【『フリースタイル言語学』ほか】ユニークな研究について学べる、知的好奇心を刺激する本4選

言語学者の川原繁人によるエッセイ本、『フリースタイル言語学』が話題を集めています。川原は、難解でとっつきにくいイメージのある言語学をより世間に広めることを目的とし、「ポケモンやプリキュアのキャラクター名」「日本語ラップの韻の特徴」といったキャッチーな研究を多数おこなってきたことで知られる研究者です。今回は、そういった“ユニークな研究”を入り口に、専門的な分野についての学びを深めることができる4冊の本を紹介します。

皆さんは、言語学や科学、解剖学──といった学問の分野にどのようなイメージを持っていますか? それぞれの分野について専門的に学んだり研究したりしたことがない限り、どこか難解で自分には縁のないものだと感じている方が多いのではないでしょうか。

しかし、近年ではさまざまな学問の研究者が、ともすれば複雑で取っつきにくくなりがちな専門分野の研究について、ユニークな切り口の論文初学者にも読みやすいエッセイ本などを通じ発信しています。今回は、そんな“おもしろい論文”や“ユニークな研究”について知ることができるおすすめの本を4冊紹介します。

『フリースタイル言語学』(川原繁人)


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/B0B1PT6QYM/

『フリースタイル言語学』は、言語学者の川原繁人による科学エッセイ本です。

著者の川原は、言語学という学問の魅力を広く発信するため、「ポケモンはなぜ進化するに従って濁点の多い名前が増えるのか」(論文名は「ポケモンのネーミングにおける母音と有声阻害音の効果」)、「プリキュアの戦士の名前にはどのような特徴があるのか」(論文名は「プリキュア名と両唇音の音象徴」)といったキャッチーな研究を多数おこなってきたことでよく知られています。日本語ラップにも造詣が深く、近年では、「フリースタイルダンジョン」のゲスト審査員として番組に出演していたのをご存じの方もいるかもしれません。

本書はそんな川原が、研究や日常生活、家族との暮らしを通して得た言語学にまつわる発見や知識、その魅力について、さまざまな切り口のエッセイを通じて語る1冊です。

川原は、言語学の中でも特に“音声学”(音声を発するときの人間の舌や唇の使い方や、その音がどのようにして相手に伝わるかを研究する学問)を専門とする研究者です。川原は日常生活においても、さまざまな音や声を自身の研究に引きつけて考えてしまうようで、“言葉に関するすべてを分析せずにはいられない”とエッセイの中で述べています。

たとえば川原は、友人と秋葉原のメイド喫茶を訪れた際にも、給仕してくれた“メイドさん”たちの名前に注目します。阻害音(=日本語においては、濁点をつけることができる音)よりも共鳴音(濁点をつけることができない音)のほうが女性的な印象を与えるという仮説に基づき、メイドさんたちの名前には、共鳴音が多く含まれるのでは──と考えるのです。しかし、実際に統計をとって分析してみると、秋葉原のメイドさんたちの名前は、一般的な女性名と比べてもさほど共鳴音が多くないという結果が出てしまいます。

しかし川原は、メイド喫茶でメイドさんがわざと冷たく振る舞う“ツンデレオプション”を付けてみたことをきっかけに、ある天啓を得ます。“ツンツンキャラ”が特徴のメイドさんには阻害音を含む名前の女性が多く、反対にツンデレ属性のない“萌えタイプ”のメイドさんには、共鳴音を含む名前の女性が多いことがわかったのです。

“そこで、「サタカちゃん」と「ワマナちゃん」だったらどっちが萌えですか?
というような質問を数多く用意し、メイドさんたちに答えてもらった。「サタカ」は阻害音だけを含む名前、「ワマナ」は共鳴音だけを含む名前である。結果、「共鳴音を含む名前=萌え」「阻害音を含む名前=ツン」という統計的な傾向を見出し、ついに私のメイド名研究は論文化されたのである。”

本書ではこのように、ユニークな研究テーマとその分析結果を通じ、言語学や音声学の世界を身近に感じることができる文章が多数収録されています。言語学・音声学の魅力を知りたい方はもちろん、ポケモンやプリキュアの名前といった研究テーマに興味のある方にとってもおすすめの1冊です。

『キリン解剖記』(郡司芽久)


