【東京、千葉、京都】SF作品に登場する日本の都市

日本の未来都市と言って想像するのはどんなイメージでしょうか。スピード感、喧騒、無機質、混沌……、さまざまな要素がありますが、技術と情報が集まる場という印象は共通しているように思います。その特色はとりわけ作家たちにインスピレーションを与え、さまざまな物語の舞台になってきました。人気SF小説で日本の都市が描かれている作品をご紹介します。

 

【千葉】危険で猥雑、そして最高にクール! ウィリアム・ギブスン『ニューロマンサー』の千葉

ニューロマンサー
出典: https://www.amazon.co.jp/dp/415010672X

 

あらすじ:
ケイスは凄腕のサイバースペースカウボーイ(電脳空間に没入して活躍する人間)だったが、ささいなミスにより能力を失った。そこへ謎の女・モリイと危険な匂いを漂わせる男・アーミテジが現れ、ケイスの能力の再生手術を施すのと引き換えにある仕事を依頼した。その条件に飛びついたケイスは、電脳世界の暗部に深入りすることとなる。

 

スピーディで目まぐるしい展開、ハードで荒廃した情景、雑味のあるクールな文体など、SFらしい魅力に溢れた『ニューロマンサー』。1984年に発表され、今では伝説的に語られる本書は、肉体に機械を埋め込んで意識を電脳世界に接続するのが一般的になった世界観と、政治やシステムへの批判的な視点を持ち込む「サイバーパンク」という新しいSFのジャンルを打ち立てました。

物語冒頭、電脳世界から追放されたケイスは日本の千葉で失意の日々を送っていました。本書での千葉は「臓器移植や神経接合や微細生体工学と同義語」であり、昼間は毒を含んだ銀色の空の下にあり、夜になると色とりどりのネオンとホログラムに満たされる犯罪者の巣窟。読者は、映画版の「ブレードランナー」や「攻殻機動隊」に登場する、最新鋭の技術とオリエンタリズムが入り混じる、猥雑で刺激的なイメージを想起することでしょう。

 

【東京】まるで無限の病棟か牢獄のよう 伊藤計劃『ハーモニー』における東京

ハーモニー
出典: https://www.amazon.co.jp/dp/4150311668

 

あらすじ:
「大災禍」と呼ばれる危機を経て、人間の命は最も価値あるリソースとして監視システムに維持されていた。ある日、3人の少女が管理体制への抵抗として自殺を企てた。生き残った2人の少女のうちの1人・(きり)()トァンは成長し、WHOの螺旋監察官として働くが、痛ましい事件に直面し、その出来事を境として世界は混乱に陥る。トァンは事件を追う中で、かつての自殺の発起人にして亡くなったはずの少女・()(ひえ)ミァハの痕跡を感じるのだった。

 

2009年に発表された『ハーモニー』は、伊藤計劃の第2作目にして遺作となった作品です。「意識」という本質的な問題を扱う本作の衝撃的な終着点は話題を呼び、SF界に新しい時代の到来を確信させました。HTMLのタグを思わせる記述が随所に見られる文体はストーリーの結末と結びついており、物語に乾いた抒情性を与えています。

東京で暮らす3人の少女たちは、優しさと慈しみの押し付けに息苦しさを感じ、死を選択します。「ひたすらに薄味で、何の個性もなく、それ故に心乱すことのない」と形容される東京の街並みを、トァンは一つの巨大な病棟になぞらえ、そこから逃げ出すことにいったんは成功します。しかし彼女は結局、あれほど忌み嫌った東京へ戻ることになり、静かな破滅の過程を目にするのです。

 

【京都】変わらぬ古都と変わりゆく人々を内包する 野崎まど『know』の舞台・京都

know
出典: https://www.amazon.co.jp/dp/4150311218

 

あらすじ:
人が脳葉「電子葉」によって情報処理を行う未来。情報庁に勤める官僚、御野・連レルは行方不明の恩師、道終・常イチが残したコードの中に暗号を発見し、常イチとの再会を果たす。恩師が託したものは最高の情報処理能力を持つ少女、道終・知ルだった。連レルは目的もわからないままに知ルと行動を共にし、人知の極限に触れていく。

 

「知」や「情報」といった硬質なテーマを平易かつ明瞭な文体で語る本書は、SF小説でありながらエリート官僚と天才美少女の淡い恋物語という側面も持ち、多くの若いファンの心をつかみました。著者の野崎まどは、もともとライトノベル出身の作家で、魅力的なキャラクター造形も読みどころの一つになっています。

2013年に書き下ろされた『know』の舞台は2081年の京都。ここで描かれる社会構造は大きく変化していますが、人の見かけや習慣、風俗などはそれほど変わっていません。未来の京都はバスが混雑し、電車が少し不便で、古い建物や重要文化財に溢れており、変わらぬ京都らしさを残しています。しかし登場人物たちは街中や、実在する寺院、京都御所などで情報分布映像や拡張現実装置を使いこなして活躍します。ゆかりのある和風の情景の中でSF的なガジェットが登場するギャップが、この物語のアクセントになっているといえるでしょう。

 

おわりに

暴力的で無秩序ですが生気に溢れる『ニューロマンサー』の千葉、漂白された無個性が個性になっている『ハーモニー』の東京、今の特色はそのままに先端技術が移植された『know』の京都。どの物語もそれぞれ現実味を帯びているので、小説の中で描かれた3つの都市がこれからどのような未来を迎えるのか、楽しみに見守りたいですね。

初出:P+D MAGAZINE(2019/07/02)

◇自著を語る◇ 角田光代『字のないはがき』
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