【フェチ文学の世界】足フェチ・耳フェチ・匂いフェチ

谷崎潤一郎、川端康成、江戸川乱歩……文学の歴史を遡れば、危険なフェチの持ち主である小説家がたくさん! この記事では、そんな「素晴らしきフェチ文学の世界」を実際の小説とともにご紹介します!

ある日、大学時代の友人OとLINEをしていて、こんな話になりました。

手LINE1

何を隠そう、友人Oは熱心な「手」マニア。
ちょっとした好奇心から、友人が「手」に執着する理由を知りたくなったのです。ストレートにその理由を尋ねてみると、矢継ぎ早にこんな返事がきました。

LINE画2
(※原文ママ)
友人Oの発言を意訳すると、

“普通の愛は、あらゆる種類の音で構成された交響曲シンフォニーのようである。そこからは、さまざまな興奮が生まれるので、言ってみれば多神教である。それに対して、フェティシズムは、単一楽器の音色しか知らない。ある限定された興奮から成る一神教である。”

となります。これは、アルフレッド・ビネが1887年に『哲学雑誌』の中で提唱した「フェティシズム」の定義そのものではありませんか。友人Oにとって手とはつまり、自らの宗教における唯一の信仰対象なのです。

現在は一般的に、異性の体の一定の部分や衣服などに性的に引き寄せられることを指す「フェティシズム(=フェチ)」。フェチは文学の世界では、古くから描かれてきたテーマでもあります。
今回は古今東西の作品から、そんな悩ましい「フェチ文学」に迫っていきます。

 

一貫した「足」への愛。谷崎潤一郎『刺青』『富美子の足』

フェチ文学1

“フェチ文学”と聞いて、最初に谷崎潤一郎の名前を思い浮かべる人も多いことでしょう。谷崎潤一郎の作品には、一貫して「女性の足」に対するフェティシズムが詰まっています。例えば、『刺青』のこんな1シーン。

拇指おやゆびから起って小指に終る繊細な五本の指の整い方、絵の島の海辺で獲れるうすべに色の貝にも劣らぬ爪の色合い、珠のようなきびすのまる味、清冽な岩間の水が絶えず足下を洗うかと疑われる皮膚の潤沢。

これは、筋金入りの足フェチである刺青師(ほりものし)の主人公・清吉が、美しい足をした女に出会う場面です。女の足のすばらしさが、谷崎らしい流麗な文章で綴られています。清吉は女の顔を見ないまま足だけで彼女に一目惚れをし、5年もの間、彼女を想い続けます。

刺青
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4101005036

よりストレートに「足」へのフェティシズムが表れている短編が、『富美子の足』。初老の男・塚越が芸者・富美子の足の虜になり、やがて病に倒れて死ぬまでが描かれます。臨終の日、塚越は寝床で富美子にこう懇願するのです。

ああ、もういけない。……もうすぐ私は息を引き取る。……お富美、お富美、私が死ぬまで足を載っけていておくれ。私はお前の足に踏まれながら死ぬ。……

“私はお前の足に踏まれながら死ぬ”。これは、本物のフェティシストにしかできない発想でしょう。富美子は黙って2時間半、左右の足で交互に塚越の顔を踏み続けます。そして塚越は小さな声でつぶやくのです。“有り難う……”

谷崎往復書簡
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4122046343

谷崎の作品の端々に見られる常軌を逸した「足」への執着。彼は、やはりと言うべきか、私生活でも足フェチでした。
晩年、妻の連れ子の嫁、つまり義理の娘にあたる渡辺千萬子と300通もの書簡を交わしていた谷崎。渡辺千萬子は、谷崎が75歳で発表した長編小説『瘋癲老人日記(ふうてんろうじんにっき)』のヒロインのモデルとされています。彼女に宛てた手紙の中で、谷崎はこんな短歌を送っているのです。

薬師寺の如来の足の石よりも君が召したまふくつの下こそ

阿弥陀如来の足元で永遠の眠りに就くよりも、君が履いている靴に踏まれて眠りたい。そんな強烈な「足への愛」は、谷崎文学に流れる通奏低音と言っても過言ではありません。

 

もの言わぬ“女体”への愛。川端康成『片腕』『眠れる美女』

フェチ文学2

作品によってテーマや手法をがらりと変え、文学界の「奇術師」とも称された川端康成。『伊豆の踊子』や『雪国』に代表される日本的な美を描いた小説のイメージが強いかもしれませんが、幻想的・官能的な作品も多く遺しています。

