剣も魔法も出てこない“萌え系”ライトノベルおすすめ4選

ライトノベル(=ラノベ)の多くは、ファンタジーの世界で魔法を使ったり、学園ものでも超能力や巨大ロボが登場します。では、魔法や超能力などの非現実的要素がないラノベとはどんなものでしょうか?

 漫画、アニメ、ラノベ、ゲームといったコンテンツの中で、たとえば漫画ではスポーツ、ミステリー、ゲーム(将棋や碁など)といった、剣や魔法が中心ではない作品が多く見られます。しかしラノベの場合、バスケットボールをテーマとする(あお)(やま)サグ作『ロウきゅーぶ!』のような例もあるものの、魔法の出てこない、ラノベの多くは学園を舞台にしたラブコメ=恋愛物語が主流となっています。
 ここでは、非現実的なことは起こらない、純粋に恋愛をテーマとしたラノベをご紹介します。
 

小さな虎の少女の恋唄――竹宮ゆゆこ作『とらドラ!』

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 目つきは鋭いが本当は大人しい少年・(たか)()(りゅう)()と、小柄で長い髪の愛くるしい容姿ながら虎のように獰猛な性格の少女・(あい)(さか)(たい)()。2人にはそれぞれ、好意を抱いている異性がいました。ひょんなことからお互いの親友が相手の想い人であることを知った2人は、それぞれの恋を成就させるべく協力することになりますが……。

 この作品の特徴は、登場人物たちの会話や振る舞いが激しく、活力に満ちていることです。
「箸が転がってもおかしい年頃」という表現がありますが、この作品に登場する少年少女たちは誰もが、常に全力全開。ある男の子は女湯を覗くために血眼になって奔走し、ある女の子はクラスのアイドルを演じつつ腹黒い笑みで陰謀を巡らせます。竜児のペットのインコまでが超個性的な、行間から生命力のほとばしりを感じるような物語なのです。ヒロインの大河も、昨今の漫画やラノベでは少なくなってきた、暴れん坊のツンデレヒロイン。純情さを険しい表情に隠し、時には男の子を相手に大暴れをすることもある、まさしく虎のような女の子です。
 最近は非常に大人しく、母親のように主人公を癒してくれるヒロインが人気を集めていますが、『とらドラ!』が刊行されていた2000年代後半には、意地っ張りで素直でない、それでいて心の奥に純粋なものを秘めた女の子が活躍していました。

 1巻の終盤では、あることがきっかけで竜児と大河の恋路は大変な苦境に陥り、2人とも大きなダメージを受けることになります。このくだりは、他人から見ればごく些細な出来事ですが、当人たちにとっては、まさしく世界の終わりのようなショックだったのです。そして意地を張ったりぶつかってばかりだった2人は互いの傷心を通じて、お互いの不幸な家庭環境のこと、お互いに対する包み隠さない気持ちなど、多くのことを語り合います。
 深夜のファミレスからの帰り道、2人が寝静まった住宅街を歩いている時にこんな場面があります。

「そこまで情けない奴かよ、俺は」
「……情けない、っていうかね……そうじゃなくてさ………」
 柔らかな春の夜風に、振り返った逢坂の髪がレースみたいにひらひらと揺れる。細い指がかき上げて、その唇は、あんたは優しい奴なんだよ、と。
 とてもかすかな、静かな声で。
「逢坂……」
 俺ばっかりつまらない善人か――そんな反論は、しかし言葉にはできなかった。逢坂の表情が、どこか痛むように歪むのが見えたせいだ。
「……私は、あんたとは正反対だね。私はだめだ。優しくなんかできない。許せないものが、たくさんあるから。……ううん、この世の中で、許せるものなんか本当に少ししか私にはないの。私の前にあるものは、みんな、みんな、みんなみんなみんなみんなみんな……」
 長いスカートがひらりとめくれ上がった。真っ白な足が見事に伸びて風を切り、
「……む、か、つ、く、ん、じゃーっっっ!」
 クールな電柱に一撃必殺のハイキック。突然の感情の爆発に、竜児はビビって声も出ない。一歩大きく後退して、うわ、などと呟きつつ、暴れる虎を見守るしかない。
(『とらドラ!』1巻)

