トランプ当選。今アメリカで一番売れている本は?|ブックレビューfromNY【第12回】
白人女性作家「私は白人で特権階級的な育ち方をした」
本コラム筆者が選んだ今月の1冊は、ジョディ・ピコーの“Small Great Things”だ。先週ベストセラー・リスト1位で初登場、2週目の今週は3位に入っている。
先月、本コラムではアメリカ社会における人種格差の根源といえる18~19世紀の奴隷制度をテーマにした小説を取り上げたが、今週レビューする“Small Great Things”は、現代アメリカ社会における人種間格差を掘り下げている。人種問題をテーマにした本は、黒人作家によって書かれることが多い。先月の“The Underground Railroad”の著者のホワイトヘッドも黒人だ。しかし、“Small Great Things”の著者、ジョディ・ピコーは白人作家である。ピコーは後書き(Author’s Note)で「私は白人で特権階級的な育ち方をした)[2]」と述べている。またピコーは、白人作家が人種をテーマにした小説を書いたことで、黒人からも白人からも批判されることは覚悟しているとも述べている。[3]人種に関する小説を書くために、ピコーは多くの黒人のインタビューを行い、また人種問題に関する社会正義のワークショップに参加するなど綿密なリサーチを行った。簡単とか楽しいから書いたわけでなく、むしろ目を背けたいテーマこそ正面から見据えなければいけないと思ってこの小説を書いた、とピコーは述べている。[4]
ジョディ・ピコーは1966年、ニューヨーク州ロングアイランド生まれ、13歳の時にニューハンプシャー州に移った。1987年、プリンストン大学を卒業。在学中に雑誌“Seventeen ”に短編小説を発表している。卒業後は編集者や英語教師などの職に就き、その後ハーバード大学大学院で教育学の修士号を取得した。1992年に最初の小説(“Songs of the Humpback Whale”)を出版した。今回取り上げた最新作以前にも2作品(“Nineteen Minutes”、“Change of Heart”)でニューヨークタイムズ・ベストセラー1位を取っている。
黒人看護師、白人至上主義者、白人弁護士
この小説の主人公は黒人の看護師ルース・ジェファソンだが、その他に2人の主要な人物、白人至上主義者のターク・バウアーと白人女性の公選弁護人ケネディ・マックォリーが登場する。まったく異なる社会的、人種的背景を持つ3人は、物語の進展のなかで、それぞれ異なった見地から状況を見、聞き、判断していく。
物語にとって重要な3人の生い立ちも詳しく語られる。
ルース・ジェファソンは、母親と姉のレイチェルとともにニューヨーク市のハーレム))[5]で育った。シングルマザーの母親は、生涯マンハッタンの裕福な家庭の家政婦として働き、娘たちを育てた。ハーレムの公立学校へ行った姉のレイチェルと違い、勉強好きだったルースは奨学金をもらってエリート私立学校であるドルトン・スクールで勉強した。ニューヨーク州立大学を卒業後、イェール大学で看護学の修士号を取った。軍人だった夫のウェスリーはアフガニスタンで戦死、高校生の息子のエジソンがいる。コネティカット州のマーシー‐ウェスト・ヘブン(Mercy-West Heaven)病院で産科の看護師として20年間働いている。
ターク・バウアーは11歳の時、16歳だった兄を自動車事故で亡くした。事故の相手は黒人だった。事故原因は、免許を取ったばかりの兄が飲酒運転をしたためで相手に非はなかった。裁判で相手方の無罪が確定したにもかかわらず、タークは兄が黒人に殺されたと信じ、黒人に対する憎しみを持ち続けた。両親はその後、離婚し、タークは母とともに母方の祖父の家に移り住んだ。そこで、ベトナム戦争を経験した祖父から喧嘩の方法やサバイバルを厳しく教え込まれた。15歳の時、祖父が突然死んだ後、タークは年上の友人の影響で暴力的な白人至上主義運動にのめり込んでいった。しかし、一時盛んだった暴力的白人至上主義運動は、次第に法規制も厳しくなり、社会的にも非難を浴びて表立った活動をしなくなっていた。タークはコネティカットにおける白人至上主義運動のレジェント的人物、フランシス・ミッチャムの娘ブリタニーと結婚した。