中でも、若い娘から一晩の間、腕を借り受けるという衝撃的なストーリーの短編が存在します。その名も、『片腕』。冒頭部分を読んでみましょう。

「片腕を一晩お貸ししてもいいわ。」と娘は言った。そして右腕を肩からはずすと、それを左手に持って私の膝においた。
「ありがとう。」と私は膝を見た。娘の右腕のあたたかさが膝に伝わった。

いかがでしょうか。唐突な始まり方に置いて行かれそうになるものの、膝の上に乗せられた「片腕」から温度が伝わってくる描写は、どこかリアルでエロティックです。“私”は、喋るようになった娘の片腕と会話を楽しみます。

「髪は、ほどくと、肩や腕に垂れるくらい、長くしているの?」私は思いもかけぬ問いが口に出た。
(中略)「お風呂で髪を洗うとき、お湯をつかいますけれど、あたしの癖でしょうか、おしまいに、水でね、髪の毛が冷たくなるまで、ようくすすぐんです。その冷たい髪が肩や腕に、それからお乳の上にもさわるの、いい気持なの。」

ごく控えめに言って、この場面の“私”と“娘”の台詞は完全に官能小説のそれです。“私”が“娘”に尋ねているのは、ほとんど「どこがいいのか言ってごらん」と同義と言ってよいでしょう。

片腕
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4480422412

さらに、川端の代表作として語られることも多い中編小説、『眠れる美女』。これは老いた男が海辺の宿で、深く眠らされた裸の娘とともに一晩を過ごす物語です。眠る娘の姿は、以下のように描写されます。

娘は右の手首をかけぶとんから出していて、左手はふとんのなかで斜めにのばしているようだったが、その右の手を親指だけが半分ほど頬の下にかくれる形で、寝顔にそうて枕の上におき、指先きは眠りのやわらかさで、こころもち内にまがり、しかし指のつけ根に愛らしいくぼみのあるのがわからなくなるほどにはまげていなかった。

言ってしまえば、少女が手を曲げて寝ているだけのシーン。そのシーンをこれほどまで蠱惑こわく的に書けるのはなぜか?それは、川端が手フェチだからに他なりません。

文芸評論家の川嶋至は、川端文学における女性を「彼に女を感じさせる瞬間にだけ光彩を放つ存在」と評しています。「腕」や「眠る女」に向けられる熱心な愛には、モノとしての女体に欲情する川端の強いフェチを感じずにはいられません。

 

恐怖の中に見え隠れするフェティシズム。江戸川乱歩『人間椅子』

フェチ文学3

「怪人二十面相」シリーズなどの探偵小説・推理小説で有名な江戸川乱歩。子どもの頃に一度は読んだことがある、という人も多いのではないでしょうか。乱歩の小説の中にはグロテスクなもの、ホラー要素が強いものも多数見られますが、際立って奇妙な作品が『人間椅子』です。

女流作家の元に1通のファンレターが届くところから、物語は始まります。
それは、椅子職人を名乗る差出人からの手紙でした。差出人の男は手紙の中で、いつからか自らが作った椅子に入り込み、その中で暮らすようになったという恐ろしい告白をするのです。男は、自分が潜んでいる椅子に初めて腰掛けた外国人の娘に愛着を覚えます。

彼女は何の不安もなく、全身の重みを私の上に委ねて、見る人のない気安さに、勝手気儘かってきままな姿体を致して居ります。私は椅子の中で、彼女を抱きしめる真似をすることも出来ます。皮のうしろから、その豊な首筋に接吻することも出来ます。

なんて気味が悪いのでしょう。しかし、彼は、椅子の中でこんな風に考えます。

この椅子の中の世界こそ、私に与えられた、本当のすみかではないかと。私の様な醜い、そして気の弱い男は、明るい、光明の世界では、いつもひけ目を感じながら、恥かしい、みじめな生活を続けて行く外に、能のない身体でございます。それが、一度、住む世界を換えて、こうして椅子の中で、窮屈な辛抱をしていさえすれば、明るい世界では、口を利くことは勿論、側へよることさえ許されなかった、美しい人に接近して、その声を聞き肌に触れることも出来るのでございます。

つまりこの男は、椅子の中にいさえすれば布越しに美人にさわれると言っているのです。しかも、暗くて狭い椅子の中を“本当のすみか”だと思い込んでいる。「あれっ、もしかしてこの人、可哀想なのでは……?」だんだん、そうは思えてこないでしょうか。
何人目かの女性が彼の椅子に腰掛けたところで、彼はこう思います。

彼女は私に、つて経験したことのない理想的な肉体美の感触を与えて呉れました。私はそのあまりの美しさに卑しい考えなどは起す暇もなく、ただもう、芸術品に対する時の様な、敬虔な気持で、彼女を讃美したことでございます。