 大河は、温厚な人物ではありません。すぐに機嫌を悪くして、口より先に手が出る、身近にいたらあまり近寄りたくない女の子かも知れません。けれど、そんな大河だからこそ、誰もが抱える心のモヤモヤ、満たされない苛立ちを、見えない壁を破って素直に表現できるのではないでしょうか。この電柱へのハイキックの場面の続きは、日々、うまく言葉にできない鬱屈を抱えて生きている現代の人々に、ぜひとも読んでもらいたいと思います。2巻以降の2人の恋路も波瀾万丈、トラブル続きです。そしてそこにこそ、この物語の面白さがあると言えるでしょう。
 

悩める兄妹のすれ違いと和解――(ふし)()つかさ作『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』

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 ごく普通の男子高校生・(こう)(さか)(きょう)(すけ)は、スポーツ万能で雑誌モデルをしている中学生の妹・(こう)(さか)(きり)()と険悪な関係でした。その仲の悪さは、京介が桐乃の持ち物を拾ってやろうとすると「触らないで」と手を払われるほど。しかし京介はある時、妹が両親にも内緒で、大のアニメや美少女ゲーム好きだということを知ってしまいます。それがもとで、兄妹の関係に大きな変化が。

 秋葉原へ行くと、アニメタッチの美少女たちが弾けるような笑顔を向けてきます。たとえば、『艦隊これくしょん』のような美少女が出るゲームでも、色とりどりの女の子たちが愛想よくプレイヤーに接してくれます。とくに、「妹キャラ」という分類の女の子は、主人公を「お兄ちゃん」と呼んで無邪気に慕ってくれるもの、というイメージがあります。
この『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』(通称『俺の妹』)は冒頭から、そうした前提を引っくり返す要素を多く含んでいます。

 学校から帰宅すると、妹がリビングで電話をしているところだった。
 妹の名前は、高坂桐乃。現在十四歳。近所の中学校に通っている女子中学生だ。
 ライトブラウンに染めた髪の毛、両耳にはピアス、長くのばした爪には艶やかにマニキュアを塗っている。すっぴんでも十分目を惹くだろう端正な顔を、入念なメイクでさらに磨き上げている。中学生には見えないくらい大人びた雰囲気。背がすらっと高く、しかし出るところはきっちり出ている――。
 これで歌でも上手ければ、いかにも女受けしそうなカリスマアイドルのでき上がりだ。
 身内の贔屓目なんかじゃない。俺の妹は、とにかく垢抜けているやつなのだ。
(『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』1巻)

 表紙はアニメタッチのイラストですが、この冒頭の文章からは、現実に存在しそうな、思春期で兄とうまくいっていない派手な女の子の姿が浮かびます。萌え系の小説や漫画の特徴として、現実から離れたファンタジー色の強い作品である点が挙げられます。魔法や超能力だけではありません。冴えない男の子がある日から急に大勢の美少女に慕われるようになるような、現実に起こらなさそうな展開や、家族や友人との葛藤や軋轢を描写することが少ないことなども、こうした作品の特徴です。

『俺の妹』は、気難しく厳格な父親が登場したり、女の子同士で喧嘩になったりと、実際にありそうな人間関係の葛藤が描かれていることが特徴です。こうした内容は、ホームドラマや一般文芸ではごく普通に描かれていますが、ラノベで描かれることは多くありません。現実に存在しそうな葛藤よりも魔法や冒険に重点を置くことがラノベの特徴です。だから、あえて現実的な人間関係を描いているところに、この小説の面白さがあります。

 漫画やアニメの「お約束」の通りに描かれた妹キャラと、生身の人間として、悩んだり喧嘩をしたりする妹の、2つの要素を兼ね備えたヒロインが『俺の妹』の魅力です。さらには、実の妹という、恋をしても結ばれることの許されない相手との恋路はどう展開するのかという点も、注目したいところです。身近な日常を舞台にしながらも、刺激に満ちた作品です。
 

