【〇〇が空に浮かんだような顔しやがって】文豪のひどい「悪口」クイズ

文豪たちが嫉妬心や憎しみから同業者に言い放った“悪口”の中には、非常に味わい深いものが多数あります。今回は、そんな文豪たちの悪口にまつわるエピソードを4択クイズにしてみました。文豪たちのセンス溢れる悪口クイズ、あなたは何問正解できますか?

「文豪」と聞いて、どこかとっつきにくい人物をイメージする方は多いのではないでしょうか。常に部屋にこもって頬杖をつきながら執筆をしており、普段は極めて寡黙──というキャラクターを思い浮かべる方もいらっしゃるかもしれません。

しかし意外にも、古今東西の文豪のなかには、社交に長けており、ときには強烈な悪口や皮肉を言って周りを焦らせるタイプの人物も少なくなかったようです。

文豪たちが嫉妬心や憎しみから人に言い放った“悪口”の中には、非常に味わい深いものも多数あります。今回は、そんな文豪たちの悪口にまつわるエピソードを4択クイズにしてみました。文豪たちのセンス溢れる悪口クイズ、あなたは何問正解できるでしょうか?

【第1問】

【問題】

詩人・中原中也が太宰治に初めて会ったとき、酒に酔った中也は太宰に絡んだ挙げ句、ある独特な悪口を言い放ちました。その悪口とは?

A.「海苔が空に浮かんだような顔をしやがって」
B.「青鯖あおさばが空に浮かんだような顔をしやがって」
C.「真鯛が空に浮かんだような顔をしやがって」
D.「萎んだ干しぶどうみたいな顔をしやがって」

 

【解答】
B. 「青鯖が空に浮かんだような顔をしやがって」

【解説】
「青鯖が空に浮かんだような顔をしやがって」。この独特すぎるフレーズは、文豪の言い放った悪口としてはあまりにも有名なため、すでに知っていた方も多いかもしれません。中原中也は苛烈な性格かつ酒癖の悪い人物であったことで知られていますが、このひと言は、中也が太宰に初めて会った日の夜、おでん屋で発せられた言葉だったとふたりの友人でもある文豪・檀一雄が記しています。

“初めのうちは、太宰と中原は、いかにも睦まじ気に話し合っていたが、酔が廻るにつれて、例の凄絶な、中原の搦みになり、「はい」「そうは思わない」などと、太宰はしきりに中原の鋭鋒を、さけていた。しかし、中原を尊敬していただけに、いつのまにかその声は例の、甘くたるんだような響きになる。
「あい。そうかしら?」そんなふうに聞こえてくる。
「何だ、おめえは。青鯖が空に浮かんだような顔をしやがって。全体、おめえは何の花が好きだい?」
太宰は閉口して、泣き出しそうな顔だった。”
──檀一雄『小説 太宰治』より

ひどく絡まれた挙げ句、唐突に“好きな花”を尋ねられた太宰は、このあとに泣き出しそうな顔で「モ、モ、ノ、ハ、ナ」と答え、中也に「だからおめえは」と一蹴されています。中也が言った“青鯖が空に浮かんだような顔”というのがいったいどんな顔だったかは、結局誰にもわからなかったようです。


【第2問】

【問題】

文豪・坂口安吾が酒場で酒を飲んでいたとき、近くの席に座っていた中原中也が安吾に向かい、急に悪口を言い放ってきたことがあります。このとき、中也は安吾にいったいなんと言ったでしょうか?

A.「やいヘゲモニー(権力者)」
B.「やいエゴイスト(利己主義者)」
C.「やいチキン(臆病者)」
D.「やいニューリッチ(成金)」

 

【解答】
A.「やいヘゲモニー(権力者)」

【解説】
第1問に続き、酔った中原中也による悪口です。言いがかりともいえるこのひと言は、安吾のことを好いている17歳の女性に片思いしていた中也が、自分の思いが実らないことの腹いせで放った言葉だったと安吾はのちに随筆のなかで明かしています。

“ある晩のこと、彼は隣席の私に向つて、やいヘゲモニー、と叫んで立上つて、突然殴りかかつたけれども、四尺七寸ぐらゐの小男で私が大男だから怖れて近づかず、一メートルぐらゐ離れたところで盛にフットワークよろしく左右のストレートをくりだし、時にスウヰングやアッパーカットを閃かしてゐる。私が大笑ひしたのは申すまでもない。”
──坂口安吾『酒のあとさき』より

自分から喧嘩を吹っかけてきておいて“一メートルぐらい離れたところ”からアッパーカットを繰り出してくるという、中也のなんとも言えない小物ぶりが印象深い随筆です。その後、中也よりはるかに大人であった安吾は「どうだ、一緒に飲まないか」と中也を誘い、やがてふたりは親友になりました。安吾は当時の中也のめちゃくちゃな言動を振り返り、

“その後は十七の娘については彼はもう一切われ関せずといふ顔をした。それほど惚れてはゐなかつたので、ほんとは私と友達になりたがつてゐたのだ。”

と、同じ随筆のなかで分析しています。


【第3問】

【問題】

太宰治は、ある小説家の作品を、「あいつの書くものなどは、詰将棋だ」とユニークな表現を用いて批判したことがあります。こう言われたのは、いったいどの作家でしょうか?

