文学女子の金沢さんぽ【第1回】詩人・室生犀星は怪談を書かせてもスゴかった!!

本が大好きなアナウンサー、「竹村りゑ」が、名所がたくさんある町・金沢から、文学にまつわる見どころを紹介していく連載がスタート! 第1回目のテーマは、「詩人・室生犀星は怪談を書かせてもスゴかった!!」です。

はじめまして!

本が大好きなアナウンサー、竹村りゑです。
私は、生まれも育ちも石川県金沢市です。
金沢の観光名所である兼六園や金沢21世紀美術館のすぐ近く、町の真ん中にある放送局で、ありこち取材に行ったり、テレビやラジオでリポートしたり、ニュースを読んだり、忙しいけれど楽しい毎日を送っています。

そんな生活の中で、欠かせないのが本の存在です。
ブックレビューのラジオ番組をやっていることもあって、私の日常にはいつも本があります。
嬉しいことがあったとき、自分へのご褒美に何冊も本を買い込みます。
少し落ち込んだときは、本屋さんの書棚を眺めて心を癒やします。
読んでいる本のカバーの色に合わせて、服のコーディネートを決めることもあります。

本好きの私にとって、金沢はとても魅力的な町です。
泉鏡花を始めとした文豪たちや、西田幾多郎に代表される哲学者たちを生み出し、様々な文学作品の舞台になってきた城下町の町並みがあり、至るところに文学の香りが溢れているからです。
そんな金沢の魅力を、アナウンサーとして培った取材力や情報網を活かしつつ、作家や作品など本にまつわる様々な話題を切り口に、皆さんにお伝えしようと思っています。
今回は記念すべき第1回目です。
本を片手に金沢の町を、私と一緒におさんぽしてみませんか?

はじめまして!竹村りゑです

【第1回:詩人・室生犀星は怪談を書かせてもスゴかった!!】

連載第1回目のテーマに選んだのは、[金沢三文豪]のひとり、室生犀星です。(残るふたりは、泉鏡花と徳田秋声です。)
石川県金沢市出身で、あの萩原朔太郎に「生まれながらの愛の詩人」と評されています。
ところが犀星、実は詩だけではなく小説も沢山書いているんです。
その中には、なんと怪談もあります。
秋の風を感じる頃、虫の声を聞きながら怖い話、なんていかがでしょうか?

【今日のガイドブック:室生犀星『蛾』】

紹介する作品は、大正10年に発表された短編『蛾』です。
犀星の小説の中でも特に抒情的なものが多いとされる初期の作品で、大正期後半に流行した怪奇小説を意識したとも言われています。
(ちなみに、この2年後の大正12年に『二銭銅貨』でデビューしたのが江戸川乱歩で、ブームに乗って頭角を現すのが横溝正史です。怖い話が好きな人には堪らない時代ですね。)

怪談『蛾』は、死んだと思った夫が帰ってきた、しかしどうもそれから様子がおかしい……という出だしから始まります。
手掛かりになりそうなのは、夫の持ち物の中から出てきた美しい塗りの櫛。
日に日に奇行が目立ってゆく夫と、「落としたものを探しに来た」と毎日訪ねてくる奇妙な美しすぎる女。
取り戻したはずの日常の中に滑り込んできた1つの櫛は、次々と怪奇を招き入れます。

怪奇①空白の四十九日

夫の堀武三郎は、鮎や鱒を獲る特別な河川の漁師で「川師」という仕事をしています。
しかも、誰も潜っていかないような危険な場所にも漁に行くほどの腕利きの川師でした。
帰ってこなかったその日も、漁に出かけていた堀。
場所は金沢を流れる犀川の上流、大桑村です。

現在の金沢市大桑 犀川のほとり

『「ともかく大桑の淵へ潜ったことは実際だ。
あそこは毎年鱒時にははいるので不思議なことはない筈だ。」
かれは、そう言ううちにも、ごろりとした底ほど冷切っている水肌を、いまもからだに感じた。』(『蛾』より)

