『黄色い家』川上未映子/著▷「2024年本屋大賞」ノミネート作を担当編集者が全力PR

『黄色い家』川上未映子/著▷「2024年本屋大賞」ノミネート作を担当編集者が全力PR

600ページに響き渡る声


 優れた小説はこれまで、言葉を持たない人たちの「声」を私たちに届けてきました。作中では饒舌な語り手たちは、現実の多くの場面では語るべき言葉を持ちません。これだけSNSが誰にでも開かれている現代でも、そのような場に表れない「声」があります。本書の主人公、伊藤花も、表の社会に「声」が聞こえてこないタイプの人間です。

 スナック勤務の母親と二人、その日暮らしのように生きてきた花。17歳で家を出、母の友人・黄美子のもとで生活を始めます。それまで学校で特別親しい友人を持たなかった花は、黄美子や、その友人の映水(ヨンス)らに全幅の信頼を置くようになっていきます。一方の黄美子も、施設を転々として育ち、母親の借金を返しながら「闇」の世界との境界でぎりぎりの生活を続けてきた人。花と黄美子、そして「黄色い家」に集う寄る辺ない少女たちは、いつのまにか「金」を詐取する犯罪の一端を担うようになっていくのです。

 本書の刊行と前後するように、闇バイトによる数々の強盗事件が明るみになり、連日大きく報道されました。なぜ若者が闇バイトに手を出してしまうのか、そこに罪の意識はないのか、どうして引き返せなかったのか、たくさんの識者がその構造を論じています。でも「ほんとう」のことは、たとえ罪を犯した本人にさえ、わからないのではないでしょうか。『黄色い家』の多くの読者が、花たちの犯した罪と現実の事件を重ねて読んだそうです。

『黄色い家』の刊行を控えたある日、川上未映子さんが色紙に書いてくださった言葉があります。「金、家、犯罪、カーニヴァル」。生きていくために必要だけれど、正当に手に入れる手段を持たない人たちもいる「金」。私たちが生まれてから死ぬまでなかなか逃れられない「家」。ある種の人生にはすぐそばにある「犯罪」。そして、どんな状況でも人が生きていくことの熱狂感――「カーニヴァル」。そのすべてがみっしりと詰まった600ページには、いろんな人物たちの「声」が響き渡り、読み始めると止めることができません。その「声」が読んだ人にも共鳴し、多くの書店員さんたちから大きな応援を得て、「本屋大賞」にノミネートされたこと、本当にありがたく思っております。ノミネートを機に手に取ってくださった方にも、息を詰めて、のめり込んで、夢中になって読んでいただけたらうれしいです。

川上さん写真
小社会議室にずらりと並んだ『黄色い家』のサイン本と川上未映子さん。この写真を撮るためにロの字型に並ぶ机の下を這いつくばってくぐってくださった、サービス精神溢れる川上さんのお姿が忘れられません。

──中央公論新社 文芸編集部 角谷涼子


2024年本屋大賞ノミネート

黄色い家

『黄色い家』
著/川上未映子
中央公論新社
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