【センチメンタルな冬に】どこか切ない大人の恋愛小説5選
感傷的な気分になりがちな冬が到来。恋愛小説を読むのにぴったりな季節です。大人の恋愛は、好きな人がいるというだけで毎日が輝くような、青春時代の恋愛とは違うもの。悩み、苦しみながらも、愛する人を想い続ける、その姿もまたひとつの美しい恋のかたちです。今回は、愛する人の死や禁断の恋を描いた、幸せではなくとも美しい、大人の恋愛小説5編を紹介します。
日が沈むのが早くなり、夜はめっきり冷え込むようになった冬。木枯らしの吹く外を窓からぼんやり眺めていると、どこかセンチメンタルな気分になる時期になりましたね。
今回は、ハッピーエンドだけではない、どこか切なさのあるほろ苦い大人の恋愛小説5編を紹介します。なんとなく眠れない、そんな夜に手に取ってみてはいかがでしょうか。
大人の恋愛は、好きな人がいるというだけで毎日が輝くような、青春時代の恋愛とは違います。障害や葛藤、現実、許されない関係……。結末が必ずしも幸せな両想いにはならないことはわかっていても、それでも恋をしてしまう、そんな経験がある方も少なくないはずです。悩み、苦しみながらも、愛する人を想い続ける、その姿もまたひとつの美しい恋のかたちです。
今回は、愛する人の死や禁断の恋を描いた、幸せではなくとも美しい、大人の恋愛小説5編を紹介します。
7年ぶりに再会した元恋人は、余命3ヶ月の末期癌だった――『モルヒネ』(安達千夏)
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【あらすじ】
在宅医療医師として働く藤原真紀の前に、海外留学のために姿を消したかつての恋人、ピアニストの倉橋克秀が7年ぶりに現れた。自身が働く病院の院長との婚約が決まっているものの、多くの時間と心の傷を共有した元恋人の出現に心を惑わせる真紀。数日後、真紀は克秀が余命3ヶ月の末期癌であることを知る……。
『あなたがほしい je te veus』で、第22回すばる文学賞を受賞し、作家デビューした安達千夏による『モルヒネ』。この小説は、多くの人に親しまれ、コミック化もされています。余命3ヶ月の元恋人と婚約者との間で揺れる主人公の心を鮮やかに描いた恋愛長編です。
在宅医療医師として婚約者と共に働く主人公・藤原真紀の前に、7年ぶりに姿を見せた元恋人、倉橋克秀。ホスピスの前で偶然出会った元恋人が末期癌であるということを、真紀は、本人からではなく、婚約者で院長の長瀬から知らされます。医長に促され克秀の部屋を訪れた真紀は、記憶の中にあるピアノを奏でる彼の姿と、以前より緩慢になったひとつひとつの動作の差に、静かに動揺するのでした。
医師として病人の所作は見慣れていても、かつての恋人の衰えた姿など、知るはずもありません。病気が進行していることは、本人はもとより、何も言わずとも真紀にもわかりました。
私達はきっと、互いに、相手の失望をなによりも恐れている。負けたくない、という感覚とは違う。相手にとってふさわしい自分であるかを、考えずにはいられない。七年前と変わらず。
ぎこちなく会話が途切れた静寂の中、取り繕った微笑みを浮かべながら、真紀はそう考えます。交際していた頃とお互いの感情は変わらなくとも、立場や状況、環境は異なり、埋まらない7年間の隔たりを浮き彫りにします。相手を大切に思っているというだけではかける言葉も見つけることができない、ふたりのもどかしい関係性を感じられるシーンです。
今、ヒデがどこでなにをしていようと、私はそれを止められない。最悪な気分の時でも、私は笑顔を作れる。泣いてはいけない場面では、絶対に泣かない。受け入れるしかないことは、それがこの身を壊すことでも引き受ける。
己の無力を呪いながらも、医師としてではなく、ひとりの人間として、限られた時間の中でかつての恋人に寄り添う選択をした真紀。