「残念」な日々を生きる少年少女の物語――(ひら)(さか)(よみ)作『僕は友達が少ない』

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 『僕は友達が少ない』、通称『はがない』。日本人とイギリス人のハーフの少年・()()(がわ)()(だか)はくすんだ金髪と目つきの悪さのためヤンキーと誤解され、友達ができずにいました。ある時彼は、黒髪の美少女・()()(づき)()(ぞら)が一人で架空の友達とおしゃべりしているのを目撃してしまい、彼女もまた友達ができずに困っていることを知ります。そして2人は成り行きで「隣人部」を作り、自分たち同様に友達ができない少女たちと出会っていくことになりますが……。

 この小説を紹介するにあたっては、まず「残念」という言葉について解説します。一般的には、望ましくない結果や状況について言う言葉ですが、ラノベファンの間で使われる用語として、として独特の意味があります。
 1巻冒頭で、主人公のこのようなモノローグがあります。

 隣人部――活動内容は多岐にわたるというか単純に節操がなく、各々好き勝手に時間を潰していることもあれば、雑談をしたりゲームをやったりゲームを作ったり小説を書いたり漫画を描いたり楽器の練習をしたりお芝居をしたり漫才の練習をしたり神剣ゼミ(『これをやるとリア充になれる』という主旨の漫画が載ったダイレクトメールが送られてくることで有名な通信教育)をやったり知らない人に声をかける特訓をしたり、そして闇鍋をやったり。
 ……活動内容を聞いて何をする部なのか理解できる人など一人もいないだろう。
 俺たち隣人部の活動目的。
 ずばり言ってしまえばそれは――『友達作り』である。

 これはそんな「残念」な部活に集う残念な連中の、開始十ページにしてヒロイン二人がゲロを吐くような、とても残念な日常の物語……。
(『僕は友達が少ない』1巻)

 ここでいう「残念」とは何か。ただ単にだらしがないとか、冴えないとか、そういうだけではないようです。あえて言うなら、かっこよく決めたい場面で思い通りに決められない、どこか情けないけれど全然駄目だと断言するほどでもない、そんな曖昧な意味が読み取れます。ライターの(いい)()(いち)()氏は、次のように定義しています。

「残念」とは何か?
 外見上のスペックと、性格や能力におおきなギャップがある状態のことだ。
 むちゃくちゃかわいいのにオタク、とか、モデル並みのルックスなのに性格がぶっ飛びすぎていてついていけない、といったキャラクターに対して使われる。
 ラブコメ・ライトノベルの典型としてまず挙げられるのは、こうした「残念」なヒロインが登場するタイプの作品である。
(飯田一史『ベストセラー・ライトノベルのしくみ』青土社、2012年)

 こうした定義を土台にすえて、「残念」という言葉はラノベファンの間で広まっていきました。『はがない』も、少年少女が全力で青春を謳歌したり恋の炎を燃やしたりといった王道からどこかズレた、ままならない、思い通りにいかない日々の物語です。ゲームで遊んでみても演劇に挑戦してみても残念な結果ばかりで、主人公とヒロインたちとの恋愛も、これまたすれ違いばかりの「なんでこうなったのか」という展開になりがち。大恋愛の末に結ばれるような展開を期待していると、まさに残念な気持ちを味わうかもしれません。

 では、現実の男女の恋愛は、いつも美しいものでしょうか? 実際には、「こんなはずじゃなかった」という状況は少なくないのではないでしょうか。恋愛だけでなく、仕事でも将来設計でも、思い通りにいかなくてがっかりするようなことは、誰にもあることでしょう。『はがない』はラノベでありながら、期待通りにいかない、どこか釈然としない毎日を送る人々に「刺さる」物語なのです。
 

充実した青春に対する反発――(わたり)(わたる)作『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』

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https://www.amazon.co.jp/dp/4094512624/

 この作品(通称『俺ガイル』)もまた『はがない』のように、友達を作ったり青春を謳歌したりするのが不得意な少年が主人公です。男子高校生の比企谷(ひきがや)(はち)(まん)は国語のレポートに「青春とは嘘であり、悪である」と書いてしまうほどのひねくれ者。友人も作らずいつも一人でいる彼を見かねた女性教師・平塚は、人助けのための部活「奉仕部」に無理やり入部させます。そこで八幡は口が悪く気の強い美少女・(ゆき)()(した)(ゆき)()と出会い、ケンカばかりの日々を送ることに。そんな中でいつしか、少しずつ自分のトラウマと向き合い、傷を癒していくことになります。

