異世界へ飛び込める、恒川光太郎の幻想ホラー小説4選

独自の世界観と幻想的な表現が人気のホラー作家、恒川光太郎。ホラー小説といってもおどろおどろしい内容ではなく、不思議な世界に迷い込んでしまったかのような幻想的な物語を描いています。そんな恒川光太郎の作品の中でもぜひ読んでほしい、情緒あふれる4作品を紹介します。

独自の世界観と幻想的な表現が人気のホラー作家・恒川光太郎。2005年に『夜市』で第12回日本ホラー小説大賞を受賞し、デビューしました。その後も様々な文学賞の候補として挙げられ、2014年には『金色機械』で第67回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)を受賞しています。
ホラー小説といってもおどろおどろしい内容ではなく、不思議な世界に迷い込んでしまったかのような幻想的な物語を描いています。淡々とした語り口でヒヤリとした寒気を楽しめる読後感は、涼しさや儚さを味わいたい気分の時にぴったりです。
そんな恒川光太郎の作品の中でもぜひ読んでほしい、情緒あふれる4作品を紹介します。

 

異世界に連れて行かれる1冊-『竜が最後に帰る場所』

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https://www.amazon.co.jp/dp/4062776502/

ホラー表現が少ない短編集なので、ホラーや長編小説が苦手な人も安心して読めます。幻想的で独特な世界観に浸れる作品です。
収録されている5つの物語の中から、豊かな色彩表現が連なる『鸚鵡幻想曲』を紹介します。

【あらすじ】
デパートで電子ピアノを買った宏はアサノという男に声をかけられる。初対面で距離を縮めてくるアサノに、自分に接触してきた目的は何かと尋ねる。するとアサノは「自分は偽装集合体を見つけて解放する力を持っている。あなたが買ったピアノは偽装集合体だから解放させてほしい」と頼まれる。偽装集合体とは一体? アサノとの出会いが宏を大きく変えることになる。

「世の中にあるものの中には、外見上は問題がないにもかかわらず発している存在感が異質なものがあり、自分はそれを見極める力を持っている」とアサノは言いました。理解できない宏の前でアサノはオレンジ色の携帯電話を取り出し、ある部分を押すといきなり化学反応のような現象が発生して携帯電話は黒い蟻の集団へと変わっていったのです。

ガードレールは桔梗の花びらになりました。
ビデオテープはてかてかと油っぽく緑に光る甲虫になりました。
駐輪場の黄色い自転車は、植物の枝とスズメバチの群れになりました。
古いアンティークの机は、銀杏の落ち葉と、桜の花びらになりました。

何かの集合体が偽装して物体に成りすましていることを「偽装集合体」、元の姿に戻すことを「解放」と呼んでいるとのことでした。
今アサノは偽装集合体を解放する旅をしていてピアノに目を付けていたのだと。全額弁償するからピアノを解放させてくれと頼まれる宏。宏は半信半疑ながらもアサノをアパートへと招き入れます。するとアサノが手を伸ばしてきたのは宏の方で……。

アサノの目的は一体何なのか、宏はどうなってしまうのか。驚きの結末が待っています。
その他には冬の夜中に表れる夜行(やぎょう)様との散歩を記した『夜行の冬』、幻の生物の物語『ゴロンド』など、想像が膨らむ異世界とのつながりや人間の狂気を感じられる物語が楽しめます。
温度や空気まで感じられるような多彩な表現が秀麗な1冊です。

 

大人が読みたいダークファンタジー-『雷の季節の終わりに』

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https://www.amazon.co.jp/dp/4043892020/

2作目の『雷の季節の終わりに』は、短編集が多い恒川光太郎には珍しい長編小説です。閉鎖された土地の因習や陰湿さ、人間の悪意の恐ろしさを感じることができます。

【あらすじ】
世界から隠れ地図には存在しない土地・穏。この土地では雷が落ち続ける季節がある。その季節には人が(さら)われることが多く、賢也の姉も3年前にいなくなってしまった。その時に賢也は「風わいわい」と呼ばれる物の怪に取り憑かれてしまう。後に賢也はある住人の重大な隠し事を知り、穏から外の世界へ逃げ出さなくてはいけなくなる。賢也が知ったその隠し事とは……。

-風わいわいが啼いている。
-風わいわい?
-風わいわいは、雲から降りてきて、そこら中を走って、見つけた人間に取り憑くのだって。
私は、無人の路地を風邪わいわいが走り抜けていく様を想像した。風わいわい……風のお化け。
(中略)
-穏のあちこちでは、鬼も歩き回っているんだって。
風わいわいに、鬼。姉はさらに恐いことを言う。
-鬼は人を攫うのよ。
雷季は、数多くの怪異が、そこら中で当たり前のように起こる特別な季節なのだ。