たとえいま、他の人と関係をもっていようと、残された時間がわずかしかなかろうと、かつて愛した人への愛おしい気持ちは、完全にはなくならないはずです。辛い現実と自分の気持ちの狭間で揺れ動くふたりの少し歪な愛を描いた、感動の長編です。
許されない関係の中、ふたりは幸福と不安を噛みしめる――『僕の好きな人が、よく眠れますように』(中村航)
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【あらすじ】
東京の理系大学で研究を続ける“僕”の前に現れた運命の人、北海道からのゲスト研究員・斉藤恵、通称めぐ。彼女には誰とも付き合えない事情があるということを知りながらも、研究のために日夜共に過ごすうちに、僕はめぐへの思いを募らせる。惹かれ合い、遂に許されない関係に踏み出してしまうふたりの恋の行方とは……。
中村航の代表作&ベストセラー、『100回泣くこと』を越えた最高のラブストーリーとも謳われる、この作品。許されない関係に踏み出してしまうふたりの幸福や不安と恋の行方を描いた小説です。
東京の理系大学で研究を続ける大学院生の主人公・山田は、北海道からきたゲスト研究員の斉藤恵、めぐに恋をします。日々の研究や懇親会で、少しずつ距離を縮めていくふたりですが、めぐには、誰とも付き合えない理由がありました。それは、既婚者であるということ。小柄で可愛らしい、1年限りで東京を去ってしまう既婚者に、山田はそれでも思いを告げてしまいます。彼女も、悩み、苦しみながらも、その気持ちを受け入れてしまうのでした。
僕らはテニスのラリーみたいに好きだと言いあい、おれのほうが、私のほうが、と小競り合いをした。めぐの二倍は好きだよ、と言うと、山田さんの三倍は好き、と返ってきた。ずっと前から好きだったと言えば、その前から好きだったと返ってきた。
いけないことだとわかっていながらも惹かれ合う気持ちを止められないふたりは、普通の恋人同士のように、気持ちを伝えあい、デートをして、抱き合います。めぐが北海道に一時帰省する時にも、彼女は山田さんと離れていたくない、と6泊だった予定を4泊に減らすのです。
彼女は今何をしているんだろう。向こうで彼と何をしているんだろう。久しぶりに会う彼に、どんな顔をして、どんなことを話しているんだろう。(中略)抑えても抑えても、暗黒的な感情が湧き上がってくる。渦を巻くそれは、胸の中全部を黒よりも暗い色に満たしていた。
彼女の本当の居場所が自分の傍ではないということも、自分の方が既婚者に手を出してしまった間男だということも忘れ、大好きな人が自分以外の男と会っていることへの怒りや不安を募らせる主人公。恋というものは、時に汚く、身勝手で、それでいて醜いものでもあるのです。
戻ってきた彼女との幸せな時間、少しずつ迫るふたりのタイムリミット。そして、許されない恋に落ちたふたりの結末とは……。
幸福な日々は、〈虫〉によってもたらされた操り人形の恋だった――『恋する寄生虫』(三秋縋)
https://www.amazon.co.jp/dp/4048924117
【あらすじ】
突然自宅を訪れた謎の男に脅され、不登校の少女・佐薙ひじりの面倒を見ることになった、失業中の青年・高坂賢吾。他人の気配や痕跡を異常なほどに嫌うという共通点を持つふたりは、次第に惹かれ合い、やがて恋に落ちる。しかし、ふたりの恋は、ある〈虫〉によってもたらされた、操り人形の恋に過ぎなかった……。
2ちゃんねるなどのウェブサイトで発表したいくつかの作品を、自身による加筆・修正で出版し話題となった
地方の小さなシステム開発会社を入社からたった一年で退職した、潔癖症の主人公・高坂賢吾は、日々自宅で独自のコンピュータウイルス作りに汲々としていました。ある日唐突に高坂の家を訪れた謎の中年の男は、彼に、
