「恋人」や「夫婦」じゃなくても同居は楽しい。新しいパートナーシップを考えるための3冊

近年、同性婚や事実婚、友人同士のルームシェアなど、さまざまな“パートナーシップ”のかたちが日本でもようやく広まりつつあります。そんなパートナーシップの多様さを感じることのできる3冊のエッセイをご紹介します。

2015年に始まった東京都渋谷区・世田谷区での「同性パートナーシップ証明制度」を皮切りに、日本でもようやく、いわゆる異性愛者同士の恋愛や結婚だけではない、“パートナーシップ”の多様さが広く知られるようになりつつあります。

そんな中、同性愛者の人たちがパートナーの誓いを結び共に暮らす「同性婚」はもちろん、家族のような友人同士が同じ住まいに暮らす、同性愛者と異性愛者のカップルが“契約”としての結婚をする──など、さまざまな同居・同棲のかたちを描いた書籍も多く見られるようになってきました。

今回はそんな、「新しいパートナーシップ」や「新しい同居」を体現している3組による、選りすぐりのエッセイをご紹介します。

恋愛関係ではない、ゲイの友人との「結婚」──『結婚の奴』(能町みね子)

結婚の奴
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4582838219/

『結婚の奴』は、文筆家の能町みね子さんによるエッセイ集です。本書では、「恋愛」に苦手意識がある能町さんが、友人のゲイの男性と「偽装(契約)結婚」をするに至るまでの日々が綴られています。

そもそも、能町さんが「結婚」を意識するようになったきっかけは、一人暮らしが続いて荒んだ生活を他人との同居によって立て直すべきなのではないか……、と考え始めたことだといいます。

私の中にむくむくと「結婚ブーム」すなわち「結婚について考えるブーム」が湧き起こったのは、三十七歳の初夏のこと。
一人暮らしも二十年近く経過し、その頃は、一人暮らしに飽きた! もう嫌だ! という思いが常にずっとくすぶっていた。
一人暮らしが長引くと、自分のために何かしてあげようという気持ちがどんどん薄れてくる。

自分のために料理を作ってあげるとか、自分のために掃除をしてあげるとか、私は自分で自分をそこまで価値がある人間だとは思えなかったのだ。
この状態を自分で許せるならまだいいけれど、私は許せないままこれをつづけていた。

そんな状態を打破すべく誰かと同居をしようにも、仲のいい女友達などは大方結婚をしてしまっている年齢。自分も恋愛結婚を目指そうにも、能町さんはこれまでの人生で、「恋愛」というものにピンときたことがないと語ります。

自分の中にいてもたってもいられないような恋愛らしき気持ちが沸き立ったことがまずない。それならばと男の人から好かれたときにとりあえずつきあってみることにしても、何度試したところで結局ずっとしっくりこずに関係性が苦痛になってきてしまう。

恋愛感情が絡むのは面倒だけれど、人とは同居をしてみたい──。そんな能町さんが辿りついたのが、恋愛なしの結婚をする、という選択でした。能町さんは以前から性格や感性が合いそうだと感じていたゲイの友人に「偽装結婚」をしないかとアプローチをし、その提案に乗ってくれた彼と半同棲のような状態を経て、同居を始めます。

自分は不幸だと思ってしまいそうな夜、ただ「人と暮らしている」という事実が助けになると能町さんは言います。

有益なる「無駄な会話」や、眼前を横切る他人の物理的動きによって、消えてしまいたい気持ちに浸かってぬかるむ時間が強制的に平らかにされ、ぺっとりとした日常生活が展開される。

ひとりでいることに不満はなく、恋愛もする気がないけれど、親しい誰かが一緒にいてくれればもっと生活が豊かになるのに──と考えたことのある人は少なくないのではないでしょうか。そんな、世間の「恋愛」至上主義に違和感を覚えている方にはぜひ読んでほしい、生き方の選択肢を広げてくれるような1冊です。

姉妹のような赤の他人のふたり暮らし──『阿佐ヶ谷姉妹ののほほんふたり暮らし』(阿佐ヶ谷姉妹)

のほほん
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4344033213/

『阿佐ヶ谷姉妹ののほほんふたり暮らし』は、お笑いコンビ・阿佐ヶ谷姉妹の渡辺江里子さん(えりこさん)と木村美穂さん(みほさん)によるエッセイ集です。

実際の姉妹ではないものの、顔が似ているという理由でコンビを組み、お互いを「お姉さん」と「妹」と捉えている阿佐ヶ谷姉妹。ふたりはそのコンビ名のとおり、東京都杉並区・阿佐ヶ谷で長らく同居生活をしていました。同居のきっかけは、妹・みほさんが、もともとは姉・えりこさんがひとりで住んでいた6畳のアパートに居着いてしまったことだと言います。

