採れたて本!【海外ミステリ#06】
どっしりと構えて、関係者一人一人の話を聞き、謎の霧の中に分け入っていく。その重苦しくも確かな男の歩みが、いつも私の心を夢中にさせてきた。その男の名は、ジミー・ペレス。イギリス最北端の地、シェトランド地方の警部である。
東京創元社から刊行のアン・クリーヴス『炎の爪痕』は、ペレスを主人公とした〈シェトランド四重奏〉シリーズの第八作にして、最終巻にあたる。〈シェトランド四重奏〉は、前半四作は春夏秋冬の四季に(邦題には順に『冬』『夏』『春』『秋』が入っているが、原題には『黒』『白』『赤』『青』の四色が含まれている)、後半四作は『水』『風』『地』『火』の四元素にあてはめられている。
四季・四色、四元素。各作品ではそれぞれの特色や特徴を生かしつつ、様々な手法で楽しませてくれたクリーヴスだが、今回挑む事件は、たとえていうなら情念の炎の事件と言えるかもしれない。フレミング一家が引っ越してきたシェトランド本島の家は、前の持ち主が首吊り自殺を遂げたというかどで悪評の立っている家だった。何者かが敷地に侵入しては、ハングマン(首吊り男)のイラストが描かれた紙片をばらまき、フレミング一家は中傷に苦しめられるが、同じ納屋で第二の首吊り死体が発見される……。
〈シェトランド四重奏〉の大きな特徴の一つは、全員が互いの顔を知っているほど小さなコミュニティーの中で事件が起こるという、イギリスミステリー伝統の「小さな町」での犯罪を描いている点である。そういうコミュニティーの中で、見知った人相手ゆえの色眼鏡を取り除き、人知れず醸成された悪意を読み解いていくのだ。本作の冒頭で登場するハングマンの紙片は、アガサ・クリスティー、エドマンド・クリスピンなどイギリスミステリーの作家の作品にたびたび登場する「中傷の手紙」に似た効果を持ち、非常に不気味な小道具になっている。今回は、引っ越しして来たばかりのアウトサイダーの立場から事件が描かれるため、俄然、こうした悪意の演出が際立ってくる。犯人当ての企みも見事で、読了後、冒頭だけでも読み返すと、この作家は、本物の本格ミステリー作家だと分かるだろう。
今作では、八作かけて描かれてきた、ジミー・ペレスの私生活、人生の物語も佳境に入る。運命の女、画家フラン・ハンターとの出会い、婚約、別れ。その娘、キャシーの成長。主任警部ウィロー・リーヴズとの新たな出会い……本作ではいよいよ、ペレスの大きな決断が描かれる。過度に盛り上げることなく、静かに、しかし確かな歩みで進み続けてきたペレスが最後に辿り着く景色に、じんわりと感動が込み上げてきた。
『炎の爪痕』
アン・クリーヴス 訳/玉木 亨
創元推理文庫
〈「STORY BOX」2023年3月号掲載〉