☆スペシャル対談☆ 角田光代 × 西加奈子 [字のないはがき]と向きあうということ。vol. 4

☆スペシャル対談☆ 角田光代 × 西加奈子  [字のないはがき]と向きあうということ。vol. 4


クレヨンハウス東京店の会場では、ここからお客さまとの質疑応答がはじまりました。最後に、そのなかから3つピックアップして、たのしい対談の連載はおしまいです。



お客さま①
おふたりにおうかがいしたいのですが、この『字のないはがき』を制作された前と後で、なにか変化はありましたか?
 

西
こわい仕事、これからも来るぞ!と思いました。こわい仕事って、イコールたのしい仕事やから、受けようって思いました。もちろんこわい仕事をやって、報われんこともあるやろうけど、挑戦していきたいですね。
 

角田
書いた前と後の変化では、重圧がひとつ消えました(笑)。
わたし、いま52歳なんですけれども、ずっと生きてきて、太宰治の年齢を超え、夏目漱石を超え、そして向田邦子すら超えてしまった、という思いがあって、でもたまたまこのお仕事にとりかかれたときが、向田邦子さんが亡くなった年齢だったんですね。自分にとってそれがすごくすごく印象深くて、わたしはまだこういうふうに書いているので、うまく言えないですけど、……感慨があります。たぶんこの感慨は、『字のないはがき』の仕事をしなければ得られなかったものだと思います。
 

お客さま②
向田和子さんのご意見を、ここでおうかがいできたらなぁ、と思ったんですけど、お願いできますか?

(司会者の方の案内で向田和子さんが壇上にあがります)

向田和子さん登壇


向田和子さん
はじめまして。わたしが、〝字の書けない〟和子です(笑)。でも、字が書けなかったから、この絵本ができたと思うと、きょうはとても誇らしい気持がします。ありがとうございます。
向田の作品が、ほんとうに絵本になるなんて考えてもみなかったんですけど、10年ほど前に、もしそういうお話があるなら、たった一冊しか絵本にならないだろうなぁと感じました。ですからわたしは、ぜいたくな、自分勝手に、自分のやりたい絵本をつくりたい、と思っていました。そしてそのときすでに「角田さんに書いていただきたい」ってパッと浮かんでいました。
角田さんにはお目にかかりましたけど、絵本の話はいっさいしなかったと思います。西さんにはお目にかかったことはなくて、でも絵本について、わたしが思っていた3つのことがありました。

向田和子さん


3月10日(東京大空襲)の〝真っ赤な空〟を見て、わたしは子ども心に、たいへんなことだと思いました。犬を飼ってることも内緒にしなきゃいけないような時代でしたけれども、犬がものすごい勢いで吠えて、それが記憶に残っていますね。それから、〝終戦の青い空〟。子ども心に、すごく青い空だったとおぼえています。
疎開先から戻り、抱きついたときの父親の顔は見ておりません。ですから、わたしは絵本に、〝父の顔〟を描かれていたら、見るのがつらいなぁと思いました。
西さんには、ひとこともお話ししてないんですけど、この3つのことが、絵本にぜんぶそろっていたときには、声が出ないくらい驚きました。そのときに、これは邦子さんがわたしに伝えてくれたのかなぁ、って思いました。この絵本の、絵を見て文章を読んだときに、つくづくそう思いました。
ですから、こんなぜいたくな向田邦子の絵本はありません、もう絵本をつくる気もないんです。これがいちばんいいので、もうこれ以上のことはないので、失望したくもないので、もういいです(笑)。もう最高です。
こんなふうに、みなさんにお目にかかれたこと、幸せに思っています。どうもありがとうございました。

和子さんのスピーチ後に拍手する角田さんと西さん


司会
貴重なお話を、ありがとうございました。最後にもう一方、お願いします。
 

お客さま③
自分は会社員として働いていて、おふたりのように、なにかを産みだしつづける職業に憧れていますが、どうしようもなく仕事をやめたくなったり、もうつづけられないくらいしんどいことってあるんでしょうか? そこからどう向きあって戻ってくるのでしょうか?
 

角田
わたしは27歳のときに一回だけ、もう書きたくないと思ったことがあります。それはあまりに、評論家・批評家にけなされつづけて、デビューしてから、ずーっとけなされつづけて、こわくなってしまって、書けなくなった時期がありました。でも、3か月なにも書かずにいたら、書きたくなって、もうなんとでもいいや!と思って書きはじめたんですけど、それからは、ないですね、やめたいと思ったことは。
 

西
わたしは、ないですね。ぜいたくな仕事だと思ってるし、めちゃくちゃフェアな仕事だと思ってるし、やめたいと思ったことはないです。でも、もし、つらくてやめたいと思ったら、どうするかな? ……意地きたないですけど、きっと、その気持をまた書くやろなと思います(笑)。
 

(最後までおたのしみいただき、
ありがとうございました)

 

 

角田光代(かくた・みつよ)
1967年生まれ。小説家。90年デビュー作『幸福な遊戯』(福武書店)で海燕新人文学賞受賞。99年『キッドナップ・ツアー』(理論社)で産経児童出版文化賞フジテレビ賞、2003年『空中庭園』(文藝春秋)で婦人公論文芸賞、05年『対岸の彼女』(文藝春秋)で直木賞、06年『ロック母』(講談社)で川端康成文学賞、07年『八日目の蟬』(中央公論新社)で中央公論文芸賞ほか受賞多数。大の向田邦子ファンとして知られる。

西加奈子(にし・かなこ)
1977年生まれ。小説家。イラン・テヘラン生まれ。エジプト・カイロ、大阪府育ち。2004年『あおい』(小学館)でデビュー。05年『さくら』(小学館)、06年『きいろいゾウ』(小学館)発表、ベストセラーに。15年『サラバ!』(小学館)で直木賞を受賞。18年『おまじない』(筑摩書房)発表。自著の装丁や個展開催など、独特の色彩、トリミングで描く絵にも評価が高い。

角田さんと西さん


(取材協力 クレヨンハウス東京店 撮影 五十嵐美弥)

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子ども時代に見ていたテレビドラマをのぞけば、向田邦子作品に出会ったのは二十二、三歳のころだ。このときすでにご本人はこの世の住人ではなかった、ということもあって、この作家は私には最初からものすごく遠い存在だった。平明、簡素でありながら、叙情的な文章で綴られる、暮らしや記憶の断片は、私の知らない大人の女性の世界だった。