【SM小説】美咲凌介の連載掌編「どことなくSM劇場」第24話 メデューサは革命軍に味方する―妖女メデューサの冒険③
人気SM作家・美咲凌介による書き下ろし掌編小説・第24回目は「メデューサは革命軍に味方する―妖女メデューサの冒険③」。好評を博しているこのシリーズ。一見残酷に思えるところもありながら、メデューサの持つ魅力の虜となってしまうのは何故なのか……? 哀歓漂いつつも妖しい美咲流のSM世界をぜひ体感してみてください。
メデューサ……ギリシア神話に登場する怪物。ゴルゴン三姉妹の一人。その目は宝石のように光り輝き、その姿を見た者は石に変えられる。もともとは類いまれな美少女であったが、不遜にもアテナ神と美を競ったため、呪いを受けて自慢の髪を蛇に変えられた。イノシシの歯、青銅の手、黄金の翼を持つとも伝えられる。のちにペルセウスによって退治された。切り落とされたメデューサの首からは、天駆ける馬ペガサスと黄金の剣を持つ怪物クリュサオルが生まれた。この両者は海神ポセイドンとの間にできた子であるともいわれる。
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洞窟の入り口を鉄の柵で防ぐのに、半日ほどかかった。中央から左右に開閉できる、頑丈な柵だ。仕上げに、旅の途中で手に入れた錠を一つ取り付けると、鍵穴に鍵を差し込みくるりと回す。小さな音がして錠が閉まり、立派な牢ができあがった。メデューサは、いたく満足した。
「この錠というものは、とても便利ね。もっとたくさん買っておけばよかった」
そんなことを思いながら、頭から生えたおびただしい数の蛇を地面に下ろす。その蛇をバネのように伸縮させると、メデューサの軽い体は宙を飛んだ。まばらに生えた大木の枝を伝い、幹を蹴り、異形の少女は瞬く間に、山のふもとにある小さな神殿にまで下りてきた。
神殿の中は静まり返っている。だが、智者殿は既に来ているだろう。日が中天に昇る時刻にと約束したのだが、少し遅れてしまったようだ。このまま入り口から普通に入って行って、遅れた言い訳をするのもつまらない。少し脅かしてやるのがいいか。
散れ、散れ……
そう念じているうちに、メデューサの手足が砂のように崩れていく。砂はすぐに、さらに細かな塵となり、そのうち目に見えなくなる。胴が消え、首が消え、顔が消えて、やがて最後に残っていた蛇の群れも消えた。意識だけが残っている。
中へ、中へ……
意識は神殿の中へと移ろって行った。
集え、集え、集え……
消えたのとは逆の順番で、メデューサの身体が形を持ち始めた。まずはとぐろを巻いた無数の蛇の塊が中空に現れ、次に端正な顔が形作られた。その時点で、メデューサは床にひざまずいている老人に向かって、ケラケラと笑って見せた。老人は、顔をひきつらせ、小刻みに震え始めた。
やがてメデューサは、身体を全て取り戻した。ただし、全裸である。衣服は神殿の外に置いてきてしまった。今は夏の盛り。寒くはない。
この技の便利なところは、どんな場所にでも――風の方向にさえ気をつけていれば――入り込めるということだが、それはあくまでメデューサ自身の身体だけ。服までは、連れて来られない。
メデューサがこの技を覚えたのは、旅の途中の退屈を紛らわすためだった。数十年ものあいだ、世界のあちこちを旅して回っていると、時にひどく無聊に悩まされることがある。そんなとき、ふと思いついたのだ。
メデューサは以前から、頭から抜いた蛇を消し、再び頭に戻すことができた。なぜそんなことができるのだろう、と不思議に思ったのが、きっかけだった。床を這い回る蛇が消え、それが再び頭に戻ってくるということは――物というのはなんでも、目に見えない微小な粒でできているのではないか。そして物を粒にまでばらし、また寄せ集めれば、元の物に戻るのではないか。蛇だけではなく、手でも脚でも、同じことができるのではないだろうか。
そこで、やってみたら――できてしまったのである。もっとも、今のように好きな場所に現れることが可能になるまでには、十年ほどの年月がかかったのだが……。
物というものを突き詰めると、それは目に見えないほど小さな粒子である。そのことに思い至ったのは、メデューサが史上初だったかもしれない。古代ギリシアの哲人デモクリトスも同じことを唱えたが、それはメデューサがこの技を知ったのよりも数百年も後のことだ。
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メデューサは座に着くと、平伏して震えている老人に向かって声を掛けた。
「智者殿。そう怯えることはありません。面を上げられよ」
老人は、顔を上げてメデューサを見た。皆から智者と呼ばれている、物知りの老人だ。この国で暮らすようになってから三年、メデューサはこの老人から文字というものを習っていた。老人が見せてくれる書物――それは獣の皮をなめしたものを丸めた巻物だったが――は古いものばかりだったので、自然とメデューサも古めかしい、大仰な言葉遣いを覚え、それを使うようになった。また、そのほうがこの地では何かと都合がよかったのである。
老人は、メデューサの裸を見ると、おどおどと目を泳がせた。
「智者殿は、若い女の裸が珍しいのですか」
そう言って少し笑い声をたてると、メデューサは蛇を一匹伸ばし、老人の股間を探った。一物は縮こまったままのようだ。
「淫らなことを思っては、いないようですね」
「なんで私めが、高貴な御使者様にそのようなことを。畏れ多いことでございます」
「戯れたまで。お気に召さるな。では、始めましょう」
その言葉を聞くと、老人はひざまずいたまま、じりじりとそばに近づいてきた。この国の者は、メデューサを他の国の者のようには恐れない。いや、もちろん恐れてはいるのだが、悲鳴をあげてむやみに逃げ惑ったりはしない。
書物の講義が始まった。メデューサは、質問を一つした。
「この革命というのは、どういう意味ですか」
「物事を大きく変えるという意味でして、外国の言葉でございます。昔、ゼウス様が父君クロノス様を討ち、世が大きく変わりました。そのときの様子を、外国の者がこの革命という言葉で表したのです」
ああ、この言葉は使える――と思ったメデューサは
「なるほど。それで合点がいきました」
「と、おっしゃいますのは?」
「昨夜、お告げがあったのです」
「イシュテアナ様から……ああ、申し訳ございませぬ。いと高き方からの、お告げでございますね」
イシュテアナとは、この国の民が信じている神の名。メデューサは、その名を軽々しく口にすることを禁じている。代わりに「いと高き方」あるいは「いと賢き方」、または「勝利を恵む方」など――信仰する者が望む属性で呼ぶよう命じたのだ。神の名をみだりに口にしてはならぬ、というのが表向きの理由だったが、実は別に考えがある。
「そうです」
メデューサは、せいぜい重々しく聞こえるように、ゆっくりと答えた。
「いと高き方は、仰せられました。革命のときが近づいた、と。また、こうも仰せられました。光は闇と一つ。光あればこそ闇はあり、闇あればこそ光はある。光と闇を区別してはならぬ」
「どういう意味でしょう?」
「知れたこと。この山の国が光ならば、平野の国は闇。しかし、平野の国の者どもは、自分たちの国こそが光であり、この山の国を闇と思っておりましょう。されど、それはどちらも人間どもの浅知恵。光と闇が一つであるように、二つの国も一つにならねばなりません」
「ですが、どうやって……」
メデューサは、高らかに告げた
