青春ゾンビを救う青春文学20選 

人それぞれに青春時代があったように、青春小説もさまざまな形での青春を描いています。瑞々しいあの頃を思い出すきっかけとなるであろう、青春小説を紹介します。

青春時代に思い残したことが多すぎるゆえに、生ける屍となった、“青春ゾンビ”前回はそんな人々を救う方法として「青春を描いた文学=青春文学を読み、今からでも青春を追体験すること」を提案しました。後編となる今回も、さまざまな形で青春が描かれた作品を紹介します。

 

11.砂漠/伊坂幸太郎

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大学で出会った5人の男女。彼らはボウリングや合コン、麻雀、通り魔犯との遭遇といった出来事を共に経験することで、絆を深めていきます。

大学の法学部に入学した主人公、北村は「中国語と確率の勉強をしないか」と友人の鳥井に誘われるまま、仲間たちと麻雀を始めます。北村が麻雀をきっかけに出会ったのは、パンクロックが好きで自分の考えを自由に述べる西嶋、無愛想だけど大学一の美女の東堂、引っ込み思案で、超能力者の南と個性豊かな面々。北村はやがて彼らと打ち解けていき、友情を育んでいくようになります。当初はクラスの飲み会を冷静に傍観していた北村でしたが、仲間たちと過ごしていく日々はかけがえのないものになっていくのです。

作中では「その気になればね、砂漠に雪を降らすことだって、余裕でできるんですよ」と西嶋が口にしていますが、本来砂漠に雪は降らないもの。しかし西嶋は「雪が降るのを待つ」のではなく、「雪を降らせる」という、自分たちの手で、ありえないことだってやってみせる姿勢を見せています。受身になるのではなく、ときに大きな事件にも果敢に挑もうとする姿勢を私たちに教えてくれます。

 

12.青が散る/宮本輝

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大阪府郊外の新設大学に、気が進まないまま進学した燎平りょうへいは友人の金子に誘われ、半ば強引にテニス部の創立に参加させられることに。その一方でひと目惚れした夏子に恋をしながら、燎平はテニス部での活動に打ち込んでいきます。

社会に出る前の最後の自由時間ともいえる、大学生活。新設の大学という、まさに真っ白な環境で『青が散る』の登場人物たちは、それぞれの青春を刻んでいきます。それが決して正解でなかったとしても、喪失を抱えながら大人になっていく彼ら。一瞬一瞬のきらめきが色褪せずに詰まっています。

13.阿修羅ガール/舞城王太郎

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好きでもないクラスメイト、佐野と関係を持ってしまったアイコ。自尊心を傷つけられたショックから、佐野に蹴りを入れて逃げ出します。その翌日、佐野は突如失踪。アイコは思いを寄せる幼なじみの陽治とともに、事件の真相を追っていくのでした。

どこにでもいるような女子高生、アイコの視点で綴られるこの作品は決してキラキラとしたものではありません。半ば暴走気味に語られるアイコから陽治への思いは、あちらこちらを彷徨います。町では突如発生したバラバラ殺人事件をきっかけに混沌とした状態に陥るものの、アイコにとっては陽治とつき合えるかどうかが重要なのです。周りのことがどうでもよくなってしまうほどの恋をしてしまったアイコの思いは果たして届くのか。激し過ぎる恋の結末は必見です。

14.走ル/羽田圭介

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走るきっかけは物置から見つけた、競技用の自転車でした。陸上部の朝練後、目的もなく、国道4号線を北に自転車を走らせる主人公、本田。学校やデートの約束をすっぽかしながらも、体裁を保つために道中で家族や友人、恋人に嘘のメールを送りながら、ただただ風を切って走る本田を待つものとは。

家の物置にあったロードレーサーを見て「身体の中に溜まる無駄なエネルギーを消費させたくなってきた」と思い立つ本田の姿から、若さゆえの衝動が色濃く描かれています。また、道中で特別な出会いを経て成長していくのではなく、東京に置いてきた彼女や友人、家族とメールを繰り返す姿もまた今時の高校生。理屈では説明できない衝動に駆られながら、とにかく理由もわからないまま走り出す疾走感と、どこかで誰かとのつながりを求める二面性が際立つ1冊です。

15.黄色い目の魚/佐藤多佳子

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周囲と馴染めず、イラストレーターの叔父にだけ心を開いているみのり。画家の父親の幻にとらわれてはいるものの、絵を描くのが好きな悟。高校の美術の授業でみのりが悟の絵のモデルになったことをきっかけに出会ったふたりは、絵を通じて心を通わせていきます。

悟は父親へのコンプレックスから、みのりは叔父にだけ頼る弱い自分から、徐々に成長していきますが、お互いの力をあてにするのではなく、あくまでも自分の力でそれを叶えようとしています。恋愛関係ではないけど、ただの同級生でもない。そんな複雑な関係のふたりは絵を通じて信頼関係を築いていくのです。お互いのことが特別な存在になっているにも関わらず、言葉ではない形でコミュニケーションをとるもどかしさが甘く切ない1冊です。

16.春や春/森谷明子

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俳句好きの女子高生、茜は、ある日、俳句に否定的な国語教師と対立したことをきっかけに、俳句の趣味を理解する友人、トーコとの出会いを果たします。ふたりは俳句同好会を設立、「俳句甲子園」出場に向けメンバー集めに奔走することに。