今2人で住んでいるこの部屋は元は私が最初に住んでいて、みほさんは後から同居した形になるんです。
同居までの道のりも長かった。とにかく寝るのが好きなみほさん。自宅より、駅から近い私の家で、「少し休憩したら、帰りますから」とかいいながらぐっすり朝明でコースが週5位続くようになり、もうこっちに住んでしまった方が、経済的にも体力的にも楽なんじゃない? と同居を持ちかけたのは実は私の方で。

そんな理由で、あまりにもさらりと同居を始めたふたり。仕事でもプライベートでも同じ空間にいることで喧嘩もするのかと思いきや、本書では、料理を作り合ったり近所の健康体操教室に一緒に通ったりと、“のほほん”とふたり暮らしを楽しむ姉妹の様子が淡々と綴られます。

しっかり者の姉とは対照的にマイペースなみほさんの振る舞いに、ときどきはカチンときそうになることもある……、とえりこさん。しかし、

実際夫婦でも家族でもない2人が、たまたま生活様式を共にしているだけで、本来は個個。(中略)やってもらう事は「必須」ではなく「サービス」なのだ。

と考えることによって、いい関係を維持し続けていると言います。
ふたりは本の最後で、あまりにも部屋が狭いということを主な理由にふたり暮らしを解消するのですが、現在は同じアパートの隣同士の部屋に引っ越し、変わらず行き来し合って仲よく住んでいるそう。将来は阿佐ヶ谷に友人や家族なども集めてひとつのアパートで暮らせたら理想的、と語る姉妹の生き方には、共感するとともに憧れを覚える方も多いのではないでしょうか。

レズビアンカップル、ゲイカップルの同棲生活──『同性婚のリアル』(東小雪、増原裕子)

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出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4591147924/

『同性婚のリアル』は、渋谷区同棲パートナーシップ証明書を交付された第1号カップルである東小雪さん・増原裕子さんによる書籍です。東小雪さんと増原裕子さんは、どちらも性自認が女性かつ性的指向が同性愛である、レズビアンのカップル。2013年、東京ディズニーリゾートで初めての同性婚式を挙げた「ふうふ」(※どちらも「妻」にあたるため、ひらがな表記)としても有名です。

本書では、実際に同性婚をした東さんと増原さんや周囲の人たちの体験に基づいた、リアルな同性愛・同性婚にまつわるあれこれがわかりやすく紹介、解説されています。自分が同性愛者であると周囲にどうやってカミングアウトしたか、同性愛者同士が安全に出会えるコミュニティはどのような場か、同性同士のカップルが日常生活の中でどのような壁にぶつかりがちか──など、同性同士の恋愛や生活のイメージがつきにくいという異性愛者に対してだけでなく、若年層の同性愛者にとっても役に立つ内容となっています。

たとえば、日本における同性愛者同士の暮らしの法制度に関する章では、

日本には今、同性のパートナーシップに関する法律は何もありません。私たちは、結婚式は挙げられましたが、法律上は残念ながら「ルームシェアをしているお友だち同士」という扱いです。でも実態は「ふうふ」であり家族であって、友だち同士ではありません。
不動産を購入しようとしても、ふたりの所得を合算してローンが組めない、共有名義にできない、パートナーに財産を確実に残すことが難しいなど、課題がたくさんあります。(中略)

2015年11月5日から東京都渋谷区で同性パートナーシップ証明書の発行がスタートしましたが、これは渋谷区の条例で定められたもので、法律ではありません。ネットの反応を見ていると、「渋谷区で同性婚ができるようになった」と勘違いしている人も多いようですが、税の優遇や財産の相続などは渋谷区の証明書では解決されません。

といったことがわかりやすく説明されています。
本書の中で増原さんと東さんは、法制度の不備や社会の中での偏見といった解決すべき問題はあれど、同性婚は基本的に異性婚と変わらない、ということを繰り返し語っています。

巻末には同性婚をしたゲイカップルとの長い対談も収録されており、“異性愛”以外のパートナーシップのあり方をよく知らない、知ってみたいという方にとっては、必読とも言える入門書です。

おわりに

日本では、異性同士のカップルの同棲に比べ、同性同士の同居・同棲はまだまだ社会的なハードルが高い状況にあります。しかし、今回ご紹介した3冊の書籍の著者たちが体現しているように、実際には“パートナーシップ”のあり方は(恋愛感情の有無に関係なく)実にさまざまなのです。

周囲からの常識や偏見の押しつけに息苦しさを感じたり、自分の周りのさまざまな“関係”のあり方をもっと知りたいと思ったとき、ぜひ、今回ご紹介した本のページをめくってみてください。

初出:P+D MAGAZINE(2020/02/23)

ポール・アンドラ 著・北村匡平 訳『黒澤明の羅生門 フィルムに籠めた告白と鎮魂』/「世界のクロサワ」の出発点を読み解く!
◇長編小説◇飯嶋和一「北斗の星紋」第13回 前編