【原作、読んだことある?】A. A. ミルンの児童書、『くまのプーさん』の魅力

ディズニーのキャラクターとして世界中で愛されている『くまのプーさん』。その原作は、A.A.ミルンというイギリスの作家による児童向け小説『ウィニー・ザ・プー』です。原作を読んだことのない方に向け、ミルンの物語の誕生の背景と、作品の魅力を紹介します。

まるまると太ったお腹に、くりっとした可愛らしい目。いつもハチミツを探して歩き回っているのんびり屋のクマこそ、世界的な人気を誇るキャラクター・くまのプーさんです。いまやディズニーのアニメーション作品として有名なプーさんですが、キャラクターの愛くるしさはよく知っていても、イギリスの小説家、A. A. ミルンによる原作小説には触れたことがないという人がほとんどではないでしょうか。

A.A.ミルンによる児童小説『くまのプーさん』(原題『ウィニー・ザ・プー』)は、ナンセンスでありながらも哲学を感じさせるストーリーが光る、魅力的な作品です。今回はそんなA.A.ミルンの原作小説にスポットを当て、プーさんというキャラクターが誕生するまでの過程や作品の背景を紹介しつつ、その魅力を解説します。

「ウィニー・ザ・プー」の誕生


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世界的なベストセラー『くまのプーさん』を産み出したA.A.ミルンは、もともとイギリスの著名な風刺雑誌『パンチ』の編集部員でした。ミルンは文筆家としても活動しており、1921年には長編推理小説『赤い館の秘密』を発表し、そのトリックの奇抜さやユーモアを感じさせる文章で注目を集めていました。

ミルンは1920年代、妻のドロシーとひとり息子、そして乳母とともに、ロンドンにある自宅とイースト・サセックス州ハートフィールドの別荘を行き来して暮らしていました。別荘近くにはアッシュダウン・フォレストという自然豊かな森があり、そこでミルンが目にした景色や動物たちが、プーの物語にインスピレーションを与えたと言われています。

ミルンのひとり息子は、名前をクリストファー・ロビンと言いました。『くまのプーさん』に彼が実名で登場することからもわかるように、プーの物語はもともと、ミルンが幼い息子のために書き下ろした作品だったのです。クリストファー・ロビンは子どもの頃、誕生日にハロッズ(イギリスの高級老舗百貨店)で買い与えられたくまのぬいぐるみを遊び友達にしていました。ミルンは、クリストファー・ロビンの友達であるこのくまが登場する物語を作ろうと考え、当時ロンドンの動物園にいたメスの熊「ウィニー」と、クリストファー・ロビンがよく訪れていた公園にいた白鳥「プー」に着想を得て、「ウィニー・ザ・プー」という名前を思いついたといいます。

ウィニー・ザ・プー(通称、くまのプーさん)が登場する物語の1作目は、1925年のクリスマスに生まれました。その前年、子ども向けの著作として初めて発表した童謡集『ぼくたちがとてもちいさかったころ』で高い評価を受けていたミルンは、『イブニング・ニュース』というイギリスの新聞からの依頼を受け、クリストファー・ロビンの親友であるウィニー・ザ・プーが風船を使ってハチミツを取りに行くお話を書き上げます。このお話がクリスマスイブに掲載されると瞬く間に評判を呼び、ミルンは次々と続編を制作しました。

1926年10月、続編を含む全10編のエピソードが1冊にまとめられ、『ウィニー・ザ・プー』として出版されました。本書はイギリスでの発表の1週間後にはアメリカでも出版され、人気画家E.H.シェパードによる挿絵の愛らしさも相まって、すぐさまベストセラーとなります。

日本で初めてプーの物語を紹介したのは、児童文学作家・翻訳家の石井桃子でした。石井は1933年に『ウィニー・ザ・プー』の続編、『プーの細道にたった家』(石井訳では『プー横丁にたった家』)を原著で読み、その魅力に心を打たれます。1940年には石井の翻訳によって『くまのプーさん』が誕生し、日本の子どもたちを虜にしました。

日本に限らず、プーの物語は1930年代以降から、実に多くの国々で翻訳されていきました。こうしてプーとその親友、クリストファー・ロビンの物語は、世界中の子どもたちに愛されるに至ったのです。

【『ウィニー・ザ・プー』の魅力】可愛らしく、どこか哲学的なキャラクターたち

『ウィニー・ザ・プー』の物語には数々の魅力がありますが、やはりなんと言っても欠かせないのは、主人公・プーとその仲間たちのキャラクターでしょう。

プーの物語の1話目は、前述の通り、プーが風船を使ってハチミツを取りに行くというお話です。このお話の中でプーは、こんな風に登場します。

“ある日、プーがお散歩に出かけたところ、森の真ん中の原っぱにたどり着きました。その広大な原っぱの真ん中に巨大なナラの木が立っていて、その木のてっぺんからブーンブーンブーンという、大きな音が聞こえてきたのです。
プーはナラの木の根本に腰を下ろし、ふたつの前足で頬杖をついて考え始めました。
まずプーは自分に語りかけます。
「このブーンブーンには、なにか意味があるんだな。意味がなんにもなくて、ブーンブーンなんて、ブーンブーンいうわけないもん。ブーンブーンっていってるってことは、つまり、誰かがブーンブーンって音を作ってるってことであって、つまり、誰がブーンブーンって音を作るかっていえば……、僕が知る限りでそれはミツバチだ!」”