今も昔も多くある、部活に打ち込む高校生が登場する青春小説。しかし『春や春』は「俳句同好会」をテーマにした、今までになかった作品です。

熱意だけで設立した同好会は、常連校との練習試合で大きな挫折を経験します。そこで諦めるどころか、よりやる気を増した彼女たちは俳句漬けの日々を経て大きく成長していくのでした。ひとつの目標に向け、仲間たちとともに汗を流した日々を思い出してはいかがでしょうか。

 

17.僕が愛したすべての君へ/乙野四万字おとのよもじ

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人々が少しずつ違う“並行世界”の存在が実証された世界で、高崎暦たかさきこよみは両親の離婚を経て母親と暮らすことに。地元の進学校へ入学したものの、勉強一色の雰囲気と不器用な性格から友人を作れない暦。そんなある日、暦はクラスメイトの瀧川和音から「自分は85番目の世界から移動してきたこと」、「85番目の世界で暦と和音はつき合っていること」を告げられます。

「並行世界」とは、自分が生きる世界と並行して存在する別の世界のこと。果たして自分はひとつ隣の世界の彼女を、同じ世界の彼女と同一視できるのか。別の世界の自分は自分といえるのか。『僕が愛したすべての君へ』は、SF小説に多く見られる設定を、青春小説に落とし込んでいます。

輝かしい青春時代を過ごせなかった人は「もしもあの時こうしていれば」とつい考えてしまうはず。一方でその希望が叶っている世界が実在するとしたら、自分はどう感じるのか。その答えを教えてくれる作品です。

 

18.退出ゲーム/初野晴

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廃部寸前の弱小吹奏楽部でフルートを担当する上条春太(ハルタ)と、ホルンを担当する穂村千夏(チカ)。ふたりは吹奏楽部の甲子園、“普門館”を目指し、部活や新入部員の獲得に励んでいきます。学校生活で起こる謎を解決していくふたりの夢の結末は……。ハルタとチカ、名コンビの推理が光る吹奏楽青春ミステリの第1弾。

『退出ゲーム』をはじめとするハルチカシリーズは、普門館を目指し奮闘する青春小説の要素と、謎を解くミステリ小説の要素を併せ持った不思議な作品です。元気が取り柄のチカがワトソン役を、頭脳明晰なハルタがホームズ役を務め、コミカルなやりとりを繰り返しながら真相に迫っていく様子に思わず引き込まれていくこと間違いありません。ふたりに降りかかる謎も文化祭に対する脅迫状や部員勧誘の挑戦など、学園生活にまつわるものばかり。一風変わった青春ミステリで、学園生活を思い返してみるのも悪くないかもしれません。

2017年3月4日より全国公開中の実写映画「ハルチカ」は、吹奏楽部としての活躍が印象的な作品。原作とは異なるオリジナルストーリーで、ハルタとチカの魅力が描かれています。

 

19.哀愁の町に霧が降るのだ/椎名誠

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東京・江戸川区小岩にあるアパート「克美荘」。家賃は破格だが昼でも日当たりが悪い六畳の部屋で、男4人の共同生活が始まります。著者をはじめ、個性豊かな仲間たちが同じ釜の飯を食べながら、友情を深めていく姿を描いたエッセイです。

全編を通し「カネがない」と嘆いているように、克美荘に暮らす面々の生活は困窮を極めています。それでもなんとか知恵を出し合って食事にありつき、ときに将来について悩みながらも懸命に生きていく4人。下手に格好をつけるのではなく、仲間内でバカバカしいことを全力でやっていく日常を綴ったこの作品は当時のブログともいえるでしょう。ひとりでは味わえない、“腐れ縁の良さ”が光る1冊です。

 

20.活動寫眞の女/浅田次郎

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昭和44年、京都大学に入学した三谷は大の日本映画ファン。三谷は偶然出会った友人、清家の紹介で古き良き映画の都、太秦の撮影所でアルバイトを始めます。そんなある日、清家は撮影現場で伏見夕霞という大部屋女優にひと目惚れをしますが、実は夕霞は30年も前に死んでいたのです。果たして清家と死んだはずの夕霞の恋の行方とは……?

本当は東大に行きたかったのに、諸事情で京都大学へ入学した三谷。なかなか馴染めない京都の文化に臆病になりながらも、幼い頃から大好きだった映画への情熱は失わないままでした。映画からテレビへと人々の興味が移り変わり始めた頃の京都を舞台に、自分の幸せを探し求める清家と、映画への未練を断ち切れない夕霞に待ち受ける結末は、切なさに満ちています。古き良き京都の風景と「活動写真」というノスタルジックなアイテムは、もう戻ることのないであろう青春をより強く印象づけることでしょう。

青春は、まだ終わっていない!

前編・後編と、小説に描かれた20通りの青春をご紹介しました。主人公たちは自分自身の未来に不安を感じたり、時に同じ目的を持った仲間たちと衝突しながらも理解し合うなど、一瞬一瞬を後悔のないように生きています。このように青春が「後悔のないように生きること」なのであれば、今からでも後悔せず、人生を無駄にしないように生きることこそが青春だといえるのではないでしょうか。今こそ、改めて青春小説を読んで、みずみずしかった頃の気持ちを取り戻し、今を全力で生きてみるのも遅くないはずです。

初出:P+D MAGAZINE(2017/03/21)

連載対談 中島京子の「扉をあけたら」 ゲスト:ドリアン助川(詩人、作家、道化師)
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