「女王を呼びなさい」
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メデューサが山の国と呼ばれるこの国にやってきたのは、ちょうど三年前の夏のことだった。山あいを流れる谷川で身を清めているとき、男たちに追われる娘の一団を助けてやった。その中に、この国の若く可憐な女王――そのときまだ十七歳だった――がいたのである。
とっさのことだったので、蛇を使うしかなかった。だから、助けてやったところで、嫌われ、怖がられるだけだと思ったのだが、意外なことが起きた。助けられた女たちが――それどころか女たちを追っていた男たちまで、メデューサを目にした途端、地にひれ伏したのである。
「イシュテアナ様! イシュテアナ様!」
そんな声が聞こえた。メデューサは、この土地の者どもが信仰する女神と、間違われたようであった。
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イシュテアナとは、蛇体の女神であるという。メデューサの姿――頭から無数の蛇を生やした美しい少女の姿は、この土地の者たちの目には、恐ろしくも神々しいものに見えるようだった。
さすがに神を詐称するのは気が引けたので、メデューサは正直に、自分はイシュテアナではない、そもそも神でもないと告げた。自分はただのメデューサである、と。
それでは――と、人間どもは言うのだった。あなたはイシュテアナ神の使いではないのか。少なくとも、人間ではありますまい。そんなに美しくも恐ろしい、そして立派な蛇をたくさん頭に生やしていらっしゃるのだから、と。
この山の国では、蛇は神の使いとして、たいへん重んじられているのだった。
そのあたりで、メデューサも否定するのが面倒くさくなったのである。それに、自分の姿を見ると、人々が平伏するのもおもしろかった。それまでは皆、「化け物、化け物」と悲鳴をあげて逃げ散るばかりだったのに、この土地では恐ろしさにぶるぶる震えながらも、ひどく丁重に扱ってくれるのである。人間どもに忌み嫌われながら、もう数十年も長い旅をしてきたことだし、少しくらいいい目を見たってかまわないではないか。
この山の国は、そのときちょうど内乱の真っ最中だった。先代の王と王妃を失い、女王になったばかりの少女を手に入れようと、二つの部族が争っていたのである。メデューサは、その内乱をわずか一日で鎮めた。我こそ女王の夫にならんと争い合っていた若者を、それぞれの部族から奪い去り、虜にしてしまったのだ。
その二人の若者は今、神殿の奥にある檻の中に閉じこめてある。適度に脅し、適度に可愛がってやって、調教は既に仕上がった。そろそろ国に戻してやってもいいころだろう。
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メデューサはまた、この山の国と敵対する平野の国からの二度の侵攻も、矢面に立って防いでやった。矢面に立ってというのは、言葉の綾ではない。実際に、数本の矢を身に受けて、そのうちの一本は腹を貫いて背中から突き出していたのだ。
平野の国は、蛇など信仰していない。他の多くの国々と同じく、アテナ神を信仰している。だから、メデューサを見てもひれ伏したりはしない。まるっきりの化け物扱いで、恐怖に駆られて矢を無茶苦茶に射るのだから、一人も殺すことなく数百人から成る軍を追い払うのは、至難の業だったのだ。
もちろんメデューサは、どんな傷を受けてもすぐに治ってしまう。だが、それだけに矢を抜くのは一苦労だった。傷はすっかり治っているのに、矢は突き刺さったまま。それを再び抜き取るというのは、おそろしく痛いものだ。
あのときは、私、久しぶりに泣きそうになったじゃない?
今、思い出しても、一人も殺さず敵を追い払った自分は、偉かった――メデューサはそう思う。そしてまた、あんなことは二度としたくない――とも。だが、どうやらもう一度だけ、やらなくてはならないらしい。それを考えると憂鬱だった。しかし、楽しみもないではなかった。久しぶりに、おもしろい獲物が手に入りそうなのだ。
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二十歳になったばかりの若き女王が神殿にやってきたのは、日が西に傾きかけたころだった。メデューサは、裸のままでいた。
「御使者様。お告げを承りに、参上いたしました」
可憐な女王は、椅子に腰かけたメデューサの前にひざまずいた。
御使者様――というのが、この国でのメデューサの正式な呼び名となっている。女神イシュテアナの使いという意味だ。初めのころは、勝手に神の使者などにされると、また神罰を受けるのではないかと、メデューサも少し恐ろしかった。だから、神の使者だなどとは、自分からは一言も口にしていない。ただこの国の者たちの言うことを、否定しなかっただけである。
時々は、お告げとやらも下してやった。ただし、イシュテアナ神という言葉は使わずに、である。「いと高き方」からの言葉として伝えただけだ。実はその「いと高き方」とは、山の中腹にある洞窟――この神殿よりは高い場所にある――を第二の住まいとしている自分のことだったが、それをイシュテアナ神だと人間どもが勝手に勘違いするのを、黙認してきたわけだ。
お告げの内容も、無難なものばかりだった。多くは「殺すな」ということに尽きた。この国の者どもは男も女も気性が荒く、なにかというと人を殺したがるのである。平野の国の捕虜たちも、メデューサが現れる以前はほとんど皆殺しにしていたらしい。それよりも奴隷として使ったほうがよいと教えてやったのもメデューサだった。
神殿を立派にしたいと言ってきたときは、厳しく叱った。――そんなことをするくらいなら、山に道を作り、川に橋をかけ、城を強固にせよ、いと高き方はそう仰せである、と。なんと慈悲深い――と人間どもは感謝し、イシュテアナ神への信仰はいや増しに高くなった。同時にメデューサの株も上がったようだ。
メデューサは、目の前にひざまずいている美しく若い女王を見つめた。色の白い、ふくよかな娘だ。
「女王よ。お告げを聞く前に……」
メデューサが裸でいるのを見て、覚悟を決めていたのだろう。二十歳の女王は、すぐに察したようだった。もう何度も繰り返されたことなのだ。
娘は立ち上がり、裸になった。メデューサの足元に近寄り、再びひざまずく。そして、ほっそりとした首を、メデューサの緩く開いた二本の太腿の間に差し伸べた。
メデューサはもう百年以上も生きているが、見かけは十七歳の少女のころのままだ。身体も女王より小柄である。だから見かけでは、年上の娘が、自分よりも年下の少女に奉仕しているようだった。
娘の舌が敏感な部分に触れると、メデューサの髪が――つまり無数の蛇が、ざわめいた。そのざわめきはずいぶん長いあいだ続き、次第に物狂おしくなっていく。やがてそれがすっかり静まったとき、神殿の中は薄暗くなっていた。
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すっかり満足したメデューサが目を開くと、女王はひざまずいたまま、床の上にきれいにたたんだ衣服に、手を伸ばそうとしていた。
「服を着てはなりません」
娘は身を固くした。
「まだ、なにか?」
「怯えなくてもいいのです。今日はたいへん上手に私を悦ばせてくれたから、私もあなたを悦ばせてあげようと思います。立ちなさい」
メデューサは、立ち上がった少女に向かって蛇を一匹伸ばし、その股間を軽く擦ってやった。
