読めば必ず食べたくなる平松洋子の美味なエッセイ6選

読んでいるだけで、お腹が空いてくるような描写の数々……。平松洋子のエッセイには、思わず共感してしまうこと間違いなしの「美味しさ」が詰まっています。今回は、おすすめの6作品を紹介します。

「涙とともにパンを食べた人でなければ人生の本当の味はわからない」とは、かのゲーテの箴言ですが、悲しいことがあってもお腹が空くのが、人間の哀しい性。私たちはどんな状況でもつねに何かを食べなければ生きていけないものです。
「オムライスを食べながら別れ話はできませんね」「スパゲッティのおいしさは、歯にくいっと食い込むような食感にある」など、食に関する名言で有名なエッセイスト・平松洋子。彼女の食エッセイが、単なるグルメレポートにとどまらず、食を通じて人間や人生の本質を描こうとしていることは、『買えない味』で2006年第16回ドゥマゴ文学賞(選者・山田詠美)を受賞していることからもうかがえます。共感必至の、読めばお腹が空くこと間違いなしのエッセイのフルコースを召し上がれ。
 

1、『おんなのひとりごはん』~「おひとりさま」を愉しもう~

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 あなたは、ひとりで外食できますか? ランチやカフェなら大丈夫でも、夕飯の「ぼっち飯」は、とくに女性にはハードルが高いもの。けれど、「ぼっち飯」を優雅で自由な「おひとりさま」ディナーに出来るかどうかは、あなた次第。平松洋子は現代女性の「おひとりさま」を肯定、いえ、推奨してくれています。

「ひとりのときは、とっとと自分ちに帰って、食べたいもの食べりゃ問題ないんじゃないの?」と訊いてくる男。わっかんないかなぁ。仕事帰りの一人焼き肉、気ままでいいのよ。焼けるのをぼーっと眺めてると、なんか休まる。解放感があるっていうかさ。だって仕切られるのはいやじゃん?あのねぇ、ひとりだからって、腫れものに触るように扱うのって逆に失礼じゃない?ひとりでも臆さず、頼らず、堂々と。足を運んだ以上、自分の楽しみは自分で見つけなければ。ただね、自分でかっこ悪いと思っていると、はた目には必ずかっこ悪く見えるってこと。ジンセイいろんな局面があるから、ひとりでごはんのときなんて山ほどあるわよ。ひとりをこわがらないこと。ひとりで食べるときは背筋を伸ばしてきれいに、そして食べ終わったらすぐ帰る。

 ご飯って、本当にいつも「みんなで食べればおいしい」ものなのでしょうか? 本当に見たい映画は「おひとりさま」で行く、なぜなら、隣の友人に気を遣わず映画に集中したいから、という人がいますが、食事にも同じことが言えるかもしれません。今夜は思い切って「おひとりさま」ディナーを満喫してみてはいかがでしょうか?
 

2、『サンドウィッチは銀座で』&『ステーキを下町で』~あえて逆にしてみました~

 この組み合わせ、ふつうは逆ですよね。コンビニで手軽に買えるサンドイッチが下町で、ごちそうの代名詞のようなステーキが銀座。そこを、あえて逆にしてみました、というのがこの2冊のコンセプトです。

『サンドウィッチは銀座で』

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ここにふたつのおにぎりがある。お母さんが掌を赤くしながら炊きたてご飯を結んだおにぎりと、がさごそセロファンを剥いでかじる100円のおにぎり。おなじ三角でもべつのもの。つまり、コンビニのサンドウィッチと銀座のサンドウィッチもそういうこと。

・木村屋総本店「海老寄せフライのピタサンド」¥1050 スープ・コーヒー付
あんパンだけじゃないんです、サンドウィッチもすごいんです。小海老をぎっしり寄せて揚げたカツレツの分厚い断面は迫力満点。誰もが腰を抜かす。意を決してかぶりつくと、香ばしい衣のなかから熱い小海老がむちむちぶりぶりっと乱舞するおどろきのサンドウィッチ。海老に合うオーロラソース。本当はだれかにあまり知られたくない、自分だけの甘美な秘密にしたいサンドウィッチ。

・洋菓子舗ウェスト「ロースハムサンドウィッチ」¥1998 紅茶付
こんがり焼いたパンにバターとマスタード。焼きたての厚いロースハム。あたたかなハムと香ばしいパンがふっくら馴じみ合う。耳をぴっちり切り揃え、白い紙ナプキンの上に行儀よく座っている。端正な佇まいにいつもほれぼれする。