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4816366792/

『キリン解剖記』は、解剖学者の郡司芽久めぐが2019年に発表したエッセイ本です。郡司は解剖学・形態学の中でも特にキリンを専門としており、2019年の時点で30頭ものキリンを解剖してきたことから、自身はおそらく“世界で一番キリンを解剖している人間”だと語ります。本書は、そんな郡司が解剖学者としてキリンのほかさまざまな動物の解剖・研究をしてきた経験を通じ、キリンという動物のユニークさや解剖学の面白さについて綴る1冊です。

郡司がキリン研究者の道を歩み始めたきっかけは、ただただ幼少期からキリンが好きだったからだと言います。キリンについて研究したいと思った郡司は東京大学に進学し、さまざまな研究者の授業や講座を聴講します。郡司が大学に入った2008年当時は生物学の中でも特に分子生物学が人気を集めており、動物を1個体や群れ単位で扱うマクロな視点の研究はすでに下火になっていました。しかし“キリンの研究がしたい”という夢が捨てきれなかった郡司は、さまざまな動物を解剖する解剖学の教授に出会い、「キリンの遺体ならわりと手に入るよ」と言われたことをきっかけに、解剖学の道へと進んでいくのです。

郡司は、生まれて初めて“夏子”というキリンを解剖したときの経験を、このように綴ります。

“ブルーシートのせいで少し青みがかったキリンの皮膚を、そっと撫でる。初めて触れるキリンの脚だ。短い毛足が気持ちいい。生まれて初めて手にした刃渡り17cmの解剖刀をキリンの脚にあてがい、慎重に皮膚を切り開いていく。
皮膚を手かぎで引っ張りながら、太腿から蹄に向かってゆっくり丁寧に皮を剥がしていく。すると、私の腕と同じくらいの太さの立派なアキレス腱が見えてくる。骨と身紛うくらい太く真っ白なアキレス腱を切断すると、かかとにかかっていた張力がなくなり、かかとの関節が緩む。さっきまで動かせなかったかかとが、簡単に曲がるようになった。”

本書は、キリンの解剖という非日常的な体験を日常的にしている郡司の視点を通じ、動物の生命の尊さやその生態の面白さに触れられるだけでなく、研究者が何を目指して日々研究活動をしているのかについても知ることのできるエッセイです。本書の最後で、郡司はキリンの首の骨にまつわる、ある世界的な発見をします。そのドラマティックな発見にたどりつくまでの研究の過程も非常に面白く、キリンについての学びを深めることのできる1冊にもなっています。

『空想科学読本[ウルトラ科学研究]編』(柳田理科雄)


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「『ドラゴンボール』のかめはめ波を人間が実際に撃つには?」「『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のデロリアンはどのような原理でタイムスリップしているのか?」といった身近な疑問に真剣に向き合い、マンガやアニメ、ゲームといったフィクションの世界の中の出来事を科学的に検証していく大人気シリーズ『空想科学読本』。作家・大学教員の柳田理科雄によって1996年から発表されている本シリーズは、2022年現在、25冊以上刊行されています。

その中でも特に人気を誇るのが、特撮映画『ウルトラマン』にまつわる論考。今年5月の『シン・ウルトラマン』公開を受け、「映画館で『シン・ウルトラマン』を見たら久しぶりに『空想科学読本』を読みたくなった」という声が多数寄せられたと柳田は言います。本書はそんな声に応え、これまでの『空想科学読本』シリーズの中で発表された『ウルトラマン』にまつわる5つの論考をピックアップし、『シン・ウルトラマン』にまつわる考察原稿を併せて収録した1冊となっています。

中でも面白いのが、『ウルトラマン』の威力や必殺技などについて科学的に検証しようとする論考、「『シン・ウルトラマン』考察。1発殴られたら640倍返し!?容赦ないスペシウム光線の威力に驚いた!」。柳田は、ウルトラマンの体格と威力について、このように分析します。

