近未来をシミュレーション!圧倒的リアリティ『尖閣ゲーム』について著者・青木俊に訊く!
その迫力あるリアリティと情報量に圧倒される、極上のエンターテインメント小説。その創作の経緯などを著者・青木俊にインタビュー!
【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】
驚愕のリアリティと情報量
日本の「今」を浮き彫りにする
近未来シミュレーション小説
『尖閣ゲーム』
幻冬舎 1500円+税
装丁/鈴木成一デザイン室
過去に正対し、未来に生かさなければ
歴史から復讐されてもおかしくない
青木 俊
●あおき・しゅん 1958年生まれ、横浜出身。上智大学卒。82年テレビ東京入社。報道局、香港支局長、北京支局長等を経て13年に退社。「小説は40代から書いてはいたんですが、本気なら定年を待っちゃダメだと55歳で早期退職しました」。本作は初著書。「最も苦労したのはキャラクター造形ですね。濡れ場も読者サービスのつもりで頑張って書いていたら、担当の女性編集者に『サービス? ニコッ』てな感じで大幅に削られました(笑い)」。171㌢、68㌔。O型。
〈沖縄、独立前夜〉―!?
まさか、とは思うものの、普天間移設問題を巡る昨今の県VS国の対立を考えれば、俄かに現実味を帯びるから厄介だ。本書でいう沖縄独立前夜とは中国の軍事介入及び、日米との開戦前夜をも意味するのだから!
テレビ東京勤務を経て、このほど作家に転じた青木俊氏の初小説『尖閣ゲーム』 。主人公の「沖縄新聞」記者〈山本秋奈〉は、5年前、東シナ海の島嶼上陸訓練で事故死したとされる警視庁捜査三課勤務の姉〈春奈〉の死の真相を追っていた。なぜ三課の刑事がそんな訓練に参加し、遺体も戻らないのか当局から一切説明はなく、秋奈は姉の恋人で警察庁の窓際官僚〈堀口〉と調査を続けてきた。
折しも県下では米兵による女子高生強姦殺害事件や、オスプレイ墜落事故を巡って反米デモが頻発。県警や米軍幹部襲撃事件も相次ぐ中、全ての結び目に〈『冊封使録・羅漢』〉なる幻の古文書の存在が浮かび上がる。
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入社後は報道畑を歩み、香港や北京に赴任。退社後、執筆には2年余りをかけた。
「最大の恩人は清水潔さんですね。00年の『桶川ストーカー殺人事件・遺言』に衝撃を受けて会いに行って以来何かと応援してくれて、実は沖縄取材にも男2人で行った。ただ、中学の頃にフォーサイス『ジャッカルの日』を読んで、『こんなに面白い本があるのか!』と感激した私の場合、小説でなきゃダメだったんです。息もつかせぬ展開に現実の世界情勢を絡めつつ、読者をドキドキ、ハラハラさせるのが、究極の目標です」
「尖閣の真の脅威と秘密を想像力で暴く」と村上龍氏も書くように、尖閣問題の何が問題なのかを、虚実のあわいに炙り出す意欲作だ。
まずは地勢や歴史的問題。沖縄本島の南西約400㌔、最も台湾寄りの魚釣島から大正島までを、かつて明領だったと中国側は主張し、根拠に挙げるのが16世紀に来琉した陳侃以来、計12冊が書かれた『冊封使録』だ。かつて明の皇帝は計500名もの使節団を琉球に送り、その航海録に久米島・大正島間の〈潮目〉が琉球国境とある以上、大正島以西は中国領だと言うのである。
一方日本側は〈無主地〉だった魚釣島を明治政府が開拓した事実から〈先占権〉を主張。中国側も特に抗議してこなかったが、70年代に石油やレアメタルの鉱脈が発見されて事態は一変。その価値は1500兆円ともいうから、当然ではある。
「例えば靖国問題にしても、それで戦争するほどお互いバカじゃない。でも尖閣問題は実利が絡む領土の問題なので双方引くに引けず、もし尖閣=琉球と裏付ける確証が出てきたらどうなるかを、妄想してみたんです」
秋奈は上陸訓練の生還者で元公安部刑事〈南条〉を探し出し、姉が魚釣島でのある極秘任務で命を落とした事実をむ。南条は詳しいことは〈阿久津天馬〉という男に会い、『羅漢』についてけと言うが、冊封使録には羅漢という章も人名も、存在しないのだ。
今の政府に愛情が
あるとは思えない
突破口は、地元歴史家が、羅漢という冊封使と絶世の美女〈オキタキ〉の悲恋の伝説を聞き書きした私家版『琉球の王妃たち』だった。実はこの羅漢こそ、日中の命運を分ける書物を残した張本人で、学者も知らない史実が市井の研究者に発掘される辺り、実にリアルだ。
「私家版って意外と馬鹿にできないし、私は日中米を手玉に取りうる『羅漢』を、沖縄独立に使おうと考えた。すると唯一実現しそうなのが、沖縄に一触即発の危機を招き、日中米の選択肢を狭めておいて資源や基地を分配する、この方法でした」
県民の怒りは当の米兵より、被害者を貶めて事件を〈B級化〉した県警に注がれ、〈これ以上、ヤマトの犠牲になるのは御免さあ〉と口々に囁く。そんな中、県警本部長や在沖米軍司令官までが何者かに射殺され、政府は自衛隊に治安出動を要請。一方〈安里徹〉知事は50%強が独立を支持した県民投票を受けて治安部隊の即時退去を要求し、取材に忙殺される傍ら阿久津と接触した秋奈は姉の任務が『羅漢』奪還にあり、これを1億㌦で日本に売りつけた台湾人〈冽丹〉も何者かに殺害されたことを知る。
ほどなく安里は宜野湾を望む万座毛で独立を宣言。が、謎の武装集団に拉致され、集会が大混乱に陥る中、沖縄に左遷同然に赴任した堀口の意外な果敢さがいい。彼も秋奈も内地出身だが、彼らが〈そりゃないだろう〉と怒るほど、政府の対応は沖縄を愚弄していたのだ。
「少なくとも私は今の政府に愛情があるとは思えないし、沖縄が本気で怒ったら国際社会も元々独立国だった沖縄に味方する可能性はある。アメリカも嘉手納さえ残るなら中国とは衝突を避けて手を打つだろうし、日本だけが蚊帳の外です」
2010年に壊滅された真栄原社交街や、羅漢たちが密かに愛を交わした洞穴、オキタキが男たちに囁く〈あなたが王になる。この琉球の王に〉という言葉は妖気すら醸す。そして『羅漢』とは琉球の興亡から〈南京大虐殺〉まで、流血の歴史を吸った魔書でもあった。
「本書で最も書きたかったのが〈歴史は、怖いものよ〉というオキタキの言葉で、南京大虐殺も魔性の裏付けとしてあえて具体的に描写した。ひとたび戦争になれば夥しい血を流してきたのが人間ですし、過去と正対し、未来に生かさなければ、歴史からいつ復讐されてもおかしくありませんから」
巧妙に配された虚と実も、手に汗握る展開も、全ては目的のため。確かにこういう本こそ、面白い本と呼びたい。
□(構成/橋本紀子)
(撮影/国府田利光)
(週刊ポスト2016年4・15号より)
初出:P+D MAGAZINE(2016/04/13)