・みやざわ「カツサンド」¥950
深夜、バーでつまむサンドウィッチはどうしてあんなにおいしいのだろう。華やかな夜の銀座を支える「ここにしかない」と指名を受ける誉れ高い出前サンドがある。ボリューム満点、揚げたての熱いヒレカツ、ぴりっとスパイシーな酒のすすむオリジナルソース。きゅっと小ぶりの正方形のカットを一切れ、ジューシーなカツのうまみ溢れ、脳裏に「三位一体」のフレーズが駆け巡る。

・帝国ホテル「クラブハウスサンドイッチ」¥2079
ランデブーラウンジでロングスカートのお姉さまが麗々しくナイフとフォークと布ナプキンをセットしてくれる。けれど、サンドウィッチは手で食べてこそでしょう。こんな高価なサンドウィッチを手に持って頬張ってよいものだろうか。2079円。チキンやベーコン、レタスをふんだんにはさんだ贅沢でボリュームのある中身をしげしげ眺めて納得しようとするのだが、みょうな違和感も。サンドウィッチの適正価格というのはじつに微妙なものである。

 たかがサンドウィッチ、されどサンドウィッチ。ふだんコンビニで買うのより一桁ほど高いサンドウィッチはどんな味か、興味がわいてきます。
 

『ステーキを下町で』

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「きょうはステーキだ!」とつぜん肉の欲望が浮上することがある。なにかこう、ガツンといきたい。そういうときがありませんか。わたしは、あります。肉は歯止めがきかなくなる。理性が吹っ飛ぶ。いってみれば獲物を探して狩猟に出る感じ。肉好きがたらふくステーキを食らいたいとき駆け込む店と言えば、下町は向島「レストラン カタヤマ」の、その名も「駄敏丁カットステーキ」である。「駄敏丁カット」。ひとを食った名前に脱力しそうだが、じつは店主自身が特許を持つ独自のカット技術。筋を残さず切った肉は高さ3センチ、堂々そびえ立つ雄姿に誰もが息を呑む。「駄敏丁カット」の命名はレオナルド・ダ・ヴィンチへのリスペクトだという。でかいランプ肉の小山にナイフを入れるとしっとり濡れた赤、すかさずフォークで捕らえてぎゅうっと噛むと、肉汁じゅわー。征服欲がからだじゅうに充満する。ぎゅっ、ぎゅっ、肉は噛んでいるとき、脳の中枢に満足を注入している実感がある。

ステーキって実はとってもワイルドな食べ物で、だから下町がよく似合うのです。下町でなら、気取らず肉食女子になれそうですね。
 

3、『そばですよ (立ちそばの世界)』~流行の立ち食いにトライ~

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https://www.amazon.co.jp/dp/4860114213/

立ち飲み屋に、立ち食い焼き肉。立ったままカジュアルに飲食するのが最近の流行ですが、あなたは駅のホームなどで立ち食いそば屋さんの暖簾をくぐったことはありますか? 本書を読めば、立ち食いそば屋に駆け込みたくなること間違いなしです。

天ぷらと立ちそばは深い関係にある。「つゆに花が咲く」ぽんとのっかった天ぷらは、立ちそばの千両役者だ。ほとびるにつれ、つゆにじわじわと花咲くうまみ、こく。最初は丸くまとまっていたかき揚げが、つゆを含んでだんだんバラけ、玉ねぎやにんじんの片割れに戻ったところを箸の先でちまちまと拾い上げるとき、または、熱いつゆといっしょに口のなかで味わうとき、つくづくと小さな幸せを感じる。何十円か足せば花咲く天ぷらこそ、そばのもうひとつの主役だ。

コロッケそばという「ジャンル」がある。ときどき、やみくもにコロッケそばが食べたくなる。立ちそば以外でコロッケそばに遭遇することは、まずない。コロッケそばは、刻々と味わいが変わってゆくところにおいしさがある。コロッケにつゆの味が染み、中盤以降、いったん崩壊し始めると制御不能。衣も中身もほろほろとつゆに溶けてゆく。最後に残るのは、コロッケのすべてを受け止めたとろりと混濁したつゆ。「コロッケ、別にしてください」などと言えば、コロッケそば好きには罵倒されると思います。

 コロッケそばなんて邪道だと思っている人も、この文章にはそそられるのではないでしょうか。ちなみに、暑い季節は冷やしそばも舌にうれしいものですが、温かいそばに比べ、各店とも五十円ほど高いのはなぜか知っていますか? そばを冷水で流して締める手間とコスト代だそうです。
 この機会に、あなたも立ちそばデビューしてみませんか?
 