「あ、あっ」
娘は、身をよじらせた。
「敏感ね。可愛いこと。でも、まだ怖くて体が強張っているようね。大丈夫。ちゃんと考えてあるから……そのまま、そうして立っていなさい」
メデューサも立ち上がると、神殿の奥へ行き、閉じ込めていた若い二人の男を引き出した。昨日までは裸にして、首輪と鎖で繋いでいたが、今はどちらも取り外し、衣服を着せてやっている。まだ男を知らない若い女王が、あまり怯えないようにという配慮からだ。
「女王よ、この男たちを知っていますね。あなたを妻にしようと望んで、国中を混乱に陥れた者たちです」
男たちの姿を見て、女王は慌てて胸と股間を手で隠した。そして、黙ったままこっくりとうなずいた。
「今、この男たちの姿を見て、どう思いますか」
「あたくし……恐ろしいですわ」
「怖がることはありません。私がきっちりと調教してあげましたから。この二人の男は、今日からずっと、あなたの忠実な下僕として仕えることになります。あなたが、地面に吐いた唾を舐め取れと命じたら、すぐにそうするでしょうし、戦であなたのために死ねと命じたら、喜んで死ぬでしょう。そうですね?」
と、メデューサが男たちのほうに顔を向けると、二人は「はい」と同時に答えた。
「いいお返事ね。感心よ。でも、今はもっと楽しいことをしましょう」
「あっ。御使者様、なにを……」
と、女王が小さな叫び声をあげたのは、メデューサの蛇が、両手を絡めとってしまったからである。二つの細い手首を一つに縛るようにして、高く掲げる。二十歳の娘のやわらかな腋が、露わになった。
「いつまでも隠していては、いけません」
さらに二本の蛇が伸びてきて、女王の両の足首に絡みついた。こちらは手首とは逆に、左右に大きく開かれてしまった。柔らかな体毛に縁どられた恥部が露わになった。
「さあ、お前たち」
メデューサは、二人の若者に声をかけた。
「女王の可愛らしい乳首を舐めてさしあげなさい。丁寧に、心をこめて舐めるのよ。決して痛い思いをさせてはいけません」
「そんな……なにをなさいます。こんなこと……あたくし、恥ずかしい」
「心配することはありません。いと高き方のお望みなのです」
もちろん、例によって「いと高き方」とはメデューサ自身のことである。だが、可憐な女王はイシュテアナ神のことだと思ったらしく、抗うのをやめた。メデューサが神の名をみだりに口にしないよう命じたのは、このためでもあった。
「耐えなさい」
そう言ってやると、女王は目を閉じたまま、けなげに小さくうなずいた。
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二十歳の娘のふくよかな白い裸体が、次第に昂っていく様子を、メデューサはじっくりと楽しんだ。初めは固く結ばれていた唇が、やがて小さく開き、そこから声ともいえないほど微かな喘ぎ声が漏れ出した。まっすぐ立っていられなくなったのか、膝が緩く曲がり、外に向かって開いた。小刻みに震えだす。
メデューサはさらに一本の蛇を繰り出し、女王の股間を擦ってやった。もう、さっきのように恥じらってばかりではない。おそらく意識はしていないのだろうが、娘は股間にある敏感な器官を、蛇の鱗に自分から押しつけさえするのだった。その器官がわずかに湿っていることが、メデューサにははっきりと感じられた。
まだ慣れていないのだろう。二十歳の女王は、すぐに果ててしまった。また数本の蛇が伸びて、その汗に濡れた裸体を、こちらの膝の上にまで引き寄せてやる。
「どう? 楽しかったでしょう?」
「あたくし……恥ずかしいですわ。あんな姿を男の人に……」
「言ったじゃありませんか。あの二人は下僕にすぎないって。でも、女王がそんなに恥ずかしいのなら、二人にも同じことをさせてあげましょう。お前たち……」
と、二人の若者に向かって
「裸になって、愛し合いなさい。口で……いいえ、それは女王に見せるには早すぎるかしら。では、手を使いなさい」
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若者たちは、すぐに裸になった。さすがに一時期は部族を率いて戦にあけくれていただけあって、どちらも均整の取れた締まった身体をしている。メデューサも、できるだけその美しさを損ねないよう、気を使って調教してきたのだ。
二人は、唇を貪りあった。そして、互いに相手の股間にある猛り立ったものに手を伸ばし、競うようにこすり始めた。
「女王よ。ほら、よくご覧なさい。あんなに一生懸命になって。可愛いでしょう?」
膝の上に抱きすくめたまま、耳元で囁いてやる。
「あなたが命令すれば、いつでもどこでも、ああして愛し合わせることができるんですよ。でも、あまり人前ではさせないほうがいいでしょうね。あれで、どちらも部族の大切な御曹司だから。そうそう……あの二人は、そろそろ一度、部族に返してあげるつもりです。そのあと正式に、女王付きの兵として、奉仕させることになるでしょう。もちろん、さっき言ったように、実態は卑しい下僕にすぎませんけどね」
女王は、目を丸くして見つめている。男同士が愛し合うことは、この国では珍しいことではない。だが、大抵は大人の男と十代の少年という組み合わせだった。こんなふうに、二十代半ばの青年同士は珍しい。まして、その行為をあからさまに見ることなどは、女王とはいえ、まだ若い娘にとって、とうていあり得るはずのない体験だった。
男たちは、ほぼ同時に果てた。女王に挨拶をさせる――それはつまり、女王の足に接吻させることだったが――と、メデューサは二人に服を着て下がるように命じた。男たちは従順に、自ら神殿の奥にある牢の中へと戻って行った。
「あの人たち、どうして逃げ出そうともしないんでしょう?」
「いと高き方のお力です」
メデューサは、威厳をこめた――少なくとも自分としてはそのつもりの――口調で答えた。もっとも、その声の中には、いささか嬉しげな響きが混じってしまったかもしれない。いと高き方のお力とは、つまりはメデューサ自身の力なのである。この三年に近い年月、毎晩のように、泣いて許しを乞うまで懲らしめてやった結果が、あの従順さなのだった。
ただ、メデューサの期待は、もう次の獲物へと向いている。
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「女王よ、いと高き方のお言葉を伝えます」
腕の中に抱いている温かな白い裸体が、ぴくりと震えた。
「あなたが男と結ばれる日が、近づいています」
「あの二人……では、ありませんね」
「平野の国の王です」
「まさか!」
「いいえ、本当です。ただし、成就するかどうかはわかりません。この定めが成就すれば、あなたのお子は、この山の国の王であると同時に、平野の国の王にもなるでしょう。いいえ、そのときには、もう二つの国ではなく、一つの国になっています。そして、このメデューサは去り、この神殿は寂れるでしょう。反対にアテナ神の神殿は、大いに栄えることでしょう」
「そんな……御使者様がいなくなるなんて……では、イシュテアナ神のご加護は?」
「ご加護は、さらに厚くなるでしょう。神の名をみだりに呼んではなりません。神には多くの名があります」
「イシュテアナ様とアテナ神は、同じ方なのですか?」
なかなか利口な娘だ――と、メデューサは思う。だが、あまりはっきりと割り切らせてはならない。
「神の名をみだりに口にしてはなりません」
同じ言葉を、言い聞かせるように繰り返す。