A.志賀直哉
B.三島由紀夫
C.川端康成
D.中原中也

 

【解答】
A.志賀直哉

【解説】
太宰がその作品を“まるで詰将棋”だと評したのは、文豪・志賀直哉です。太宰はそれ以前に、自身の作品『犯人』を志賀から“実につまらない”と言われたことが気に障ったようで、文芸誌『新潮』の随筆のなかで、複数回にわたって志賀を手ひどく批判しています。

“いったい、あれは、何だってあんなにえばったものの言い方をしているのか。普通の小説というものが、将棋だとするならば、あいつの書くものなどは、詰将棋である。王手、王手で、そうして詰むにきまっている将棋である。旦那芸の典型である。勝つか負けるかのおののきなどは、微塵もない。そうして、そののっぺら棒がご自慢らしいのだからおそれ入る。”
──太宰治『如是我聞』より

意外性が薄く、理詰めで展開していく志賀の小説を“詰将棋”と評したこの文章は、やや乱暴でありながらもしっかりとした批評文として読むことができます。しかし、太宰の怒りはこれだけでは収まらなかったようで、

“いったい志賀直哉というひとの作品は、厳しいとか、何とか言われているようだが、それは嘘で、アマイ家庭生活、主人公の柄でもなく甘ったれた我儘、要するに、その容易で、楽しそうな生活が魅力になっているらしい。成金に過ぎないようだけれども、とにかく、お金があって、東京に生れて、東京に育ち、(中略)道楽者、いや、少し不良じみて、骨組頑丈、顔が大きく眉が太く、自身で裸になってすもうをとり、その力の強さがまた自慢らしく、何でも勝ちゃいいんだとうそぶき、「不快に思った」の何のとオールマイティーの如く生意気な口をきいていると、田舎出の貧乏人は、とにかく一応は度胆をぬかれるであろう。彼がおならをするのと、田舎出の小者のおならをするのとは、全然意味がちがうらしいのである。”

と、ただの人格攻撃ともとれるような書き方をこのあとに続けています。


【第4問】

【問題】

文豪・三島由紀夫が「このような人間に対しては、むしろ積極的に悪口を言うべきだ」という持論を展開したのは、はたしてどんな人間でしょうか?

A.大勢から好かれている人間
B.金持ちの人間
C.死んでしまった人間
D.人の悪口を決して言わない人間

 

【解答】
C.死んでしまった人間

【解説】
三島は、随筆集『不道徳教育講座』のなかで、このように述べています。

“日本でも、小林秀雄氏が、かつて、「生きている人間は、みんな人間の形をしていない。死んだ人間は、ちゃんと人間の形をしている」という意味のことを言ったことがありますが、これは至言で、死んでみてはじめてその人の一生の言動は、運命の形をとるわけですから、われわれは、死の地点から逆に過去のほうをすっかり展望して、はじめてその人を、落ちこぼれなく批評することができるわけだ。
ところが世間というものは、なかなかこのとおりに行かない。生きているうちには、さんざっぱら悪口を言い、死ぬと途端に、「あんな偉い人はいなかった」などと言う。(中略)
──さて私が、こんなことを書き出したのも、あれほどヨボヨボの病人扱いをされた鳩山元首相が、死んだ途端に「かけがえのない偉材」ということになり、与党はおろか、反対党の委員長まで、口をそろえてほめそやすという有様を見てヘンな気がしたからである。”

どんな人であっても、死んだ途端に聖人のように扱われることに“ヘンな気”がする──というのは、実に三島由紀夫らしい指摘です。三島は、死者への悪口は“こちらの人物が小さくみえるのみならず、どんな正当な批判でも、みみっちく持ち越された個人的怨みみたいに誤解される心配がある”と記し、自分が死んだあかつきには、“私の敵が集まって呑んでいる席へ行って、みんなの会話をききたい”“それこそが人間の言葉だ”と言います。

対外的に整えられた美しい言葉より、悪口のほうが人間らしいという三島の考えには、思わず笑顔で頷いてしまう方も多いのではないでしょうか。


おわりに

文豪の“悪口”にまつわるクイズ、あなたは全問正解できましたか? これらのエピソードを知らなかった方は、酔って誰彼構わず絡んで回った中原中也や、その攻撃性に泣きそうになってしまった太宰治など、小説家の知られざる一面に驚かれたかもしれません。そして、彼らの語彙を持ってしても、「成金」「権力者」などと単純な言葉で相手を罵倒するんだなと、文豪のことをすこしだけ身近に感じられたのではないでしょうか。

こんな言葉で人を馬鹿にする人は、いったいどんな小説を書くんだろう──と後ろ暗い興味が湧いてきたという方は、ぜひ彼らの小説にも手を伸ばしてみてください。活き活きと悪口を言っていたのとはまた違う(ときにはそのエッセンスも感じさせる)、彼らの魅力が味わえるはずです。

初出:P+D MAGAZINE(2022/12/27)

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