 この作品は主人公が友達作りが苦手で、何をしているかはっきりしない部活が出てきたりと、『はがない』と似た要素が色々あります。しかし、違う点もあります。たとえば、『俺ガイル』では主人公と親しいヒロインや彼らのいる部活以外にも、あまり仲の良くないクラスメイト、俗語で「リア充」(リアルが充実している=友人関係や恋愛などに積極的な若者の意味)などと呼ばれるタイプの若者も頻繁に登場することです。

 サッカー部二人とバスケ部の男子三人組に女子三名。その華やかな雰囲気から一目で彼らがこのクラスの上位カーストにいることがわかる。ちなみに由比ヶ浜もここに属している。
 その中でもひときわ眩い輝きを放つのが二人いた。
 葉山(はやま)隼人(はやと)
 それがあの連中の中心にいる人間の名だ。サッカー部のエースで時期部長候補。長時間眺めていて気分のいい相手ではない。
 まぁ、つまりオサレ系イケメン男子である。なめとんのか。
「いやー、今日は無理だわ。部活あるし」
「別に一日くらいよくない? 今日ね、サーティワンでダブルが安いんだよ。あーしチョコとショコラのダブルが食べたい」
「それどっちもチョコじゃん(笑)」
「えぇー。ぜんぜん違うし。ていうか超お腹減ったし」
 そう声を荒らげているのが、葉山の相方・()(うら)()()()
 金髪縦ロールに、「お前花魁なの?」ってほどに肩まで見える勢いで着崩した制服。スカートなんて「それ履く意味あんの?」ってくらい短い。
(『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』1巻)

 本当に何故かわからないのだが、俺たちスクールカーストが低い連中は上位カーストに出会うと萎縮しちまうんだよな。廊下とかで絶対道を譲っちゃうし、話しかけられるとまず八割がた噛む。それでさらに嫉妬や憎悪が高まるかというとそうでもなく、名前なんて覚えてもらっていた日にゃ逆にちょっと嬉しかったりするのだ。
(『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』2巻)

 アメリカの学校にも、「ジョック(jock)」「ナード(nerd)」という言葉があります。前者は「スポーツ万能」、「容姿端麗」、「溢れるセックスアピール」、後者は「スポーツを不得手とする種類の者」、「スポーツ以外の趣味に打ち込む者」を言います。『俺ガイル』に登場する葉山はまさしくリア充でありジョックであると言えるでしょう。
『俺ガイル』の読者には「ナード」層も多いかもしれません。彼らのリア充に対するイメージの具現化が葉山や三浦です。単純化、類型化された人物像ではあるものの、「ナード層」がそうした積極的な人物像に抱いている屈折した気持ちを知るには適しているでしょう。

 ヒロインの雪乃は容姿こそ端麗ですが、文中の描写を見ると、やはりコミュニケーションが不得手で『とらドラ!』の大河のように不愛想で世の中に反発していることがわかります。この文章で挙げた4作品の共通点として、要領よく世の中を渡る、表面的な愛想や付き合いの良さが重視される「リア充」の社会に対する反発があります。
 1巻のクライマックスでは、八幡たちはテニスコートの使用権をかけて葉山のグループとのテニス対決に挑むことになります。やっていることは些細な遊びのようにも見えますが、八幡たちにとってそれはテニスの練習場所の問題だけでなく、自分たちの居場所を奪われないための戦いなのです。「青春とは嘘であり、悪である」という、ひねくれた物言いから始まるこのラノベは、誰もが味わったことがあるような切実な気持ちを汲み取っています。
 

おわりに

 ここで紹介した作品の登場人物は、現実の若者たちと同じように恋愛や将来に悩んだり時にぶつかり合ったりしています。それでいて、普通の青春小説とは違います。それは、「残念」という言葉で表現される世間とズレている感覚であったり、『俺ガイル』のように青春という言葉に対する反発であったりと様々です。魔法や異世界転生のようなライトノベル特有の世界観になじみがない人、苦手な人でも感情移入しやすい、ごく身近に感じられるラノベの魅力に触れてみてはいかがでしょうか。

初出:P+D MAGAZINE(2019/07/26)

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