「神々のことを、どうして人間どもが本当に知ることができましょう。この私でさえ、切れ切れの言葉を受け取るにすぎないのです。ただ、お言葉にしたがっていれば、いと高き方からのご加護は途切れることはありません。この神殿は寂れるでしょう。しかし、神殿などなくとも、女王よ、あなたの信仰が確かなら、それでよいのです」
二つの国が一つになれば、大きな国の神への信仰が優勢になるのは、やむを得ない。しかし、この山の国の老人たちには、なかなか納得できることではないだろう。妙な争いの種にならないとも限らない。だから、今のうちからこうして、お告げの形で慣らしておく必要があるのだ。
「それは、つまり……わたくしが奴隷のように、平野の国に売られるということですか」
「そうではありません。もし、いと高き方のお言葉にしたがい、そして定めが成就すれば、むしろ奴隷のように振る舞うのは、平野の国の若き王のほうでしょう。主人になるのは、女王よ、あなたのほうです。しかし、定めが成就しなければ……」
「成就しなければ?」
「この山の国は滅び、あなたは本当に奴隷として、卑しい男の臥所の世話をすることになります」
「ああ、恐ろしい。では、平野の国の反乱軍に、わが国も手を貸すのですか」
本当にこの娘は利口だ――と、メデューサは舌を巻く思いになった。
「心配することはありません。定めは成就するでしょう。そして、このメデューサは遠くに去るのです」
「なぜです? なぜ御使者様は、いなくなってしまわれるのです?」
「役割を終えるからです。そして、次の旅へと向かわなければなりません。いと高き方が、そう命じるのです」
「わたくし、悲しくてなりません」
「女王のそのお気持ち、このメデューサもたいへん嬉しく感じます。ですが、定めには逆らえません。さあ、では城へ戻り、大臣と神官たち、そして平野の国から来た将軍たちに、ここに来るように伝えなさい」
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女王が去ると、メデューサは長いため息をついた。あまりに真面目くさった言い回しに、我ながら疲れてしまったのである。
イシュテアナ神の言伝など、メデューサは一度も聞いたことがない。そもそもイシュテアナ神なんて、本当に存在するのだろうか。智者殿や神官の言うことには、イシュテアナ神は獰猛で淫乱な蛇体の神だが、同時にまた、慈悲深く貞潔な神だという。男と交わるのを悦び、かつ男を痛めつけるのが大好きで、戦が起これば敵を欺く知恵を授け、平時であれば学問と芸術を守護する。だが、また、愚かしいほどに嫉妬深い神でもあるともいう。
なんだか矛盾だらけではないか。そして、どこかメデューサ自身にも似ているではないか。
そもそも、あの二人の若者が内乱を起こしたとき、どちらもイシュテアナ神に勝利を祈っていたはずだ。メデューサの介入のおかげで、勝敗はつかなかった――というよりも、どちらもメデューサに負けてしまったわけだが、もしメデューサが手を出さなかったら、どうなっていたのか。
どちらが勝ったとしても、イシュテアナ神のおかげということになるのか。しかし、負けたほうにとっては、イシュテアナ神のご加護は、何の役にも立たなかったということになるではないか。いや、その場合、負けたほうは神から見放されたということか。だが、それは結局、強い者が勝ったというだけで、神様なんて、なんの関係もないということなのでは?
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だが、その問題は放っておこう。今、大切な問題は……
そう。イシュテアナ神の言伝など、メデューサは一度も聞いたことがない。だが、そんなメデューサにもはっきりとわかっていることが、一つだけある。それは、放っておけば、この山の国がいつか平野の国に滅ぼされてしまうだろう、ということだ。
まず、人口が違う。聞くところによれば、平野の国は山の国の三倍ほどの人口を抱えているという。そのうえ、あちらには馬がたくさんいて――もちろん馬は山での戦いには大して役に立たないが、物資を運ぶのには役立つ――おまけに周辺の他の国とも同盟関係をちゃんと結んでいるらしい。武器も優れている。メデューサの腹を射抜いた弓矢などは、本当に素晴らしいものだ。あれはたしか、二人がかりで引いていた……。
それに比べると、山の国は長いこと内乱ばかりやっていて人口は少なく、これといった新しい武器もない。それに、あちこちの国と小競り合いをする度に、捕虜を殺しまくってきたから――それはメデューサがやめさせたが――周辺の国との折り合いがはなはだ悪い。つまり、援軍は期待できない。
これまで、平野の国からの二度の侵攻を、メデューサが防いでやった。だが、あれは幸運の賜物だった。敵の戦略も、単純すぎたのだ。ただ一つの道をひた押しに攻めてきたのである。裏道もいくつかあるのに――もし、軍を幾つかに分けて数か所から同時に侵攻されたら、メデューサが一人しかいない以上、城を守り切るのは難しかっただろう。おまけに、女王を密かに国外に逃がす道も、用意していなかったのだ。(それはこの三年でメデューサが作らせ、今ではなんとか完成はしているが。)
だから、この山の国が生き残るには、できるだけよい条件で、平野の国と一つになるしかないのである。理想を言えば、大した戦もないまま、この国が平野の国を呑み込んでしまうのがよい。その可能性が一つだけある。それは、あの可憐な女王が平野の国の王――女王とあまり変わらない年齢だという――と、平和裏に結婚し、夫を手なずけ、生まれた子を両国の王としてしまうことだ。そうなったときには、二つの国は一つになってしまう。もちろん、あれこれといざこざは生じるだろうが、全面的に激突して滅ぼされてしまうよりはずっとましだ。
そんな上手い話があるはずがない。だが、そのあるはずのない話が、突如向こうから転がりこんできたのである。
平野の国で、ハリオスという悪辣な貴族が力を持ち始め、若い王とその母親を苦しめているというのだ。
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夜になった。神殿の広間の四隅に火が焚かれ、山の国の大臣、神官、将軍たち――そしてハリオスに反旗を翻そうと、この山の国に亡命してきた平野の国の将軍たちが、続々と神殿へとやってきた。
山の国の者とちがって、平野の国の人間どもには、蛇を貴ぶ信仰はない。だから、メデューサの姿には、恐怖以外の何物も感じないらしかった。
微かな風に揺らめく光が、メデューサの顔をまだらに照らし、気味の悪い影を作る。明かりに照らされた瞳は、宝石のようにきらきらと輝く。その輝きが美しければ美しいだけ、頭の上でざわざわと蠢く蛇の姿が醜く、おぞましく映るのだろう。
悲鳴をあげて逃げ出したいのを必死でこらえている様子が、メデューサにはよくわかった。
「それで……お客人がた。そのハリオスというのは、どのくらい悪辣な男なのですか」
そう問うと、隣国の将軍の一人が――
「人を虫けらのように殺して、それを喜ぶのです」
「あなたたちも、人を殺すでしょう」
「我々が人を殺すのは敵だけ――それも戦のときだけです。ですが、ハリオスは、自国の者を殺します。楽しみのために殺すのです。しかも、できるだけいたぶり、辱め、相手が泣き叫んで許しを乞うまで追いつめた挙句に、殺すのです。人を嬲り、嘲り、ありったけのあさましさをさらけ出させる――それが奴の楽しみなのです」
「まあ」