ケネディ・マックォリーはノースカロライナの裕福な家庭出身の白人女性弁護士。コロンビア大学法科大学院を上位5%の成績で卒業、現在はコネティカット州の公選弁護人をしている。夫のマイカは病院の勤務医、4歳の娘バイオレットがいる。
新生児の死を巡る疑惑と裁判
ルースが働くマーシー‐ウェスト・ヘブン病院でターク・バウアーの妻ブリタニーは男児を出産、デイビスと名付けられた。夜中の出産に立ち会った看護師は夜勤が終わり帰宅、代わりにルースがデイビスの担当になった。父親のタークはすぐに看護師長に対し、黒人にデイビスの世話をさせるわけにはいかないと抗議した。タークが白人至上主義者であることを察知した看護師長のマリーは面倒を避けるために、ルースを担当から外すとタークに約束した。デイビスのカルテには「アフリカ系アメリカ人はこの患者に手を触れないこと」という注意書きが貼られた。この病院で、ルースは唯一の黒人看護師だった。
次の日、ルースに代わってデイビスの担当となった白人看護師コリーンは病院の乳児室でデイビスの世話をしていた。すると担当している他の患者に非常事態が発生、たまたま乳児室にはルースしかいなかったので、コリーンは少しの間だけデイビスを見ているようルースに頼んで部屋を出て行った。コリーンが去ってからしばらくして、ルースがデイビスを見ると息をしていないように見えた。この時点でルースは絶体絶命の窮地に陥った。看護師としての使命は、すぐにデイビスに触れ、呼吸がなければ救急救命措置など病院のマニュアルに沿った行動をとるべきだ。しかし、上司からデイビスには触れるなと言われているので、命令違反をしてトラブルになれば解雇されるかもしれないと考えた。それでも、さすがにルースは放っておくことはできず、赤ん坊に手を触れて、呼吸が止まっていることを確認した。だが、それ以上の行動をとることはできなかった。ルースがデイビスのそばにいることを見咎めた看護師長のマリーに対し、ルースは赤ん坊には手を触れていないと主張した。医者が来て、その指示でルースはデイビスの心臓マッサージを始めたが、蘇生させることはできなかった。
赤ん坊の突然の死に怒り狂った父親のタークは病院に怒鳴り込んだが、病院の危機管理担当者は、タークの怒りを病院ではなくルースに向けるよう誘導した。タークは、担当から外されたルースが腹いせに息子を死に追いやったのではないかと警察に相談した。
2週間後の土曜日、夜勤のために出勤したルースは突然解雇を告げられ、看護師の免許も剥奪されると言われた。そして夜中すぎ、自宅に突然踏み込んできた警察に「殺人と過失致死」の疑いで逮捕された。
公選弁護人のケネディ・マックォリーはルースの弁護をすることになった。全く違う社会的背景を持つケネディとルースは最初、お互いに心の底から理解し合うことは出来なかった。裁判の進めるなかで、人種問題をどのように扱うかなど、2人の意見の違いがだんだん顕著になってくる。
[2] I grew up white and class-privileged. (p.459)
[3]“ I will have people of color challenging me for choosing a topic that doesn’t belong to me. I will have white people challenging me for calling them out on their racism. (p. 463)
[4]“I did not write this novel because I thought it would be fun or easy. I wrote it because I believed it was the right thing to do, and because the things that make us most uncomfortable are the things that teach us what we all need to know. (p. 463)
[5]“ハーレム (Harlem) は、アメリカ合衆国ニューヨーク州ニューヨーク市マンハッタン区北部に位置する地区である。アフリカ系アメリカ人が多く住み、かつては治安の悪い地区の代名詞だったが、今はアフリカ系アメリカ人の文化とビジネスの中心地となっている。