しかし、堀の回想は途中で途切れてしまいます。
起きて何かを考えるかと思うと、急に笑い出したりと尋常ならざる夫の様子。
妻のおあいは、じっと怖いものを見るような目で夫を見つめるのでした。

怪奇②あるはずのないもの

不気味な夫の様子を薄気味悪く思いつつ、何か手掛かりはないかと、おあいは夫の持ち物をこっそり調べます。
弁当、手網、鉈、そして……網盥。
不思議なことに、この網盥の中に「あるはずのないもの」が入っていました。
それは町人の妻が使うような、美しい塗りの櫛。
よく見ると、小さく魚たちの群れの金蒔絵が施されています。
まさか、浮気!?
一瞬かっとなったおあいですが、どうもその櫛、様子がおかしいのです。

『櫛にしては珍らしい絵で、その上、おあいが鼻のさきへ持って行ってかごうとしたが、一向あぶらの臭いがしなかった。なんだか水苔のような、じめじめした匂いが湿って鼻孔を圧してきた。女のものなれば香料の匂いがする筈だ。それだのに、一向それがしない。』(『蛾』より)

怪奇③招かれざる来訪者

釈然としない思いを抱えつつ、夫の隣でまどろむ、おあい。
そこに、表のくぐり戸をたたく音がします。何度も、何度も。
訪ねてきたのは、あまりにも美しい女でした。
そして、立派な帯の上には、1匹の毒々しい蛾が止まっていたのです。

金沢市 武家屋敷通り

ここで落とし物をしたから、探すために明かりを貸してほしい、という女。
おあいはここで、手燭を貸してしまいます。
しばらく探した後、見つからないと諦めて帰ろうとする女。
去り際に、ふと、こう言うのです。

「もう幾つでしょうか」

九つをもう廻ったでございましょう、と答えるおあい。

「九つ」とは、江戸時代で言うところの深夜0時のことです。
それにしてもこの質問、私はちょっとぞっとしてしまいました。
家を守るおあいに対し、女は「家の中にあるもの(手燭)を借り」、加えて「自分の質問に答えさせて」います。
かくして、知らずのうちに魔のものと関係を結ばされたおあいの回りでは、次々と奇妙な出来事が起きるのです。

奇妙な帰宅以来、夫の奇行は激しさを増していきました。
堀は夜になると犬のように遠吠えを始めるように。そしてぶつぶつと、不思議そうに繰り返し指を曲げ数を数えるのです。それも決まって、消えた日数である49を。
さらに、毎日「何か」を、家中探して回るようになりました。

そして気がつくと、庭の生垣の隙間から、じっとこちらの様子を窺っている姿があります。
そう、あの時の女です。

このあと物語は佳境へと進んでいきます。
堀は、おあいはどうなってしまうのか?
女の正体は何なのか?
舞台は再び大桑の犀川となり、語るべきものが語られ、明かされざるものは明かされないまま終焉を迎えます。

犀星、怖い……!
同郷の泉鏡花的な妖しい雰囲気もありつつ、詩人らしくひとつひとつの描写が際立っているように感じます。

もう少し犀星の世界を味わいたくて、金沢市千日町にある室生犀星記念館を訪ねることにしました。

そのときは犀星の伊豆の旅の足跡を辿る「旅する犀星~伊豆編~」の開催期間中で、萩原朔太郎との湯河原温泉の旅や、北原白秋を訪ねての小田原行きなどなど、大正時代を中心に活躍した詩人たちの交友関係を知ることができました。

企画展の看板前で

犀星が妻・とみ子に旅先から書いた葉書は、その癖字の可愛さに、きゅんときました……!
そして、犀星宛の手紙とともに展示されていた北原白秋の写真は、リッチなイケオジ風でした!

