採れたて本!【デビュー#20】

採れたて本!【デビュー#20】

 小説がめっきり売れなくなったおかげで、めぼしい才能はゲームのシナリオやマンガ原作に流れている──などと、(出版業界の片隅で)定説のように囁かれている昨今ですが、ゲーム業界で大成功しながら小説業界に参入する奇特な人々もいないわけではない。

 新潮文庫 nex から初めての小説作品『天才少女は重力場で踊る』を刊行した緒乃ワサビもそのひとり。ビジュアルノベルのヒット作『白昼夢の青写真』などで知られるゲーム制作会社 Laplacian の代表にして、企画・原作・シナリオを担当する。会社名(ラプラシアン=ラプラス演算子)からして理系っぽいが、ご本人も学生時代は理論宇宙物理学を専攻していたとか。

 版元サイト掲載のインタビューによれば、新潮社の編集者・新井久幸氏(伊坂幸太郎、道尾秀介、米澤穂信らを担当、『書きたい人のためのミステリ入門』の著書もある)が『白昼夢の青写真』の感想をSNSに投稿していたのを見て自分からコンタクトし、「本を書きたいので担当になって下さい」と直談判したという。

 打ち合わせを経て完成した小説デビュー作『天才少女は重力場で踊る』は、〝未来からのメッセージ〟を核にしたコンパクトで楽しい王道ツンデレSFラブコメ。

 主人公の〝俺〟は理系の男子大学生・こう。卒業単位欲しさに一石教授の研究室を訪れた鉱に与えられた仕事は、弱冠17歳にして特別招聘教授となったすみすいを毎朝ちゃんと起こして、研究室まで連れてくること。

 当の天才少女は、いきなり仁王立ちで「帰って」と鉱に通告し、「あなたと仲良くやっていくつもりはないわよ」と言い放つツンツンぶり。

 とはいえ、「なんでよりにもよって、今日なのよ──」と翠が愚痴るのも当然で、鉱が呼ばれたのは、未来との交信を可能にするリングレーザー通信機の起動実験の日だったのである。

 実験は無事に成功。だがそのあと、7年後の三澄翠だと名乗る人物から、鉱ひとりだけにあてたメッセージが届く。いわく、「わたしとあなたが恋をしないと、世界は終わる」

 ──かくして鉱は、世界の破滅を防ぐため、極秘の〝HCLプロジェクト〟に身を投じることになる。HCLがなんの略なのか、その(森見登美彦的な?)真相を言いたくてたまらないが、それは読んでのお楽しみ。

 未来との交信、ツンデレ天才少女との恋というおなじみのテーマが、必要最小限の要素で(ギリギリ絵空事にならずに)たいへんうまく小説化され、いまどきのSFとしても納得できる仕上がり。とりわけ、ラストの鮮やかな畳み方は水際立っている。この1冊を名刺代わりに、小説界でもたちまち注目を集める存在になりそうだ。

天才少女は重力場で踊る

『天才少女は重力場で踊る』
緒乃ワサビ
新潮文庫 nex

評者=大森 望 

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