ここまでくると、「頑張ったね。童貞だもんね」と彼を応援したい気持ちになってきます。椅子越しの女性の体に触れる、というフェチに目覚めた男。その愉しみの裏に、強い劣等感やコンプレックスがあったことは間違いないでしょう。

人間椅子
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4041053285

実は、乱歩自身も非常にネガティブな性格で、人間嫌いだったことが知られています。自著の中で、自分が書いた作品を“我ながら少しも面白く感じられないので、私の癖の熱病のような劣等感に襲われ、どうにも書きつづけられなくなってしまった”と述べているほど。
押絵になってしまった男、人形を愛人にする男……など、モノに執着する男が乱歩の作品に多く登場するのは、その「人間嫌い」に端を発しているのかもしれません。

 

耳、蒲団、生卵……。数知れない「変態」たち

フェチ文学4

その他にも、フェティシズムの匂いがする小説は、枚挙に暇がありません。

ダンス・ダンス・ダンス
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4062749041

村上春樹『ダンス・ダンス・ダンス』には、キキという名前の、耳専門のモデルが登場します。キキのその形のいい耳についての、主人公“僕”の描写を見てみましょう。

会った最初の日にキキは僕に個人的に耳を見せてくれた。(中略)それは写真よりももっと凄い耳だった。信じられないくらい凄い耳だった。彼女は営業用に耳を出す時には――つまりモデルをする時には――意識的に耳を閉鎖するんだ。だから個人的な耳というのは、それとはまったく違う。わかるかな、彼女が耳を見せると、それだけでそこにある空間が変化してしまうんだ。世界のありようが一変するんだ。

いったいどんな耳を見せられたら“世界のありようが一変する”のでしょう。我々には知るよしもありません。

また、変態文学として名高い、田山花袋『蒲団』
蒲団
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4101079013

その衝撃的なラストは高校の文学史などでご存じの方も多いと思いますが、ここで改めて読み返してみましょう。

大きな柳行李が三箇細引で送るばかりに絡げてあって、その向うに、芳子が常に用いていた蒲団――萌黄唐草もえぎからくさ敷蒲団しきぶとんと、線の厚く入った同じ模様の夜着とが重ねられてあった。時雄はそれを引出した。女のなつかしい油の匂いと汗のにおいとが言いも知らず時雄の胸をときめかした。夜着の襟の天鵞絨びろうどの際立って汚れているのに顔を押附けて、心のゆくばかりなつかしい女の匂いを嗅いだ。

匂いを嗅ぐ際、“際立って汚れているのに顔を押附けて”いる、というのがポイントですね。“なつかしい女の匂い”が一番強いであろう部分をきちんと狙い撃ちするその姿勢は、まさにフェティシストの鑑です。

そして最後にご紹介するのは、G・バタイユ『眼球譚』
眼球譚
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4309462278

1928年に匿名で地下出版されたこの小説は、「球体幻想」をテーマに書かれた問題作です。

私たちは、いつかマルセルを、スカートだけ捲り上げて、だが服や靴はつけたままにして、そこに生玉子をいっぱい詰め込んだ浴槽のなかに仰向けに寝かせ、圧し潰された玉子の身のなかで放尿させるところを想像するのだった。

またたく間の出来事として、私は見たのだ、まずはじめに、ぞっとしたことに、シモーヌがなまの睾丸の一つに齧りつくのを、(中略)最後に、ほとんど同時に、逆上したシモーヌが、思わず息を呑むような淫らさを発揮して、白いすんなりした腿を湿った陰門までさらけ出し、その中へいま一つの蒼白い球体をじっくり手ごたえを味わいながら押し込むのを――

……もはや常人には理解しがたい世界が広がってきていますが、この凄まじいまでの「球体」への執着も、ある種のフェティシズムと言えるでしょう。

 

おわりに

手や足、耳に、匂い――。「ちょっと分かるかも」というフェチもあれば、「本気で無理……」と引いてしまうフェチもあったのではないでしょうか。
冒頭でもご紹介したアルフレッド・ビネはその論文の中で、普通の愛においても多かれ少なかれフェティシズムは存在する、と述べています。中でも、“何かちょっとしたものに対する愛が、他のものをすべて消してしまうほど”の重度のフェティシズムは「病気」になりうる、と言うのです。

もし、今回ご紹介した小説の中に少しでもゾクゾクするフレーズがあったなら、あなたもその「病気」にかかり始めているのかもしれません。恐れずに、フェチ文学に手を伸ばしてみてはいかがでしょうか。

 

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