と、さもあきれ果てたように、メデューサは一声発した。ただし、もし誰かごく注意深い者が聞いていたら、そこには別の思いも隠れていたことに気づいたかもしれない。
「それは、罪人などに対してですか」
「とんでもない」
相手の声が大きくなった。
「ハリオスこそが罪人です。あの男は、弱い者を選んでは、嬲り殺します。ハリオスの言い分では、強い者は弱い者に何をしてもよいというのです。いたぶってもいいし、殺してもいい。弱い者は強い者に慈悲を乞うことしかできないし、またそれしかしてはならない。強い者のために嬲られ、殺されることこそが、弱い者の務めだというのです」
「まあ」と、メデューサはまた声を出した。そして、ついぽろりとこう言ってしまった。
「素晴らしい」
「素晴らしい? 素晴らしいですと?」
別の将軍がなんだか悲鳴のような、甲高い声をあげた。
「御使者様とやら。あなたは、ハリオスの腐った言い分に賛同なされるのか」
「勘違いしてはなりません」
メデューサは、口元に浮かびかけた微笑を噛み殺しながら、片手をあげて制した。
「私が素晴らしいと言ったのは、いと高き方のお言葉の意味が、今ようやく腑に落ちたからです。いと高き方は、仰せられました。行け、行って悪辣な者を懲らしめよ――と。その悪辣な者の名が、ついにはっきりしました。それは、あなた方の言う、そのハリオスとやらに違いありませぬ」
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「いと高き方、とは? この山の国では、イシュテアナ神を信仰なさっているのでは?」
「神の名をみだりに呼んではなりませぬ」
メデューサは、もっともらしい顔をして答えた。
「あなた方は、アテナ神を信仰なさっていますね。ですが、アテナ神に実際にお会いしたことはないでしょう? お会いして、その名を尋ねたこともないでしょう」
「しかし、昔からそう伝わっておる」
「あなたたちが、神の名をどう呼ぼうと、私はかまいません。決して責めているのではありません。ただ、このメデューサは、いと高き方の声を伝えるのみ。いと高き方は仰せられています。神の名をみだりに口にしてはならぬ、と。それはなぜかと考えますに、人間とは過ちに満ちた愚かな者。名が違えば、別の神と思いこむ。そして、神の名において互いに争い、殺し合う。なんとあさましい。いと高き方は、アテナ神とゆかりのある方かもしれませんよ」
「わが神アテナは、邪神ではないわっ」
別の将軍が声を荒らげた。怒りのあまり、わずかに恐怖を忘れたらしい。メデューサのほうへにじり寄ろうとしたが、蛇が数匹、鎌首をもたげるのを見ると、すぐに腰が落ちた。
だが、今度は山の国の神官の一人が、怒気をあらわにし始めた。白く長い髭を震わせながら言い募る。
「邪神とは、何の謂ぞ。わが国に援軍を求めに来ながら、どういうおつもりか」
「静まりなさい」
メデューサは、声を高めた。蛇の鱗がこすれ合う微かな音が、一同を瞬時にして黙らせてしまう。
「今の口争いこそが、人間の愚かさをよく表しています。ここであなたたちが口汚くののしりあったところで、神々のゆかり、つながりが、ほんの少しでも乱されることはありますまい。また、あなたたちがその神々について、何を知っているというのか。この私にしても、なにも知りはしません。ですが、アテナ神とイシュテアナ神にゆかりがあるのは、その名からも推察できます。イシューとは近しいという意味の、古き外国の言葉、テアナとはアテナの文字の入れ替えではありませんか。とすれば、イシュテアナとは、すなわちアテナに近しいという意味」
この地に来て文字を学んだ甲斐があったと、メデューサはこっそり得意な気分を味わっている。
「それは……ただの偶然では?」
「かもしれません。ですから推察と言ったのです。ですが、ただの偶然だとも言い切れないでしょう。神官殿?」
メデューサは、山の国の神官の顔を見た。
「なんでしょう?」
「イシュテアナ神は、戦の知恵を授けてくださる方、そして芸術を守り育てる方でしたね」
メデューサは、イシュテアナの狂暴な面や淫乱な面は伏せて尋ねた。神官も心得ているのだろう。神妙な顔で答える。
「その通りでございます」
「そして、平野の国の将軍がた。アテナ神もまた、戦において知恵を授け、文芸を保護する神では?」
「その通りです」
はじめに口をきいていた将軍が、頭を下げた。
「争いはやめましょう。それぞれの国の者が、それぞれの神を信仰すればよいこと。また、こちらに失礼な物言いのあったこと、謝罪申し上げる。それで、その神のお言葉ですが……」
15
「その前に、まだ尋ねたいことがあります。その悪辣非道なハリオスとやらを、平野の国の王は、なぜ討ち滅ぼさないのですか」
「もはや軍のほとんどが、ハリオスの手に渡っております」
「なぜ、そんな悪しき男に、軍をまとめることができたのです?」
「恐怖です。そして、金。さきほど申したように、ハリオスに歯向かった者は、嬲られ、辱められ、最後には必ず殺されます。反対にハリオスに媚びへつらう者は、大金と命を与えられるのです。といっても、それも当座だけのこと。いつ自分が殺される番になるか、誰にもわかりはしませぬ。ですから、われら以外の将軍たちは、互いに他の者を監視し、落ち度を見つけては、ハリオスに讒言を吹き込むのです」
「それでも、王が毅然として声を上げれば……」
「それができないのです」
「なぜ?」
「一年ほど前から、国母様がハリオスに囚われています」
「国母様とは?」
「王の母君です。年齢は三十八歳。未だにお美しく、敬い名は緑の宝玉。これは、国母様の両の瞳の色が、鮮やかな緑色であることからきた敬い名です。王は、たいへん母親思いの方。それに、まるで娘子のような優しいお人柄で、まだ十九。母君を人質にとられていては、何一つ思い切った手は打てませぬ」
敬い名とは、敬意を込めた一種のあだ名のようなものであるらしい。そう言えば、平野の国では、女が本名で呼ばれることはごく少ないという話を聞いたことがあった。
「それで、その国母様は、今でも生きておられるのですか」
「それは確かです。ハリオスは十日に一度ほど、馬車で都のあちこちを回るのですが、いつも傍らには国母様を乗せて、まるで夫婦気取り。先代の王が見たら、どれほどの怒りを発せられることか。それに……それに……」
「どうしました?」
「まさかとは思うのですが……あの様子では、ひょっとすると国母様は既に、ハリオスに辱められているのではないか、と……」
「あら」
メデューサは、つい持ち前の軽やかな声を出してしまった。実を言えば、もったいぶった仰々しい言葉遣いに、かなり疲れてしまっていたのである。
「それはもう、辱められているに決まっているじゃありませんか。大人の男女が一つ家に一年もいっしょにいて……しかも、そのハリオスというのは、人をいたぶるのが大好きというんでしょう? 国母様はかわいそうに、とっくに犯されて、今ごろは豚でもできないような恥知らずな真似をさんざんさせられていることでしょうよ」
「なんと……もしそんなことになっていたら……」
「どうするというのです?」
「たとえ国母様でも、国の恥。斬り捨てねばなりますまい」
おう――と、口々に同意の声があがる。
16
「あきれたわねえ、あなたたちときたら」
メデューサは、すっかり娘らしい言葉遣いに戻ってしまった。
「男に犯されたくらいで、いちいち殺されたのでは、たまりませんわ。なにかと言えば女を殺す、殺すと。なんて野蛮なのかしら。そういうことでしたら、このメデューサが、その国母様とやらを救い出して、あなたたちから守ってあげましょう。もっとも、私もそれほど優しい救い手にはなれないかもしれませんけれど」
