ジャック・リーチャーが主人公の人気作に注目・今アメリカで一番売れている本は?|ブックレビューfromNY【第13回】
冷戦の終結、統一ドイツ、イスラム過激派組織の台頭
この小説の舞台である1996年のドイツは、冷戦の終結と統一ドイツという新しい時代を迎え、政治的、経済的な試練を強いられていた。そのなかで生まれたのがネオ・ナチズムだった。一方、冷戦後に東西対立が解消して世界は平和になったわけではなく、現在も大きな脅威となっているイスラム過激派組織が台頭し始めていた。アメリカにおける9・11イスラム過激派テロ事件の起こる5年前である。
《アメリカ人》とメッセンジャーが接触していたとき、ちょうどハンブルグではコンピューターの《2000年問題》[3] をテーマにしたカンファレンスが開かれていて、出席した多くのアメリカ人IT専門家のバックグラウンド・チェックに時間がかかったという設定など、この小説を読むと20年前の時代の空気がひしひしと感じられる。
冷戦時代の遺物である小型核爆弾が、新興イスラム過激派組織にとって喉から手が出るほど欲しい武器だったというのもリアリティがある。ちなみに、持ち運び可能な小型核「デイビー・クロケット」も実在する兵器で、実際にその名で呼ばれていた。せっかく冷戦が終結して世界平和に対する大きな脅威がなくなったのに、その冷戦の遺物が新しい時代の脅威になるという著者の痛烈な皮肉は、現代を生きる我々に向けられたものだろう。
[3]西暦2000年になると世界中のコンピューターが誤作動する可能性があるとされた問題。それ以前のコンピューターシステムでは、日付を扱う情報に西暦の下2桁のみを扱い、上位2桁を無視していたことが原因だった。
佐藤則男のプロフィール
早稲田大学卒。米コロンビア大学経営大学院卒(MBA取得)。1971年、朝日新聞英字紙Asahi Evening News入社。その後、TDK本社およびニューヨーク勤務。1983年、国際連合予算局に勤務し、のちに国連事務総長となるコフィ・アナン氏の下で働く。
1985年、ニューヨーク州法人Strategic Planners International, Inc.を設立し、日米企業の国際ビジネス・コンサルティングを長く手掛ける。この間もジャーナリズム活動を続け、ヘンリー・キッシンジャー元国務長官、ズビグニュー・ブレジンスキー元大統領補佐官らと親交を結ぶ。『文藝春秋』『SAPIO』などに寄稿し、9.11テロ、イラク戦争ほかアメリカ情勢、世界情勢をリポート。著書に『ニューヨークからのメール』『なぜヒラリー・クリントンを大統領にしないのか?』など。
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初出:P+D MAGAZINE(2016/12/21)