「雷の季節にはよく人が消える。それはもう仕方がないんだ。」

穏では冬と春の間に最初の雷が落ちると、2週間ほどの雷季が始まります。風が吹き荒び雷鳴が轟き、人が攫われていく恐ろしい季節。孤児の賢也の大切な存在である姉もこの季節にいなくなりました。
大切な姉が失踪しただけでなく、いじめも受けていた賢也は苦しい日々を過ごしていましたが、中世的な少女・穂高とその友人・遼雲に声をかけられて状況が一転します。穂高たちのおかげでいじめの対象から外れることができ、3人での付き合いが始まったのです。

穏には墓町と呼ばれる地区があり、踏み込んではならないため場所を知る住人も少ないのですが、穂高は場所を知っていました。賢也は穂高に連れられて墓町に行ったことで、その異様な雰囲気に魅了されて、夜に通い続けるようになります。そこで闇番や幽霊に出会います。

ある日、賢也は通りすがりの(まじな)い師や闇番に「風わいわい」に取り憑かれていると言われます。風わいわいは鳥のような物の怪で、穏では良い存在とされていないようでした。実は姉が失踪した日から自分の中に異質な存在がいることを感じていた賢也。平穏な暮らしを送りたいはずだったにも関わらず、風わいわい憑きになってしまった賢也は知ってはいけない秘密を知ってしまい、無実の罪を着せられて殺されそうになります。

穏は、外の世界から少しずれた空間にあるために、外側からは見えない。古よりそういう土地なのだという。
私たちは穏の外にでてはいけない。訓練を積んでいないものが不用意に穏の領域から足を踏み出すと、あっという間に穏を見失い、戻ってくることができなくなるのだそうだ。

穏には戻らないと決めて秘密を抱えたまま逃げ出す賢也と、追いかける穏の住人たち。人の恐ろしさを感じながら、自分も穏に迷い込んでしまうのではないか、と不安になってしまう人もきっといるはず。妖しさ満点の土地・穏と賢也の冒険をお楽しみください。

 

神様は人間の敵か味方か-『無貌の神』

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https://www.amazon.co.jp/dp/4041052696/

恒川光太郎が得意とする「囚われたものたち」をモチーフにした物語が6話収録されています。
今回は表題作『無貌の神』について紹介します。恒川光太郎が創造した世界の神様は、八百万の神様とはまた違った不思議な存在です。

【あらすじ】
クスノキが住んでいる集落は世界から見捨てられたような場所だ。地獄のような場所から逃げてきた記憶があるが、いつからここにいるのかわからない。その集落には傷を癒す神様が存在していて、クスノキも怪我を治してもらったことがあった。しかし神様には恐ろしい秘密があり……。

顔のない神は、この見捨てられた世界の中心だった。
その中心を囲むようにして、万物があると、私は感じていた。
顔のない神は、傷を癒す力を持っていた。
傷を負ったり、病になったりした場合、顔のない神のすぐ近くによれば、傷は癒え、病は治る。

クスノキにとって顔のない神は「良い存在」でしたが、一緒に暮らしているアンナは良く思っていないようで、アンナに「顔のない神が座している古寺には近寄らないように」と注意されました。
ある日クスノキは神に傷を癒やしてもらおうとしている集落の住人が食われてしまう現場を目撃します。のっぺらぼうであるはずの神の顔には口が現れ、うわばみのように人間を丸呑みにしました。顔のない神は傷を癒やすだけでなく人間を食らうのだと知り、アンナの言葉の意味をようやく理解します。
集落から出るには千尋の谷に架かる赤い橋を渡る以外に方法はなく、神を盲信する住人たちは全員橋を渡る気がない様子でした。アンナはクスノキを千尋の谷へ連れて行き、「今ならあなたはまだ戻れる」と橋を渡るよう促しますが、クスノキは地獄のような凄惨な風景を思い出して渡ることを拒否します。
後日、クスノキは「ある条件」を満たしてしまい、他の住人同様、集落から出られなくなってしまいます。住人たちは「集落から出ない」のではなく「出られない」のでした。死んでしまおうと考えていると、新しく集落にやってきた若者に声をかけられます。