そう言ったのは、親切心だけからではない。その緑の宝玉と呼ばれる三十八歳の美しい女を裸にして、一度か二度は、楽しい遊びができるのではないか――と、そんなことを思ったからでもある。
「それならそれでけっこう。もし国母様が穢されていたら、わが平野の国に置くことはできませぬ。が、この山の国で余生をひっそりと過ごすというのなら、見て見ぬ振りはできましょう。それはそれとして、そもそも神のお告げとは……いったい我らに援軍を授けてくださるのかどうか……」
「今のあなたたちの話をうかがって、いと高き方のお言葉の意味が、はっきりとわかりました」
メデューサは、再び気を引き締め、重々しい口調になって答えた。
「あなたたちは、ハリオスにとって代わろうというのではなく、あくまで若き王を助けまいらせる所存とお見受けしますが、いかが?」
「もちろん、そのつもり。われらの願いは正当なる王家の存続。これ以外にはありませぬ」
「神のお言葉には、こうあります。隣国の王を助けよ、と。これはすなわち、あなたたちに援軍を出せということでありましょう」
「おおっ」と、歓声が上がった。
「ただし、続きがあります」
メデューサの凛とした声が響く。また、神殿の中が静まり返った。
「女王と王とは、女王と王のまま、結ばれねばならぬ。つまり、二人は結婚しなければなりません」
「なんと」
将軍たちが目を見合わせる。驚いたのは、平野の国の将軍たちだけではなかった。山の国の者たちも、疑わし気にひそひそと声を交わし始めた。それを遮るように、メデューサの声が再び響く。
「さらにもう一つ。女王と王との間の子で、最も早く十八になった者が、より大なる国の王とならん。これは、二人の間に子ができて、その中で無事に育った子が――それが男でも女でも、この山の国と、あなたたち平野の国とを合わせた、新しく大きな国の王となる、という意味でありましょう。そして……よくお聞きなさい。この定めを逸したならば、両国に恐ろしい不幸が訪れると、いと高き方は仰せられています。すなわち、あなたたち亡命将軍と、その若き王は、全員が恥と苦しみに塗れ、敵に対してぶざまに許しを乞いながら死ぬことになります。その後、山の国は平野の国に滅ぼされ、わが女王は長い年月、いと卑しきものの奴隷として生き、最後は惨めな死を迎えることでしょう。また、平野の国も安泰ではありません。いと悪しき者が死んだあと、国はひび割れ、遠くから来た野蛮なるものに蹂躙されるのというのです。どういう意味か、読み解くまでもありません」
「だが……両国の王と女王の結婚ともなれば、重臣にもはからないと……」
「愚かなこと。ハリオスを打ち倒し、王を救ったならば、今ここにいるあなたたちこそが一番の重臣ではありませんか」
「王自身のお気持ちは……」
「なんの心配もありません。あなたたちも、わが国の女王に謁見されたはず。あれほどお美しく、優しく、賢い方は、またとはいらっしゃいません。それに万が一そちらの王が、わが国の女王を少しばかりお気に召さなかったとしても、ハリオスとやらに嬲り殺され、国を失うよりは、ずっとよいではありませんか」
「それは……たしかに……」
「取るべき道は、今はもう一つしかありません」
平野の国の者も、山の国の者も、じっと沈黙を続けていた。皆がメデューサの告げた不吉な予言のほうに心を奪われていたのである。そして、誰も口には出さなかったが、結論はもう既に出ていた。メデューサの言葉に従うほかはない――と。
メデューサが、ついさっき聞いたばかりのハリオスのやり方――恐怖で人を煽って従わせるという、あのやり方を真似ているということに、メデューサ以外の誰一人気づいていなかった。
17
翌日、やはり神殿の広間で作戦が練られた。亡命将軍たちは山の国の軍勢を借り、全軍で王宮から王を救い出すことになった。王宮は既にないがしろにされ、守る兵も少ないという。しかも、その兵たちは亡命将軍たちに同情的であり、かなりの数の者が既にこちらに内通している。だから、王の救出は容易に達成できるはずだった。
「しかし、それはハリオスの願うところでもあるのです」
と、亡命将軍の一人が言った。
「そうなれば、ハリオスは公然と王を裏切り者と非難し、自分が新しい王に即位するでしょう。そして、この山の国に兵を向けることとなります。ですから、王を救い出すと同時に、ハリオスも打ち倒さなければなりません。しかし、ハリオスの館を守る兵は、王宮の守備兵の数倍。こちらは、どうなさる?」
メデューサが答える。
「私が一人で、ハリオスを捕らえ、国母様を救い出します」
ハリオスは殺さない、いと高き方に差し出すために捕らえるだけにする――というのが、メデューサの言い分である。
「できるはずがない。館に忍び込むことすら不可能だ」
「そうでしょうか? ご覧なさい」
メデューサは、静かに立ち上がると、自分の姿を消して見せた。身体を目に見えない粒にまで分解してしまう、例の技である。しばらくすると、将軍たちの背後に、メデューサの首だけが現れ、ケラケラと笑い声を立てた――と、瞬く間に首から胸、腹、四肢――と、全身が再び現れ出た。
将軍たちは声も出せずに、石のように静まり返っている。
「おわかりでしょう? 私は、どこにでも忍び込むことができます。あなたたち、以前、この国に侵攻しようとして、追い払われたでしょう? そのとき、どんなことが起きたか、思い出してご覧なさい」
「たしか……夜の間に、主だった将軍たちが次々に姿を消して……軍勢が乱れた。しばらくすると化け物が……いえ、あなたが現れて、いなくなった将軍たちを返してくれました。彼らは、手足の骨を折られ……目も潰されていた。もう使い物にならなかった。恐ろしい……化け物……」
「殺すよりよいではありませんか。それに、私のことを化け物と呼ぶのは、およしなさい。本当に、あなたたちときたら、言葉の使い方もわきまえていないんだから。少しは本でも読んで、勉強なさるといいわ」
メデューサは、この国で文字を覚えたことが、自慢でならないのである。
18
「そうそう。言葉の使い方と言えば、あなたたち、自分たちのことを反乱軍と呼んでいますけど、あんまりいい言葉ではないことよ。これからは、革命軍と名乗りなさい」
「革命……とは?」
「まあ、無知なのねえ」
メデューサは、少しばかり胸を張って続けた。自分も昨日覚えたばかりのくせに、さも当たり前のような口調で
「革命とは、何かが大きく変わることを意味する言葉です。私たちは、ハリオスに反乱するのではありません。国のあり方を大きく変えるために立ち上がるのです。そもそも、この革命という言葉は、ゼウス神が御父クロノス神を……」
メデューサの講釈は、長々と続いた。いかにも得意げに語り続ける少女の顔は、頭上にとぐろを巻く蛇の気味悪さをつかの間忘れさせ、将軍たちをその可憐さで魅了した。
「書物と言えば……」
そう言って、将軍の一人が巻物を取り出し、広げて見せた。初めに男の顔の絵が大きく描かれている。なかなかの美丈夫だ。
「これは?」
「ハリオスの著した書物です。例によって、自分は強いだとか、弱い者は強い者の慈悲を乞わねばならんだとか、下らぬことが書かれていますが……この絵がハリオスの顔です。御使者様がハリオスを捕らえるときに、役に立つでしょう」
「ハリオスとやらは、本当に強いのですか」
「もちろん御使者様にはかないますまいが……」
将軍は答えた。
「たしかに強い男です。若いときから、戦で何度も手柄を立てています」
