芥川賞作家・三田誠広が実践講義!小説の書き方【第26回】身辺スケッチの輝き

芥川賞作家・三田誠広が、小説の書き方をわかりやすく実践講義!連載第26回目は東峰夫の『オキナワの少年』について。少年の眼が捉えた、戦後のオキナワを描いた作品を解説します。

【今回の作品】東峰夫オキナワの少年』 少年の眼が捉えた戦後のオキナワを描いた作品

少年の眼が捉えた戦後のオキナワを描いた、東峰夫『オキナワの少年』について

ベッドで寝ている少年が母親に叩き起こされるところから、この物語は始まります。少年の家は米軍の兵士を相手にしたバーを経営しているのですね。住み込みのホステスみたいな女性が二人います。ただのホステスではなく、割増料金をもらって売春もしているようです。二人の女は一つの部屋に住んでいます。どちらかの女に客がついた時は、その部屋を利用すればいいのですが、二人同時に客がついた場合は、寝ていた少年が叩き起こされ、少年の部屋(使われるのはベッドだけですが)が営業の場所として活用されることになるわけですね。

寝ているのに起こされるというのは、いやなものです。自分のベッドが営業用に使われるというのも、気持ちのいいものではありません。しかも客は米軍兵士です。たぶん彼が幼児だったころは、アメリカと戦争をしていたのでしょう。だから敵の兵隊ということになります。その敵の兵隊が、自分のベッドで、みだらなことをしている。これは純粋な少年にとっては、やりきれない事態だと思われます。

少年の置かれた状況を、改めて整理してみると、根底には貧困があるものと考えられます。貧乏でなければ、米兵相手に商売するというようなこともなく、少年が叩き起こされるということもなかったでしょう。貧困というものはどこにでもあるわけですが、この作品で描かれている状況は、沖縄の米軍基地周辺に特有のものです。そのことは、少年を起こそうとする母親のセリフに、沖縄の方言が用いられているところから、すぐにわかります。一行目がセリフなので、それを見ただけで沖縄の話だとわかるのですね。

「オキナワ」という特殊な時代背景

そこでこの作品は、「沖縄」がテーマなのだ、ということが見えてきます。もちろんタイトルが『オキナワの少年』なので、沖縄の話だということは一行目を読む前にわかってしまうのですが、ここでタイトルが片仮名になっているということも、注意しておいた方がいいでしょう。この少年が暮らしているのは、返還前の沖縄なのです。

若い人は実感がわかないでしょうが、第二次世界大戦で日本は大敗しました。その結果、数年間は戦勝国の連合軍(主に米軍)が日本に進駐して統治をするという状況でした。やがて日本は、米軍が駐留を続けるという条件つきで独立国として認められるのですが、沖縄はではまだ米軍による統治が続いていました。従って、そこは日本語を話す日本人が暮らしているにも関わらず、行政上は米国の一部ということになっていて、日本の本土から沖縄に行くためには、パスポートが必要だったのです。そういう特殊な状況に置かれた沖縄を、作者はオキナワと片仮名で表記することで示そうとしたのでしょう。

この作品はそういう状況を背景として、芥川賞を受賞したものと思われます。もちろん作品の魅力はそうした社会問題とか政治的背景とは無縁に、困難な状況の中でけなげに生きようとしている少年の姿が、ういういしく描き出されているところにあるのですが、しかし芥川賞というものは文芸ジャーナリズムが設置した文学賞なので、社会状勢とか、時代の流れといったものが、選考過程に微妙な影響を与えることがあります。この作品が「オキナワ」の話ではなく、東北の貧しい農家の話だったら、果たして受賞していたかどうか、何ともいえないところがありますね。

生活の一コマを無心に書き留める

過去の作品を読む場合、そういう社会状勢や時代背景といったものを、知識としてある程度、知っていた方がいいとは思うのですが、とりあえずは無心に、この作品を読んでみてください。米軍兵士相手に売春もするバー、みたいなものの奇妙さというか、辺境だなあという感じはありますが、貧乏な少年のちょっと気の毒な話、という感じで、すらすらと読んでいけると思います。少年の身辺スケッチが、細かい描写もおりまぜて丹念に描かれています。政治的な解釈や批判といったものは排除されて、あくまでも少年の純粋な目で見えてくるものだけが切り取られています。

この少年の身辺スケッチといったものが、いま読み返してみても、なかなかいいと思います。文章が輝いています。こんなふうに、ただ無心に自分の生活の一コマ一コマを書き留めていくということだけでも、充分に文学になるのですね。余計な解釈とか、小説的な技法とかがない方が、かえってすっきりするということもできます。皆さんも、自分の身辺を振り返ってみてください。何気ない日常の中にも、輝かしいものがごろごろ転がっているのではないでしょうか。ゲーム機で遊んでいるとか、スマホでメールを交換しているとか、そんなのはダメですよ。ある程度の困難を乗り越えて、けなげに生きている少年や少女の姿。そういうシンプルな身辺スケッチのようなものが、意外に効果的なのかもしれません。

いまの時代だったら、母子家庭であるとか、両親が離婚して祖母に育てられているとか、父親が単身赴任で母親が浮気をしているらしいとか、困難な状況を生きている子どもというのは、たくさんいるのではないかと思います。地方都市のシャッターで閉ざされた駅前商店街の中とか、原発事故の避難区域の外だけれども風評被害で悩んでいる農家とか、父親が家庭内暴力で母親がアルコール中毒とか、悲惨な状況はいくらでもあります。そんな状況に置かれた子どもの日常生活と、そこから脱出するためのささやかな冒険、といったものを描いてみてください。ただ無心に書くというのが、コツと言えるかもしれません。この作品が、大いに参考になると思います。

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初出:P+D MAGAZINE(2017/08/24)

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