“「なぜ世の中にミツバチが存在するかといえば、つまりそれは、ハチミツをこしらえるために決まってる」
プーは立ち上がり、
「そいでもってなぜ、ミツバチがハチミツを作るかといえばだ。その理由はつまり、僕が食べるためなんだ。そうとしか考えられないよ」”

ゆっくりゆっくりと思考を巡らせた末に、「ハチミツが食べたい」というあまりにシンプルな結論にたどり着くプー。プーは独り言を言うときはいつも、どこか哲学を感じさせるようなフレーズを用い、それでいて単純すぎる結論を導き出すのです。

「バカなクマちん」と口では言いながらも、そんな彼を愛おしそうに、穏やかに見守るのが、プーの親友のクリストファー・ロビンです。クリストファー・ロビンはプーや森の仲間たちがピンチに陥るたびに決まって呼び出され、彼らに助言を与えるために現れます。

また、体は小さく臆病だけれど、誰よりも友達思いな子豚のコプタン(ディズニー版では「ピグレット」)、頑固で皮肉屋でありながらも現実的にものを考えられる、森の仲間のまとめ役的なウサギ(ディズニー版では「ラビット」)、いつも悲観的な年寄りロバのイーヨー、子ども思いで頭が切れるカンガルーの母親・カンガと、森の仲間たち全員から愛されているその子どものルーなど、プーの物語に登場するキャラクターは皆違った個性を持っています。それぞれのキャラクターが飛び抜けてやさしかったり悪者だったりするのではなく、全員に長所と短所があり、それを補い合いながら森で暮らしている点も、物語に深みを与えています。

【『ウィニー・ザ・プー』の魅力】ナンセンスかつユーモラスなストーリー


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教訓めいた言葉や意外性のあるストーリー展開は存在せず、ただナンセンスかつユーモアたっぷりのやりとりが続くのも、プーの物語の大きな魅力です。

たとえば、『ウィニー・ザ・プー』の1話目では、ハチミツを食べようとしたプーが、青い風船にぶら下がり、泥をつけて真っ黒に汚れれば、青い空に黒い雨雲が浮かんでいると勘違いしたハチたちが油断するのではないか、と考えます。その考えの通り、泥だらけになって風船にぶら下がったプーは、蜂の巣に近づきながら、木の下で待っているクリストファー・ロビンに「僕、どんなふうに見える?」と尋ねます。

クリストファー・ロビンが「風船にぶら下がったクマって感じ」と言うと、「そうじゃなくて……」とプーは不安がります。結局プーはハチミツを取ることができず、風船をクリストファー・ロビンに鉄砲で撃ってもらうことによって、無事に地上に戻ることができたのでした。

また、『ウィニー・ザ・プー』の続編『プーの細道にたった家』の中には、いつも好き放題跳ね回って森の仲間たちを困らせるトラのトララ(ディズニー版では「ティガー」)を懲らしめようと、ウサギの発案で、トララを森の奥に置き去りにするというエピソードがあります。しかし結局トララは軽々と森から抜け出し、反対に、トララを迷子にさせるために森にやってきたウサギとプー、コプタンの3人のほうが道に迷ってしまうのです。

どれだけ森を歩いても同じ砂堀場に戻ってきてしまうことに気づいたプーは、ウサギとコプタンに対し、「ここを出て、砂堀場が見えなくなったらすぐに、今度は僕たちからこの砂堀場を探してみるっていうのは?」と提案します。「そんなことして、なんになるんだ?」とウサギに問われたプーは、こう返します。

“「僕たち、ずっと家を探し続けているけど、見つからないでしょ。だから、もしこの砂堀場を探したら、きっと見つからないと思うんだ。それっていいことじゃない? だって探していないものが見つかる。ってことは、それが、まさに探しているものかもしれないもの」”

一見深みのある言葉ですが、「意味、わかんねえよ」とウサギに突っ込まれたプーは、「わかんないよね」と慎ましやかに言います。

“「喋り始めたときは、意味があるように思えたんだけど。喋っている途中で何かが起きちゃったっていう、それだけのこと」”

思わず笑ってしまうやりとりですが、プーの物語にはこのようなユーモアが溢れています。展開らしい展開や感動的な台詞、教訓になるようなストーリーはなくとも、愛らしく、何度も読み返したくなるような作品が『ウィニー・ザ・プー』なのです。

おわりに

『くまのプーさん』がディズニーによってアニメーション作品化され始めたのは、1960年代のことです。以後、作品のファンがよりいっそう増え、「プーさん」が世界的に有名なキャラクターになったのはどなたもご存知の通りです。

ウィニー・ザ・プーの生みの親であるミルンとその息子のクリストファー・ロビンは、原作者の手を離れ、キャラクタービジネス化していくプーを巡る状況を疎ましく思うこともあったようです。しかし、ミルンは最晩年に発表した短い自伝の中で、自身の境遇をこのような詩で表現しています。

“作品すべてが成功せずとも、
訓話に喜んでもらえなくとも、
書く喜びは
感じないではいられない”

プーと森の仲間たちの存在は、私たち読者にとってはもちろん、ミルン自身にとっても非常に愛おしいものだったようです。

ディズニー作品の『くまのプーさん』のファンでも、原作小説には手を伸ばしたことがないという方は多いと思います。ディズニー版以上にナンセンスで愛らしく、ウィットに富んだプーの物語を、ぜひ体感してみてください。

初出:P+D MAGAZINE(2022/10/05)

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採れたて本!【歴史・時代小説#05】