「楽しみだこと……ところで、ハリオスには、頼りになる息子などはいないのでしょうか」
「息子は三人います。しかし、たいしたことはありません。それに仲が悪いので、連携も上手くとれないでしょう」
「それなら、王を救い出し、ハリオスを捕らえたあとは、しばらく静観しておくのが賢明でしょう。きっと息子たち同士で争い始めて、自滅していくにちがいありません。そうして勢力が衰えたところで、こちらが攻撃をしかければよいのです」
決行は、翌日と決まった。
19
ハリオスが館の最上階――三階の奥まった部屋に入ったとき、女の裸体は既に汗で濡れそぼっていた。
夕暮れ時。幾つかある大きな窓には薄く白い布が張られ、その布を通して弱められた西日が、部屋を明るく照らし出している。
ハリオスは、部屋の隅に置かれた寝台に腰を下ろすと、女の裸体をじっくりと眺めた。女は、滑車を使って頭上から垂らされた縄に両の手首を吊られ、豊かな白い太腿を小刻みに擦り合わせながら、切なげに身をよじっている。
「国母よ。緑の宝玉よ。まだ日が沈んでもいないというのに、お前はもう、男欲しさによがっいるのか。あさましい」
「それは……あなたが薬を……あの妙な薬を私の体に……」
「この薬か?」
ハリオスは、寝台に備えてある棚に載った、小さな瓶をこつこつと指で叩いて言った。
「これは、お前の正体を暴きだすだけのもの。国母よ、言い訳は要らぬ。それよりも、早く自分の本当の姿を認めることだ。国母だ、宝玉だと自惚れていても、本当のお前は卑しい、淫らな肉の塊にすぎぬ。そうであろう」
「ハリオスよ、無礼は許しません。私を穢しただけでは飽き足らず、さらに私を貶めようというのですか」
「やはり、なにもわかっておらぬようだな」
ハリオスは、寝台から立ち上がり、女のそばへ寄った。
「私はお前を穢したのではない。卑しく淫らな肉の塊にすぎぬお前に、慈悲を施してやったのだ。それに、口のききかたも心得ていないようだ」
「馬鹿なことをお言いでない、私は国母……」
だが、女はその続きを言うことはできなかった。突然、口を大きく開き、細い笛のような声を上げたのだ。同時に、二本の足がじたばたと床を踏み鳴らした。ハリオスが、女の右の乳首を軽く捻っただけで――。
ハリオスは、短い乾いた笑い声をあげた。
「ぶざまな。乳首をつままれたのが、そんなに嬉しいのか」
「あ、あ……」
女の口は、もう閉じなかった。小さく開いたまま、片方の唇の端から、透明な唾液が垂れ始めた。
「しばらくゆっくり考えるがいい」
ハリオスは再び寝台に戻り、棚から酒瓶を取って、酒を椀に満たした。ハリオスがその酒をちびちびと飲み、一椀を飲み干したとき、女はついに残っていたわずかな誇りを失った。
「ああっ。ハリオス、お願い。縄を……縄を緩めて……」
「口のきき方が、まだ悪いようだ」
「ハリオス……様。お願いです。縄を緩めて……緩めてください」
「それだけでいいのか」
女は汗に塗れた顔を、がくがくと何度も上下に振った。
「よかろう」
20
滑車を操作すると、女の手首を吊り上げていた縄が緩む。軟らかく豊かな裸体が、崩れていった。そのまま床にうずくまり、もぞもぞと蠢く。見ると、自分の指で、股のあいだを懸命に摺り上げているのだった。
薬の効き目は、十分すぎるほどだった。
「縄を緩めてやるとは言ったが、そんな恥知らずな真似は許していない」
ハリオスは嘲りながら、再び縄を張った。女の両腕は、また無慈悲に引き上げられていく。無防備になった柔らかな乳房を、ハリオスの腕が鷲掴みにした。女の両目と口が大きく開き、濁った叫び声が噴き出してきた。
「ああっ。ハリオス様。もう……もう、どうにでもして」
「どうにでもして、ではない。どうしてほしいか言うのだ。……いいか? よく考えて口を開けよ。身の程知らずな口をきいたら、このまま一晩、放っておく」
「お慈悲……お慈悲を……」
「慈悲を、誰に垂れてほしいんだ?」
「わ、私に……」
ハリオスは、いきなり女の頬を張った。
「お前は、何だ? 言ってみろ」
「肉……卑しい淫らな……肉の塊です」
「そうだ。ちゃんと最初から言ってみろ」
「ハリオス様。お慈悲……お慈悲を。この卑しい……淫らな肉の塊に、お慈悲を垂れてくださいませ」
「よし。慈悲を施してやる。喜ぶがいい」
21
ハリオスは、二杯目の酒を飲み干した。自分ももう、裸になっている。
女はまだ、欲望をかなえられてはいなかった。滑車から垂れていた縄からは解放されたが、今度は両の手首を、背中で一つに括られている。そして、寝台の前の床にひざまずき、男の裸体のあちこちを、命じられるままその舌で懸命に舐め回しているのだった。
「国母よ。緑の宝玉よ。まだまだ、奉仕が足りないようだ。奉仕が足りなければどうなるか、教えてやろう」
ハリオスは、女の目を見つめながら告げた。
「お前と王を裸にして、たっぷり薬を塗りつけ、檻に入れて愚民どもの晒し者にしてやる。どうなるか……わかるな? 淫らなお前たちは、愚民どもに嘲笑されながら、檻の中でつながり合うことだろうよ」
女の美しい緑の目が、上目遣いのまま大きく見開かれた。涙が溢れる。ハリオスはその目を見据えたまま続けた。
「だが、安心するがいい。お前が本当に心をこめて、私に奉仕することができるなら、お前を可愛がってやる。王も王のまま、生かしておいてやる。だが、奉仕の心が少しでも足りなかったら……」
しばらく黙ったあと、ハリオスは続けた。
「ほう。急に舌の動きがよくなったな。その調子だ。お前が身の程を知り、心をこめて私に奉仕を続けるなら、奴隷として生かしておいてやる。安心しているがいい」
だが、それは嘘だった。いずれ時期が来たら――二年後か、三年後か――ハリオスの権力の基盤が今よりもさらに強固になったら、そしてこの女の色香がうせてしまったら――本当にこの国母と、その息子である若い王を裸にして、薬をたっぷりと施し、檻に入れて愚民どもに見せつけてやるつもりだった。
この薬に耐えられる者はいない。母と息子は、屈辱に泣きながら裸で交わるだろう。それを見た愚民どもは驚き、嘲り、最後には激昂して、二人の首を吊るしあげるにちがいない。数少ない王の味方も、さすがに心変わりするはずだ。王殺しを行うのは愚民ども。このハリオスではない。
三杯目の酒を飲み干すと、ハリオスは女の身体を寝台の上に引きずり上げた。女は後ろ手に縛られたまま、仰向けに横たわった。
「そろそろ、お前の淫らな願いをかなえてやろう」
命じてもいないのに、女は膝を深く曲げ、脚を大きく左右に開いていく。
ほくそ笑みながら、ハリオスが女の中に突き入ろうとしたときだった。それまでうつろな表情で細くなっていた女の両目が、急に大きく開いた。唇がわなわなと震えだす。初めハリオスは、女が自分の顔を見て驚いたのかと思った。だが、すぐにそうでないことに気づいた。背後の何かを見ているのだ。
振り返ると、美しい少女の顔が――顔だけが、宙に浮かんでいた。その顔は、ほのかに微笑んでいるように見えた。そして髪が――いや蛇だ――無数の蛇が――
宙に浮いていたはずの少女の顔の下に、いつのまにか裸の五体が揃っている。と、見る間に、数えきれない蛇が、いっせいに襲いかかってきた。腕の下から、女の細い切れ切れの悲鳴が聞こえた。何本かの蛇が首にまとわりついた感触に身を震わせながら、ハリオスは気を失った。
22
入り口を鉄の柵で塞いだ洞窟の中。
メデューサは、裸の男に声をかけた。男は、奥の壁に背をぴったりとつけ、うずくまっている。