「犯罪行為を摘発されたくなかったら、俺の言うことを聞いてもらう。成功報酬は出す。」
と脅迫されます。その内容とは、とある少女の面倒をみることでした。
高校生のくせに金髪に喫煙、おまけに愛想もなく、大きなヘッドホンをしたままでふてぶてしく部屋に居座る少女・佐薙ひじりは、強迫観念とも呼べるほどの潔癖症である主人公にとって、恐怖や不潔そのものでした。それでもふたりは、異様なほどに清潔で消毒液の匂いのする部屋の中で、ほんとうに少しずつ、距離を縮めていきます。
「自意識過剰だってことは、百も承知してる。でも、駄目なんだ。会う人会う人全員が、私をじろじろ見てる気がするの。(中略)そうやって目が合ったとき――もう、言葉じゃ言い表せないくらい嫌な気分になる。」
高坂の部屋に来る途中にヘッドホンを失くし、その場から動けず助けを求めてきたひじりにそう告げられて、高坂は彼女も自分と同じであることを知ります。「他人」に異常なほどの嫌悪感を抱く自分の異常性に気付いていながらもどうしようもできなかったふたりは、初めて自分を理解してくれる存在に出会ったのでした。
「ねえ、高坂さんは、こんな風に考えたことはない? 自分はこのまま、誰と愛し合うこともなく死んでいくんじゃないか。自分が死んだとき、涙を流してくれる人間は一人もいないんじゃないか」
同じ異常性を共有し理解し合ったことで、惹かれ合い、やがて恋に落ちるふたり。人は、自分の弱い部分や醜い部分を肯定してくれる人に、心を開きやすくなると言われています。それによって縮まった距離は、傍から見れば歪んでいようとも、本人にはかけがえのない心の拠り所となるのでしょう。
他人への嫌悪感も徐々に薄れ、恋人として幸せな日々を過ごすふたりですが、幸せな日々は、そう長くは続かないのでした。謎の男に告げられる、ふたりの恋は脳内にいる〈虫〉が惹かれ合っているだけの“操り人形の恋”であるという事実。人間を操る〈虫〉とは一体なんなのか、恋の真相を知ったふたりの決断とは……。恋とは何かを考えさせられる、儚くも美しい恋愛小説です。
「心の支えにならない現実よりも、私のなかで育ち続けた愛こそが美しい」――『勝手にふるえてろ』(綿矢りさ)
https://www.amazon.co.jp/dp/4167840014
【あらすじ】
恋愛経験ほとんどなしの、江藤良香(ヨシカ)、26歳。12年も続く中学時代の同級生への片思いと、一方的に愛してくる会社の男。美化された理想と思い通りにならない現実の狭間で揺れ動くヨシカは、時に暴走しながら、少しずつ現実に歩み寄っていく……。
『インストール』で第38回文藝賞を受賞し、デビュー。『蹴りたい背中』で第130回芥川賞を受賞するなど、若くして数々の文学賞を受賞し、映画化作品やミリオンセラーなど多くのベストセラーを輩出してきた綿矢りさによる『勝手にふるえてろ』は、2017年に映画化もされています。
恋愛経験がほとんどなく、中学時代の同級生・イチへ一途な片思いを続ける主人公・ヨシカ。ほんの数回の彼との会話を大切な思い出として抱え、初めて付き合うのは好きな人がいいと夢を見続けるヨシカに猛アタックを繰り返す会社の同僚、ニ。理想を押し付け、自分を語り、しつこく付き纏うニは、ヨシカにとってはただの鬱陶しい存在でしかなく、自分の中で美化されたイチだけが理想でした。
恋しながら恋されるというのは不自由な状況だ。どちらの立場の気持ちも分かるから切なくなって身動きがとれなくなる。
ヨシカは、同窓会でのイチとの再会を経て、イチが自分の名前すら憶えていなかったという現実を突きつけられ、一度は諦めにも似た感情の中でニからの告白に頷きます。ですが、男性経験がないことを友人だと思っていた同僚によってニにバラされていたという事実を知り、ニに別れを告げ、会社に嘘の申告をして、他人との関わりを断とうとします。
