今月のイチオシ本【デビュー小説】

『カモフラージュ』
松井玲奈
集英社

 以前この欄で紹介した高山一実『トラペジウム』は、乃木坂46の主力現役メンバーの初長編だったが、本書『カモフラージュ』は、SKE48の中心メンバーだった松井玲奈の初単行本。食べものを軸にした全6編の短編集だが、作品間に直接のつながりはない。帯に〝誰もが化けの皮をかぶって生きている〟とあるから、〝擬態〟が共通コンセプトか。

 たとえば「ハンドメイド」の女性主人公は、同じ会社に勤める年上の彼のためにお弁当をつくり、密かにホテルで落ち合って食べてもらうのが生き甲斐。思い余って、「私たちってどんな関係ですかね」と訊ねると、「恋人だと思いたい」という返事。しかし……。

 こういうリアルな小説が基調なのかと思うと、「ジャム」は、〝僕のお父さんは一人じゃない。夜、仕事から帰ってくるお父さんの後ろには、真っ白な顔で洋服を着ていないお父さんが三人並んでいる〟という書き出しで読者の度肝を抜く。

 この不思議な現象とともに、やがて、ご近所の家々に、奇妙なオブジェが置かれるようになり……。イメージの奇抜さ、展開の意外性、文章のうまさと、まるでストレンジ・フィクションのお手本のような短編だ。

 その他、〝メイドカフェあるある〟がおかしくもせつない「いとうちゃん」は、高校卒業後に群馬の実家を飛び出し、夢だった秋葉原で働きはじめた女の子が主人公だし、「リアルタイム・インテンション」は、男性 YouTuber チームが、食べるとなんでも喋っちゃうという「本音ダシ鍋の素」を入れた鍋を食べながら生配信に挑むポップなコメディ──という具合に、作品ごとにがらりと作風を変えられる作家的な引き出しの多さが最大の特徴。

 かぶっていた仮面の裏側が覗ける短編群とも言えるし、松井玲奈がアイドルの仮面を脱ぎ、小説家の仮面をかぶった短編集だとも言える。高山一実の『トラペジウム』が、現役アイドルであることをフルに生かしたアイドル小説の秀作だったとすれば、こちらは本気で作家を目指す覚悟を感じさせる一冊だ。

(文/大森 望)
〈「STORY BOX」2019年7月号掲載〉
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