芥川賞作家・三田誠広が実践講義!小説の書き方【第11回】主張のある作品からポップな作品へ
芥川賞作家・三田誠広が、小説の書き方をわかりやすく実践講義!連載第11回目は、山田詠美の『ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー』について。時代を投影したポップな作品が評価された背景を分析します。
【今回の作品】
山田詠美 『ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー』 8つの名曲のタイトルを冠した恋愛短編集
8つの名曲のタイトルを冠した恋愛短編集、山田詠美『ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー』について
山田詠美さんのデビュー作は、1985年の文藝賞を受賞した『ベッドタイムアイズ』で、これは河出書房新社が出している純文学の雑誌『文藝』が募集している新人賞ですから、山田さんは純文学の作家だといっていいでしょう。芥川賞の選考委員を長くつとめているくらいですから、まさに純文学一筋の作家なのですが、今回ご紹介する作品は直木賞を受賞しました。
前回紹介した笹倉明も純文学誌『すばる』でデビューしたあと、推理小説の作家に転じました。文学の世界ではよくあることだといっていいでしょう。
純文学は高校野球みたいなもの……と以前にお話ししましたが、高校野球ではメシは食えないわけですね。プロの作家として生活していくためには、ある程度はポピュラーなものを書いていく必要があります。山田詠美さんは3回連続で芥川賞候補になったのですが、才能を認められながらも受賞を逸しているうちに、作品の世界が広まっていって、その結果、直木賞の候補に入れられてしまったということでしょう(受賞は1987年)。
純文学と中間小説の違い
デビュー作の『ベッドタイムアイズ』は衝撃的でした。米軍基地内でジャズを歌っている女の子が、脱走してきた黒人兵と生活する話です。日本は島国で、日本国民と、民族としての日本人と、日本語を母語として話す人とが、ほぼ重なっているという、世界的に見ると珍しい国です。わたし自身、子どものころには、外国人というものをほとんど見たことがありませんでした。
ですから多くの日本人にとって、外国人、ことに肌の色の黒い人に対しては、違和感がありました。そういう時代にヒロインは、米軍兵士に魅力を感じています。そのこと自体が一般の読者に衝撃を与えたのです。わたしはこの『ベッドタイムアイズ』と、山田さんの中期の名作短篇集『風味絶佳』を大学で教科書に使っているのですが、いまの学生さんにとっても、山田さんの作品は少し抵抗があるようです。
読者に抵抗を感じさせる作品というのは、それなりにインパクトがあるということなのですが、当時の芥川賞の選考委員も抵抗を感じたようで、3回連続で候補になりながら受賞には到らなかったのです。
しかし山田詠美の文章はポップで読みやすく、翻訳文学のようなおしゃれな雰囲気があって、デビュー作から話題となり、人気作家になっていました。直木賞を受賞したこの作品は、ジャズの名曲のタイトルをそのまま小説のタイトルにした短篇集ですが、さまざまな若者の生活とセックスを描いたもので、全体を読み通すと、現代というものが見えてくるようになっています。
登場人物の多くは、アメリカ文化へのあこがれをもち、ごくふつうにセックスするだけでなく、いささかセックスにのめりこむようなところがあります。恋愛小説というにしてはセックスの方に傾いていて、日本人的なピュアなあこがれと引っ込み思案みたいなものの対極にあるような物語です。
そこが新しいのですし、この受賞作以後、山田さんの作品は多くの読者に支えられるようになりました。3回連続で芥川賞の候補になった作品と、この直木賞受賞作を比べてみると、純文学と中間小説の違いがよく見えて、勉強になると思います。
登場人物と作者の距離感
『ベッドタイムアイズ』などでは、書き手の山田さん自身のセンスや価値観が読者を挑発するような感じでストレートに表明されています。自分のセンスは一般の日本人には理解されないかもしれないという、身構える感じがあって、それが読者の幅を狭めているようなところがありました。
直木賞受賞作は、もはや挑発するようなとげとげしいところはなくて、いろんな人がいておもしろいでしょ、というような感じで、娯楽作品としての安定感をもっています。こういうのを、ウェルメイド(よくできた作品)というのでしょうね。
短篇集というのも、一つのポイントでしょう。『ベッドタイムアイズ』は、黒人が好きな女の子が主人公になっています。男と女が出会って愛し合った、その相手がたまたま黒人だったということではなく、アメリカ文化や黒人文化が好きで、英語で愛をささやくことが好きで、しかも精神的な恋愛よりもセックスそのものが好き、というような傾向を最初からもっている女の子が、ジャズのボーカルになり、米軍基地で仕事をするようになったということなのですね。これは山田さん自身のセンスですし、だから身構えるような感じがつきまとっていたのです。
ところが受賞作の短篇集になると、いろんなキャラクターの若者が出てきます。センスとしては共通したところもあるのですが、生い立ちも職業も違う群像を描いていると、登場人物と作者の距離がいい感じに離れていって、ウェルメイドな感じになっていくのですね。
主人公と作者の距離が近すぎると(つまり私小説的ということですが)、身の上相談を聞いているような感じで、読者も落ち着かない気分になってしまいます。純文学としてはその方がインパクトがあるのですが、読者の数は限定されます。いろんな人がいておもしろいよ、という軽い感じで語ることが、作品をポップなものにしているのですね。
初出:P+D MAGAZINE(2017/01/12)