“『シン・ウルトラマン』において、ウルトラマンは初め、正体不明の物体として描かれた。
禍威獣ネロンガが暴れるなか、空の彼方から迫ってくる。劇中での報告によると、その速度は時速1万2千km! 計算するとマッハ9,8だ! これはモーレツに速い。”
そして「急激に減速します」という報告に続いて着地していた。周囲の安全に気を遣ったのだと思うが、それでも着地の衝撃はすごかった。
これ、ウルトラマン自身も大変である。仮に、上空10kmから減速を始めてマッハ1で着地したとしても、ウルトラマン本人には56G(体重の56倍)ものブレーキ力がかかったはずなのだ。
人間が意識を保てるのは10Gまでだから、人間なら失神したまま地面に激突してご臨終だろう。だが、ウルトラマン(このときはまだ銀色の巨人)は、土煙のなかからその巨体を逞しく現した。これだけでも、ウルトラマンが驚異的な存在だとわかる。”

ウルトラマンの力について分析する際、“ウルトラマン本人”にかかる負担について考えられることはあまりないのではないでしょうか。柳田の検証はこのように、作品の世界観を存分に楽しみつつ、その世界観に理科や科学的な知識を用いた視点でツッコミを入れていくような形で進んでいきます。『シン・ウルトラマン』をご覧になり、ウルトラマンの体や必殺技のしくみが気になったという方には特におすすめの書籍です。

『ヘンな論文』(サンキュータツオ)


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4044003343/

『ヘンな論文』は、米粒写経というコンビで活動するお笑い芸人であり、「珍論文コレクター」としても知られるサンキュータツオによる1冊です。サンキュータツオは日本語学の研究者としても活動しており、現在は一橋大学・早稲田大学などで非常勤講師として笑いとテキストの関係について教えています。

“ヘンな論文の収集”は、そんなサンキュータツオが日々研究をする中で、気になる論文に出会うたびに地道におこなってきたライフワークだと言います。本書では、サンキュータツオが特に興味を持った13本の“ヘンな論文”が紹介されています。

中でもユニークなのが、公園の土手に座っているカップルを観察した、「傾斜面に着座するカップルに求められる他者との距離」という論文。この論文の著者・小林茂雄は、夜間に美しい夜景が見渡せ、常にカップルの多い場所である「横浜大さん橋国際客船ターミナル」に自ら出向き、4日間のフィールドワークを通じて、カップルたちが「どれくらい滞在していたか・どんな姿勢だったか・どれくらい密着していたか」を計測したと言います。その結果、データをとることができた352組のカップルたちの動作を通じ、このようなことがわかったのです。

“・カップルがどこに座るか、ということを決めるとき、夜のほうが、「人目」を「後ろに離れているか」という点で気にする(また、他者との距離が2~3mだと座らず、5mくらいあると安心して座る)
・5mより近いところにだれかいると、滞在時間が短くなる
・他者との距離は、カップルの密着度に影響を与える(まわりにだれかいると、くっつけなくなる)
・他者との距離は、夜間よりも夕方のほうが長い。男性より女性のほうが距離を気にする
・3m以内にだれかいると「手を繋ぐ」ことに抵抗を感じ、5m以内にだれかいると「肩や腰に手を回す」ことに抵抗を感じ、6m以内にだれかいると「抱き合う」ことに抵抗を感じる
(中略)
・だいたいのカップルは「手を繋ぐ」”

思わず笑ってしまうような結果ですが、この論文の著者の小林茂雄は対人距離の研究をしており、パーソナルスペース(他人の存在が気になりはじめる距離・空間)の主体が2人以上になったときの変化を知りたいという動機があった、とサンキュータツオは補足します。この研究は、たとえば飲食店において、周囲のテーブルとどのくらい距離が離れていると客が居心地よくその場にいられるかを考える上でも役に立ちそうだと著者は言います。

本書はこのように、ユニークな論文をきっかけに、研究者がどのような視点で研究テーマを決定しているか、その研究がどのように応用されて社会に役立つかということについても知ることができる良書です。自分でも論文を書く機会のある学生や大学院生は、本書で扱われている論文の切り口が、執筆の上での参考になるかもしれません。

おわりに

今回ご紹介した4冊の本は、どれも身近なテーマや些細な疑問を入り口に、言語学や音声学、解剖学や社会学といった学問についての見聞を深めることができるエッセイや人文書となっています。

知らない学問に触れるための入門書としておすすめなのはもちろん、旅先や移動先でぱらぱらとページをめくるだけでも大いに楽しめるはずです。すこしでも興味が湧いた本があれば、気軽な気持ちで読んでみると、新たな学問に足を踏み入れるための好奇心の扉が開くかもしれません。

初出:P+D MAGAZINE(2022/08/30)

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