「理不尽なことでもな、長く従っていると、それが当たり前になって、従わんとならんような気がしてくるもんなんだろうな。いつのまにかそれが<決まり>になってしまってな。変えようなんてもう、怖いし、面倒だし、これまでの自分を否定してしまうし、で、却下だ。新参者が意見しようもんなら、何を目下の人間が大それたことをって大騒ぎだ。いいか、他のもんはあてにならん。俺と君で、やろう。あいつ倒そう」

赤い橋の向こう側の世界を知る新参者・ガモウの熱量自由への憧れに魅了され、共に集落から出るため神を倒す作戦を実行することになったクスノキ。一度立ち去ったなら二度と戻ることはできず、ある条件を満たすと出られなくなる幻の集落。果たしてクスノキの戦いの結末は……。

表題作以外の作品にも、不思議な力を持つ天狗のお面が環境を一変させる『青天狗の乱』、人語を話せる獣と人との物語『カイムルとラートリー』など、特別な存在が登場します。神話のような内容で読み応えのある短編集です。

 

自分の世界を滅ぼすか地球を滅ぼすか選ばなくてはいけない-『滅びの園』

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https://www.amazon.co.jp/dp/4041064325/

本作は自分が暮らしている平和な異世界と、過去に暮らしていた地球の未来を天秤にかける終末小説です。モンスターや特殊能力が出てくるなど、異世界ストーリーで、SFのような雰囲気もあります。

【あらすじ】
会社でパワーハラスメントを受け、妻との折り合いもつかず、日々に絶望している鈴上誠一は、ある電車で美しい女性に目を奪われた。荷物も持たずに無意識に一緒の駅で降りたところで意識が途切れ、不思議な街で目を覚ました。街の人たちは誠一がいた東京のことを知らないにも関わらず、とても温かく理想郷のようだった。しばらく経つと東京にいる妻や内閣総理大臣、さらには防衛相・異空間事象対策本部から手紙が届く。どうやら誠一は異空間にいて、異形の生物に浸食されている世界を救うための鍵を握っているらしい。

夢の記憶はだんだん曖昧模糊としてくる。
ここにきた最初の頃は、帰らなくては、と試行錯誤していたが、最近はもう帰る努力はしなくなっていた。慣れてくると居心地は良く、帰りたいか、と自問するとよくわからなくなる。

山に行けば何百万円にもなる宝石が手に入り、住人たちは無償で住居をくれるほどに優しい。理想的な生活を送り、今までいた場所のことを忘れ始めた頃に、様々な人物から誠一宛てに手紙が届きます。
その手紙は、「地球は今クラゲのような巨大地球外生命体に取りつかれ、白くてプニプニした異形な生物<プーニー>が繁殖している。プーニーは異常な感染力を持っていて抵抗値が低い人はプーニーが近づいただけで命を落としてしまう。個体の力は弱いので抵抗値が高い人間は倒すことができるが、仲間同士で合体して大きなかたまりとなっていくともう手の打ちようがない、プーニーを駆逐する手段を考えて親となる巨大地球外生命体のことを研究し始めた時、巨大地球外生命体の核に人間がいるのを発見した。それが誠一だった。研究の結果、誠一は自身が想像した「想念の世界」という場所に意識を置いて、深い眠りに就いているようだ。核の近くにいる誠一は核を壊して危機的状況にある地球を救う鍵を握っているのだ」という内容でした。

「おばあちゃんからきいた話を思い出したんだけど、知能の高い魔物は、悪魔っていって、この町の人間がおかしくなるように、たいがいはその人しか読めない手紙を送るんだって」

この世界で妻となったナリエにそう言われ、誠一は何を信じるべきかわからなくなってしまいます。

その頃地球ではプーニーへの抵抗値が高い人の中で、プーニーを操る能力を手に入れた覚醒者が現れ始めます。そして抵抗値の高い人たちが誠一を説得しに、誠一のいる世界へ突入してくるのですが……。
現実にはないものとわかっていても平和で温かな自分の世界を守るのか、それとも自分の幸せを壊して地球滅亡を阻止するのか。誠一の選択はどうなるのでしょうか。 

全員が異なる正義を掲げて戦い、そしてどんどん命を奪われていく切ないシーンが多数。全員が幸せになる道を選べないのか、ラストはどうなってしまうのか、ハラハラドキドキしながらページをめくってしまうでしょう。
 

おわりに

読み進めるほどに自分自身も恒川光太郎が描いた世界にワープしてしまったかのような気持ちになる作品が多数。そこには異世界への入り口があるのかもしれません。
今いる場所ではないどこかへ行きたい時や美しさを感じられるダークファンタジーの世界観に触れたい時は、ぜひおすすめです。

初出:P+D MAGAZINE(2019/09/03)

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