もういい、想っている私に美がある。イチはしょせん、ヒトだもの。しょせん、ほ乳類だもの。私の中で十二年間育ちつづけた愛こそが美しい。イチなんか、勝手にふるえてろ。
理想の彼への片思いという心の支えを失ったヨシカ。相手よりも、自分の想いを美しいものとして大切に抱える彼女は、恋に恋をしているという状態なのでしょう。
たとえ相手と結ばれることはなくても、恋をしている状態というのは、悩みや苦しみこそあれど、幸せな時間であることに変わりはありません。そんな恋する女子が、思い通りにいかない現実と理想の狭間でもがき苦しむ様子を描いたリアリティも、この作品の魅力のひとつです。
人々に幸福をもたらす「キセキ」になった幼馴染みが起こす奇跡とは――『僕は奇跡しか起こせない』(田丸久深)
https://www.amazon.co.jp/dp/4800243807
【あらすじ】
高校の養護教諭を務める25歳の紗絵の前に、10佐生の頃急死した幼馴染みが現れた。人々に幸福をもたらす「キセキ」になったのだと言う幼馴染みの姿は、どうやら紗絵にしか見えていないらしい。幼馴染みはなぜ「キセキ」になったのか。そして、彼が起こす奇跡とは……。
第10回日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞・最優秀賞を受賞した、田丸
15年前の夏祭りの日に命を落とした幼馴染み・真広は、主人公・紗絵にしか見えない「キセキ」となり、雨の日に紗絵の前に現れます。すっかり身長が伸び、声が変わった、25歳の姿の彼が起こす奇跡は、「携帯電話が水溜まりに落ちないように丁度キャッチさせる」というような、小さなものばかり。「キセキ」は、人々の身の回りに潜み、誰にも知られないまま人助けをするという使命があるのです。
存在を人に認識されてはいけないという決まりがある「キセキ」ですが、紗絵にだけはなぜか真広の姿が見えました。はじめは驚いた紗絵ですが、徐々にその存在を受け入れ、かつてそうしたように自然と真広と接し始めるのです。
「真広はどうしてキセキになろうと思ったの?」
「起こしたい奇跡があるから」
わたしの質問に、真広は間髪を容れずにそう答えた。
人に感謝されない小さな奇跡を積み重ねることが仕事の「キセキ」。起こしたい奇跡があるという明確な目的をもつ真広には、普通の幽霊とは違う小さな力がひとつだけありました。
降り続く雨のなか、傘の骨を伝ってしずくがぽたぽたと落ちる。彼のその手がわたしの指先に伸びたことに気づいて、わたしもそっと指先を動かす。雨だれと、真広の指先とが、わたしの手に触れた。
かすかではあるものの確かな指先の感触と温かさに触れたことで、真広がそこに“いる”ということを感じた紗絵の中に、かつて一緒に居た時と同じような、たまらなく愛しい気持ちが生まれてしまいます。
15年前確かに死んだはずの幼馴染みとの、思いもよらない形での再会、そして、蘇る彼への想い。真広が「キセキ」になった理由と、起こしたい奇跡とは。お互いを想う気持ちが呼び起こす、悲しくも温かい奇跡の結末を、ぜひご覧ください。
おわりに
今回は、どこかセンチメンタルな気分にぴったりな、切ない大人の恋愛小説5編をご紹介しました。恋愛といっても決められた形はなく、時には悲しい結末を迎えることもありますが、“想い”というものは大きな人の心の支えとなることがわかります。
かつての恋人との再会、許されない恋を楽しむふたり、理想と現実の二股……。一筋縄ではいかない恋愛に悩み傷付きながらも前へ進む登場人物たちの姿は、時に感動を、時に涙を誘います。明るく幸せなハッピーエンドは読み飽きたという方は、ぜひ今回ご紹介したほろ苦く切ない恋愛小説を手に取り、感傷的な気分に浸ってみてはいかがでしょうか。
初出:P+D MAGAZINE(2018/12/10)