4、『夜中にジャムを煮る』~どうしても眠れない夜は、ジャムを煮よう~

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https://www.amazon.co.jp/dp/4101316554/

 どうしても寝付けない夜ってありますよね。夜中にゴソゴソ起きだして、急に部屋の片づけをはじめてみたり、パンをこねてみたり。とにかく無心に手を動かしたくなることって誰にでもあることではないでしょうか。これは平松洋子流・眠れない夜の過ごし方です。

密かなたのしみを覚えた。ジャムは夜ふけの静けさのなかで煮る。世界がすっかり闇に包まれて、しんと音を失った夜。さっと洗ってへたをとったいちごをまるごと小鍋に入れ、砂糖といっしょに火にかける。ただそれだけ。夜のしじまのなかに甘美な香りが混じりはじめる。暗闇と静寂のなかでゆっくりとろけてゆく果実をひとり占めにして、胸いっぱいの幸福感が満ちる。ぜんたいがとろんとやわらかくなったら、仕上げにレモンをほんの数滴。火を消してそのまま。翌朝。すっかり熱がとれ、艶やかに光り輝くジャムが生まれている。さあ、できたてのジャムをつけてかりかりのトーストをかじろう。昨夜の鍋のなかが秘密の夢のように思われて、ほんの一瞬、くらくらする。だから夜中にジャムを煮る。

夜中のキッチンで次第に煮詰まってゆくジャムを見つめているうちに、次第にあなたのまぶたも落ちて、とろとろ眠りの世界へ誘われるはず。夜中のジャム作りは安眠導入剤、しかも翌朝には出来立てのフレッシュなジャムというおたのしみも持っています。ぜひ、おためしあれ。
 

5、『忙しい日でも、おなかは空く。』~忙しいときこそ、自炊ノススメ~

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https://www.amazon.co.jp/dp/4167801698/

 疲れているときは、華やかな外食よりも、早くおうちに帰って、地味でもいつものご飯が食べたい。そういう人におすすめの一冊です。

忙しいほど、からだは滋養を欲しがっている。けれども、台所に立っている時間がない。うちに戻ってから料理しようという気力がない。寒風が吹く日は、外食よりも、早くうちに帰りたい。そんなとき、ありますよね。食い気はあるのにやる気はない。でも、少しずつ経験を積んでくると、「あ、今週は大変になるぞ」と察知できるようになる。そこで、早めに手を打って日曜日に対策。根野菜たっぷりけんちん汁だ。ごぼう、れんこん、里いも、にんじん、長ネギ……野菜は種類を惜しまない方がうまみがお互いからみ合い、複雑なおいしさが生まれる。鍋にたくさん煮ておけば、週半ばまで大丈夫。しかも、火を通すたび、おいしさはこっくり深みを増してくる。

鶏のから揚げ、好きですか。私は「あ、食べたい」となったら、もうがまんできない。火傷しそうな熱々、口のなかいっぱいに肉汁じゅわー。思い出すだけで、たまらない。今夜すぐ、帰り道、鼻息荒く勇んで商店街の肉屋に走る。調味料は醤油だけ。塩もつかわない。とはいえ、前はいろいろ試した。みりん、砂糖、日本酒、紹興酒、にんにく、しょうが、ラー油、ごま油、カレー粉……。いや、鶏肉のおいしさをもっと素直に味わいたい。試行錯誤を繰り返し、醤油だけ。目からウロコが落ちた。ああ、ずっと余計なことをしていたのだ。しかし、回り道してきたからこそこのおいしさがわかる。

本当に身も心も疲れ切ったときは、さまざまなスパイスを駆使して凝った料理より、シンプルで素朴な料理の方が舌が喜ぶものです。本書は、忙しいときでも手軽にささっと作れるおうちごはんのレシピ付きです。料理の滋味あふれるカラー写真を眺めていると、自分でも作りたくなってきますよ。
 

おわりに

今、お腹が空いてはいませんか? 平松洋子の「美味しそうな」文章を読んだあとだから、きっと最高に空腹のはずです。今日は平松洋子のエッセイ片手に、さて、何を食べましょうか?

初出:P+D MAGAZINE(2019/08/15)

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