黄色の背景は、犀星の詩「小景異情 その二」の直筆原稿が印刷されたもの。
記念館の正面に展示されています

施設の学芸員さんに、お話を伺ってみました。

◆=学芸員さん

――室生犀星って、怪談を書くんですね!
◆「怪奇幻想小説は、『後の日の童子』『幻影の都市』など、いろいろ書いていますね。犀星は詩人としての地位を確立した後、30歳となる大正8年に処女作『幼年時代』で小説家としての活動を始めます。その後、大正時代の終わりまでの7年間で、200編近い小説を発表したほど多作な作家なんです。」

――『蛾』はいつ頃書かれたものなんですか?
◆「大正10年、犀星が32歳の時ですね。長男が生まれたばかりの頃の作品です。二十歳の時から金沢と東京を行ったり来たりしていた犀星ですが、この頃には東京の田端にすっかり腰を落ち着けています。ちなみに豹太郎と名付けられた長男は、この翌年に亡くなってしまうんですよ」

館内には犀星の作品のモチーフがいろいろ展示されていました

そうか、室生犀星も大変だったんだな……と思いながら他の作品も読み返してみると。
ふと、面白いことに気がつきました。

なんと、怪奇に取り憑かれる川師の堀武三郎は、犀星が自らの子供時代をベースにして書いた小説「幼年時代」にも登場しているのです。

それは、主人公(犀星がモデル)に義姉が寝床で聞かせる昔話の中。
堀が大桑村の淵の主である人取亀と戯れるシーンが登場するのです!
さらに!実は『蛾』にも、堀が大亀を回想する場面があるのでした。

こちらは『幼年時代』で語られる昔話の一場面。

堀はその淵の底をさぐって見た。(略)その底に一つの人取亀がぴったりと腹這うていた。で、堀は亀の足の脇の下を擽くすぐると、亀は二、三尺動いた。まるで不思議な大きな石が動くように。(『幼年時代』より)

対して、『蛾』ではこんな場面が。

堀は、そこへ潜入ったことと、いつものように鱒を手網で三四本も掬い出したことを思い出した。そして淵を出ようとしたとき、つかまった岩がつるりと動き出したように思われた。その岩は何時も淵穴を閉じている大亀だったことを思い出した。(『蛾』より)

大桑村の淵、犀川に棲む亀に結ばれて、不思議とリンクする2つの物語。

再び犀川。水面を探してみたけど、亀は見つかりませんでした……

だから、
もしかしたら……もしかしたら。
ここからは私の想像なのですが。

「蛾」は、「幼年時代」の犀星が見た、夢の中の物語なのかもしれません。
堀と大亀の話を聞かされながら眠りに就いた犀星は、これらのモチーフを脳内に遊ばせ、いつしか「蛾」という怪談を夢の中で紡いでいったのではないでしょうか?

ラストシーン、おあいは犀川の水面に堀と女の姿を見ます。
それは果たして、夢か幻か……
はたまたその瞬間、川の流れは、おあいの内面を映し出す鏡だったのかもしれません。
食い入るように水面を見つめ、「そこ」から離れることの出来ないおあいの姿は、自らを滅ぼす炎に身を投じていく蛾に重なるようにも思えます。

怪談『蛾』の恐ろしさをどこに見るのか。
犀川を見つめながら考えていると、川面に映る自分の顔と目が合って、なぜかギクリとしたのでした。

Camera:そらりす
※撮影の際のみマスクを外しました

ロケ地
・金沢市 犀川 大桑層
・金沢市長町 武家屋敷通り
・金沢市千日町 室生犀星記念館

【室生犀星記念館】
金沢市千日町3-22
※館内は一部を除き撮影禁止です

竹村りゑ プロフィール

MRO北陸放送アナウンサー。石川県金沢生まれ、金沢育ち。
好きなものは本と現代アート。趣味は食器集め。
好きな作家は、彩瀬まる、坂口安吾、スティーブン・ミルハウザー。読んでいるうちに自分がどこにいるか分からなくなるような本が好み。
好きなアーティストは、ジョセフ・コスースとシルパ・グプタ。コンセプチュアル・アートの中でも言語を使った作品が特に好き。
好きな食べ物は鱧と馬刺し、半田そうめん。さらに日本酒をこよなく愛しているが、だいたい1合で潰れてしまうことが悩み。
MROラジオで放送されているブックレビュー番組「竹村りゑの木曜日のBookmarker」では、ディレクターとパーソナリティを務めている。
【番組公式HP】https://www.mro.co.jp/radio/book/

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