モーリー・ロバートソンが、学生活動家「SEALDs」に読ませたい10冊 モーリーのBOOK JOCKEY【第1回】
国際ジャーナリストからミュージシャンまで、幅広く活躍中の「モーリー・ロバートソン」が、学生活動家「SEALDs」に読ませたい10冊をピックアップ&レビュー!
<第1回>学生活動家「SEALDs」に読ませたい10冊
ぼくは本をほとんど読んでこなかった。だが、今をときめく大学生の活動家たちである「SEALDs」の皆さんに読書リストをレコメンドするなら、以下のようになる。
#SEALDsに読ませたい10冊の本
ジャック・ケロアック 『路上』
アレン・ギンズバーグ 『HOWL』
ウイリアム・S・バロウズ 『裸のランチ』
ジョン・ケージ 『小鳥たちのために』
アドルフ・ヒトラー 『わが闘争』
ジョン・レノン 詩集
ロバート・フルガム 『人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ』
おれの本
J・D・サリンジャー 『ライ麦畑でつかまえて』
チャールズ・ブコウスキー 『街で一番の美女』
このうち「おれの本」とは、1990年代に書いた小説「魔術師の弟子」を指している。その存在をほぼ、誰も知らない。この小説は自叙伝の風味で事実と虚構をないまぜに綴ったものだったが、当時いくつもの出版社に持ち回ったところ、軒並み断られた。障害者に関する見世物小屋のような描写や異常な精神状態を扱うテーマがだめだったらしい。芸能プロに所属が決まった時期に再度、出版の実現を試みたところ「この小説は君の心の闇が見えるから、外に出さない方がいい」と諭された。そのプロダクションへの所属は1年と続かなかった。が、わずか1年でたいそう儲かったのを今も覚えている。狂気を内に秘めて表に出さず、NHK-BSで映画・芸能紹介番組の司会者を勤めることほど、当時おいしい仕事はなかったのである。
追加で告白する。上記の10冊のうち、ぼく自身6冊しか読んでいない。つくづく本を読まなかったことを今、後悔している。最近はとにかく朝昼晩とネット上の情報しか追いかけていない。ツィッターをやたらと読んだり、ツィート主のタイムラインを深追いしたり、最新の炎上を追いかけたりするうちに眼精疲労になる。なんでこんなことをやっているのか、と自分でも思う。でもやめられない。せわしなく変動するオピニオンと、よせばいいのに著名人たちが次から次へと公の場で正義の鉄槌を振り下ろし、矛盾点を掘られて直後に失脚する事例が後を絶たない。新潟日報の報道部長さえ、匿名で暴言を吐き続けたあげくに特定され、その逸脱した行為が新聞記事になってしまった。新聞社の報道部長が変なことをやって新聞記事になったわけだ。このアミューズメントが麻薬になってしまい、仕事に退屈するとつい見に行ってしまう。偉大なドストエフスキーを読もうという心がけなど、微塵もない。
……だめだ。今「あんたなんか、ドストエフスキーになれない」と言われて激怒し、妻をペンナイフで刺した小説家ノーマン・メイヤーについて調べようとしたら、ページの横に「ファッション・サンタ」という美貌の紳士に関する記事があり、そっちの方を夢中で読んだ挙句、リツィートしてしまった。もう負けている。
Sexy mall Santa takes the internet by storm
ノーマン・メイヤーの元妻に関する記事は死亡記事だった。記事の前半で、いかにしてノーマン・メイヤーに刺されたかの状況が克明に記してある。ニューヨーク中のセレブを招いた豪奢なパーティーでの出来事だった。ペンナイフは妻の心嚢(しんのう)にまで届き、逮捕されたノーマン・メイヤーは法廷で「精神異常者としての強制入院だけは容赦してほしい。今後書く小説がすべて狂人のものだと思われてしまうからだ」と弁明した。しかし、この世に残すレガシーが「偉大な小説家に刺された妻」というのも、すごい話だ。
Adele Mailer, Artist Who Married Norman Mailer, Dies at 90
しかも記事をよく読むと、元妻はかつてジャック・ケロアックとも付き合っていたとあるではないか。とにかくこういう細切れなリンクを日々ザッピングしていると、まさしく「ニュース・ザップ」な生き方へとチューニングされていく。ある意味後ろめたいのだが、ノーマン・メイヤーを読んだこともないのに、このエピソードをどこか公の場で語れるかもしれないと思うと、職業的にも得した気分だ。少なくともたくさんRTされる連続ツィートのネタにはなる。
