか(『ぼくたちの家族』)。そのひとつの到達点が、凶悪犯は本当に悪かを突き詰めた『イノセント・デイズ』で、この主題をもっと人間存在そのものの謎にまで深めて描けないかと考えたんです」
 その舞台を模索する中で、ある若手議員と親しくなり、定期的に食事をする仲に。
「彼は話の嗅覚が抜群によく、僕の持論をしきりに聞きたがるんですね。するとある時、彼が会見で僕の話した持論を彼の言葉として話しているのを見たんです。別に嫌な気はしなかったし、むしろ会う人間全てをブレーンとして捉え、吸収すべきは吸収する貪欲さは、信用できる気がしました。
 以来、彼の背景に沢山の顔が浮かぶようになった。そして、仮に中身が空っぽだとして何が悪いのか、だから何でも吸収できるんじゃないかと考えてみたんです。これはそんな突拍子もない仮説、、から生まれた物語で、あえて分類するならジャンルは〈見くびるな〉。そういう小説なんです」
 愛南町出身で、学校近くのマンションに母親と暮らす一郎と、不動産業を営んでいた父親が贈収賄で逮捕され、都内の名門私立を追われた寮生の俊哉。そして実家が料理屋を営む後の後援会長〈佐々木光一〉の3人が、〈ねえ、何読んどんの〉と本の話で盛り上がり、〈俺たちが話しとったんは『砂の器』の映画の方や〉と言って一郎の部屋でビデオを見る約束をするあたりは、ごくごく自然な青春だ。
 が、父と子の過酷なお遍路旅に一郎は号泣し、唐突に自らの出自を打ち明ける。実は彼の実父は大物代議士〈和田島芳孝〉で、銀座のクラブ出身の母〈浩子〉は一人で息子を産み、祖母と育ててきたというのだ。
 やがて俊哉は東大から経産省、一郎は早大から福音学園ОBの議員〈武智和宏〉の秘書となり、27歳で初当選。俊哉が政策担当秘書に就き、着々と出世するが、その間、俊哉と浩子は立場を越えて急接近し、武智も謎の事故死を遂げるなど、不穏な影が―。
 一方、一郎の自著『悲願』を手掛かりに一連の闇に迫るのが、東都新聞の〈道上香苗〉だ。彼女は彼の自著にない大学時代の空白や卒論で扱ったヒトラーの参謀・ハヌッセンに着目。清家一郎とは何者かの操り人形であり、〈ニセモノ〉ではないかという仮説の下、その過去を徹底的に洗い直すのである。

日本の息苦しさは決めつけのせい

 執筆に際しては約40名の政界関係者に会ったという。
「僕自身は政治をネガティブには捉えてなくて、期待感が物凄くあるんですけど、耳障りのいいことばかり言う議員はむしろ信用できない。逆にこっちが知らず知らずのうちに転がされていたのではないかと感じる強者もいて、そういう人ほど出世もしているんですよね。
 失望したのは、ある議員が自分はいつ議員を辞めてもいいんだと、さも潔い風に言ったこと。僕の感覚からするとそれってすごくダサい台詞で、沢山の人があんたに時間やお金を投資し、期待もかけてるんだから、もっと執着しろよと。それこそ国とか国民のためにどれだけ執着できるかが政治家の唯一の正義だと僕は思っていて、その心意気の有無が本物と偽物を分けるんだと思う」
 香苗が会社をやめてまで追う謎多き政治家の過去と、常に人が切ったり切られたりする政治の情け容赦なさ。第4部以降にはさらにゾッとする怒涛の展開が待ち、それを著者自身、ほぼ寝ず食べずの極限状態で一気に書き上げたという。
「今の日本が息苦しいのは一方的な決めつけのせいで、知りもしない人を叩くだけ叩いて選挙には行かないとか、ホントに傲慢だなって。
 その1票で何かが変わる可能性があるなら、期待を込めて謙虚に臨むべきだし、本当に国民のためを思って働く政治家も結構いるのに、みんな見くびり過ぎです。彼らがイイ人である必要はない。むしろ本当の自分なんてなくてもきちんと化け物であってほしいし、その空洞を国のために使う縦軸さえブレなければいい。5秒後を考えられない人に、10年、20年後の世界を考えられるはずもなく、『政治は未来のもの』という政治観は僕の本心でもあります」
 本書に続き、来年3月に刊行される『八月の母』と『かなしきデブ猫ちゃん』第3弾を最後に、『店長がバカすぎて』や『ザ・ロイヤルファミリー』が生まれた地・松山を離れるという。
「6年前に静岡県の河津から越してきて、ここでは絵本を出したりFMの番組を持ったり、町や人と関係を作りまくったんで、相当なロスを生む自信があります(笑)。1人の人間の中に表も裏もあるように、最後は部外者・早見が見た裏愛媛と表愛媛を描いた2冊で締めるつもりです」
 これから先の未来、作家は小説、件の政治家は大説でコミットし続ける約束らしい。

●構成/橋本紀子
●撮影/国府田利光 撮影協力/料理旅館 栴檀

(週刊ポスト 2021年12.3号より)

初出:P+D MAGAZINE(2021/12/01)

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