「これでわかったでしょう? ハリオス。私を倒して、この鍵を手に入れない限り、お前はこの洞窟からは逃げられないの。あなたが強い男だと聞いて、私、とっても期待しているのよ。さあ、かかっていらっしゃい」
メデューサは、数本の蛇をゆっくりとハリオスのほうへと差し向けた。だが、ハリオスは身動きしなかった。ただ、「ギャッ、ギャッ」と、夜に鳴く鳥のような、妙な声をあげただけだ。
「感心ね。悲鳴は出ちゃったけど、じたばたしないところが気に入ったわ」
メデューサは、このところ無理して使っていた古めかしい言葉遣いではなく、本来の軽快な、少し蓮っ葉な口調に戻っている。
「殺気がないことに、気づいているのね。では、そろそろ本気を出すわよ。ほら……ほら、どう?」
メデューサは、さらに蛇を繰り出すと、男の裸体を絡めとり、宙に持ち上げた。洞窟はそれほど広くはない。ハリオスの頭や手足を、天井や壁に何度か叩きつけてやる。これで、相手も本気で向かってくることだろう。
だが、ハリオスはやはり、濁った叫び声を何度かあげただけで、メデューサの望む反応は、なにも示さなかった。再び洞窟の床に下ろしてやると、今度はこちらに背を向けて、縮こまってしまう。見ると、小刻みに震えている。
メデューサが近くまで寄ると、小さな、しかし甲高い声が聞こえてきた。
「殺さないでえ、殺さないでえ」と、その声は繰り返しているのだった。
「情けないこと」
もう一歩、前に進む。――と、床が濡れているのに気づいた。この洞窟には、きれいに磨いた板を敷きつめてある。居心地がよくなるようにと、メデューサ自身が何か月もかけてしつらえたのである。その床が、濡れている。
「あきれた。お前、漏らしたのね」
裸の男は、恐怖の余り失禁していたのだ。
「ああっ、もう。どういうこと?」
メデューサは、文字通り地団太踏んだ。
「話がちがうじゃないのっ。お前は強い男だって、さんざん聞かされていたのに」
「殺さないでえ。殺さないでえ」
「口のききかたが、なっていないようよ」
「お願いします。殺さないでくださあい。お慈悲……お慈悲を……殺さないでくださあい」
「安心なさい。生かしておいてあげるわ。でも、こんなにも私を失望させた罪だけは、償わないとね」
メデューサは、今度はやさしく言ってやった。だが、ひょっとしたらハリオスは、殺されたほうがましだった――と、そう思ったかもしれない。
メデューサは、丸裸の男の足首をぐずぐずになるまで砕き、両目をえぐりとった。それから、両手の十本の指先を、ゆっくりと時間をかけて、彫刻に使う鎚でつぶしていった。ハリオスは悲鳴を上げ続け、なぜかその声は、だんだん透き通っていくのだった。
23
革命軍が戦闘を始めてから十日後の午後、メデューサは神殿の椅子に腰かけていた。今日は、ちゃんと衣服を身につけている。足元には、首輪と鎖で繋がれたハリオスが、裸で這いつくばっていた。
メデューサが現れたと聞いて、神官が慌ててやってきた。
「御使者様、この者は?」
「ハリオスです。いと高き方からお言葉が下ったので、そのお言葉通り、私が罰を下しておきました」
「殺さなくてよいのですか」
「生かして、この神殿で使うようにとの、いと高き方からのお言葉でした。見た通り、立ち上がることもできず、目も見えません。春から秋の間は草むしりでもやらせ、冬の間は掃除でもやらせるとよいでしょう。ああ、それから……」
と、片手に提げていた革の鞭を渡し
「この鞭で、毎日罰を与えるように。朝に百、昼に百、夜に百。神官殿ご自身で、尻に鞭をくれてやりなさい。ところで、お味方は大勝利のようですね」
この数日、何度か宮殿へも顔を出したので、だいたいの戦況は知っている。これはむしろ、ハリオスに聞かせるためだ。
「本当に、全てが御使者様のおっしゃった通りになりました。ハリオスの息子たちは互いに争い始め、まず三男が長男を殺し、その三男を次男が殺したそうです。残った次男は、わが革命軍が一昨日、見事に討ち果たしました。三人の死体は揃って、平野の国の宮殿の前に吊られています」
ハリオスが這いつくばったまま、啜り泣きを始めた。しかし、メデューサが「静かになさい」と一声かけると、泣き声はすぐにやんだ。神官が続ける。
「わが女王と、平野の国の王との結婚式は、来月には行われる予定です。御使者様のお言葉通り、結婚後、平野の国の王は、毎月十日間、我が国に滞在されることになります。お母様思いなので、月に十日もこちらにいられるのは嬉しいと、たいへん喜んでおられるとのこと」
結婚しても、女王を平野の国の宮殿には住まわせない。それは、メデューサの考えだった。あの可憐な女王が生きているあいだ、山の国の独立性を保つための工夫であった。
「あちらの国の、国母殿の処遇は?」
「将軍たちの一部が、やはり斬り捨てるべきだと騒いでおりましたが、どうにかわが国の客人として余生を送られることに決まりました」
「それはよかった。人殺しは、できるだけ避けねばなりません」
メデューサは、澄ました顔で言った。こんなに残酷なことが好きなのに、なぜ人殺しだけは嫌なのか、自分でも少し不思議だった。
「神官殿。あの国母殿とやらは、まだ色香も衰えてはいないご様子。折りを見て、わが国の将軍か、大臣か――妻を亡くした者に、嫁がせるとよいでしょう」
そう言うとメデューサは、ハリオスの鎖を神官に手渡した。
「さあ、この者を奥の牢に繋いでおきなさい。それから、女王を呼びなさい」
24
行儀よくひざまずいた、年若い女王に――といっても、もうメデューサよりは年上に見えるのだが――やさしく声をかけてやる。
「女王よ、お別れのときが来ました」
「あたくし、悲しくてなりません」
「仕方がありません。定めなのです」
嘘である。ただ、神の使いの真似をすることにも、古い書物を読むことにも、すっかり飽きてしまったのだ。そのうえ、最後の楽しみにとっていたつもりの、あのハリオスの弱さときたら――。
「最後に、なにか私にできることを、女王にしてあげましょう。何が望みですか」
「本当に、お願いしてもよろしいのでしょうか」
「私にできることなら、何でも……」
「あの……では……」
女王はひざまずいたまま、もじもじと体をよじって
「あたくし、口づけをいただきたいんですの。御使者様の口づけを……」
ああ、本当にこの娘は賢い。メデューサが喜ぶことが何か、ちゃんと知っているのだ。
「可愛いお願いだこと。立ちなさい」
メデューサは数本の蛇を伸ばし、女王の身体を絡めとると、するするとこちらへ引き寄せた。そしてやさしく、しかし熱意をこめて、そのふっくらとした唇を吸ってやった。
やがて、おずおずと女王の舌が、メデューサの唇のあいだに入ってきた。
◆おまけ 一言後書き◆
今回は、また長くなってしまいましたね。お読みくださった方、ありがとうございます。次回はいよいよ、ペルセウスが登場します。相変わらず私のメデューサには、見た者を石にする力はありませんが、ペルセウスはその力がメデューサにあると信じているため、なんだかボタンをかけちがったような戦いを挑む――と、まあそういう話になる予定(あくまで予定)です。
2020年9月15日
美咲凌介(みさきりょうすけ)
1961年生まれ。福岡大学人文学部文化学科卒業。在学中、文芸部に所属し、小説や寓話の執筆を始める。1998年に「第四回フランス書院文庫新人賞」受賞。SMを題材とした代表作に『美少女とM奴隷女教師』『Sの放課後・Mの教室』(フランス書院)など。他に別名義で教育関連書、エッセイ集、寓話集など著書多数。
初出:P+D MAGAZINE(2020/09/24)