まさしくこうしたせこい「アテンション・ゲッティング=注目されるための小細工」がインターネット上の言論に横行している。記事の見出しもPVを稼ぐためのものがほとんどだし、かのニューヨーク・タイムズに掲載された死亡記事であっても、一番センセーショナルな内容を前半に寄せて「よく飛ぶ」ように組み立てられている。なんなのか?この節操の無さというか、落ち着きの無さは。そしてなんなのか、これらを面白いと思って読み続ける自分は。しかしニューヨーク・タイムズもひどい。元妻の人生のほとんどをノーマン・メイヤーとの関係だけで綴るなんて、どこまでミーハーなのか。
そんなぼくだが、最近たまに書店に行くと、ぎょっとする。平積みのスペースがびっしりと「右翼本」「左翼本」「自己啓発ポルノ本」「心の病を癒やす本」「すぐに儲かるコツの本」「健康と美容の本」などで埋められているからだ。ノーマン・メイヤーの本は平積みにならないのか?別に読まないけど。読まないけど、そこに置いてあったら自分にとって「いつか読もう」という励みにもなるし、第一その本屋はおしゃれだと思い、また行きたくなる。カフェとしてもお使いいただける書店が増えている中、ノーマン・メイヤーの作品を置くのは定番にしていただきたいほどだ。しかも今「Wikipedia」で調べたら「ノーマン・メイラー」だった。アメリカを代表する小説家なのに名前まで間違えて覚えていた。この思い違いは頻繁に起きるらしく、Googleに「ノーマン・メイヤー」と入れると自動変換してもらっていた。どうなっているんだ、いったい?
きっと思い込みを肯定してくれる本が今、売れているのだろう。いや正確に言うとそもそも本も雑誌も販売部数が激減している中、センセーショナルな情報を細切れにして、断定口調で誰かを叩くタブロイド型の出版物が一番よく動くのだと思う。よく飛ぶツィートみたいに。ノーマン・メイヤー、いやメイラーがどういう作品でアメリカを代表する小説家になったのかよりも、美しい妻にどれほどひどいDVを行っていたかということ、多くの恋を同時進行させる「多恋人=タレント」であったことの方がやっぱり刺さってしまう。そんなむちゃくちゃな私生活の傍らでアメリカを代表する栄光を手にし、そのネームバリューに多分自ら溺れ、あちこちで恥ずかしいことを懲りることなくやらかしながら力いっぱい創作を続けた。見習いたい生き方だ。いや、ぜったいにいやだ。
「Wikipedia」の英語エントリーを読むと、ノーマン・メイラーは初期のヒットした小説以上に、一発大きな花火を上げている。1973年にマリリン・モンローの「伝記」を模した小説を出版し、その最後の章で「モンローはCIAとFBIに暗殺された。ケネディー大統領の弟であるロバート・ケネディーとの不倫が政府組織の怒りを買ったからだ」と綴り、この本は一躍ベストセラーとなった。本は「Marilyn: A Biography=マリリン:ある伝記」と題され、小説だということがパッと見ではわからなくしてある。他の伝記からあつらえた事実と虚構を織り交ぜたため、当時「マリリン・モンロー死亡の真実」と誤解され、飛ぶように売れた。メイラー自身もインタビューで「売るために暗殺の部分を付け足した」と発言している。一体何をやってるんだ、この人は?というか、アメリカの大衆が当時まったく事実に興味がなく、おもしろい物語を優先させていたさまが目に浮かぶ。人類は学ぶことなく、同じことを繰り返しているようだ。
書店に右翼本や左翼本、自己啓発のポルノみたいな本がいくら並んでいても、それはそれで受け入れた方がいいのかもしれない。少し寂しい思いだ。今度必ず、いやいつかノーマン・メイラーの初期の小説を読みたいと思っている。読み終える前に何かツィートしてしまいそうだが。
モーリー・ロバートソン
日米双方の教育を受けた後、1981年に東京大学に現役合格。1988年ハーバード大学を卒業。国際ジャーナリストからミュージシャンまで幅広く活躍中。現在は「Newsザップ!」(スカパー!)、「所さん!大変ですよ」(NHK総合)にレギュラー出演のほか、各誌にてコラム連載中。
初出:P+D MAGAZINE(2015/12/16)