【ランキング】アメリカのベストセラーを発表!ブックレビューfromNY<第23回>
アルファベット・シリーズ
“Y is for Yesterday” の作者スー・グラフトンは、推理作家のC.W. グラフトンの娘として1940年米国ケンタッキー州で生まれた。小説を書き始めたのは18歳の時だったが、あまり評判にもならず、むしろテレビの脚本家として活躍した。しかし、小説をまた書きたいという思いは強く、1982年に女性私立探偵(元警官)キンジー・ミルホーンを主人公にした『アリバイのA』(“A is for Alibi” )を出版した。これがグラフトンの代表作となるアルファベット・シリーズの始まりだった。以後シリーズは続き、遂に25作目“Y is for Yesterday”が今年9月に出版された。そしてシリーズ最後の作品“Z is for Zero”は2019年に出版予定だとグラフトンは読者にあてた手紙で述べている。[2]
いまでこそ、男性小説家たちも女性の探偵や警察官を主人公にした小説を書くようになってきた。しかし1980年代の初頭、男性小説家が描いた探偵や警察官はすべて男性だった。そんな時、女性作家スー・グラフトンが描く女性私立探偵キンジー・ミルホーンは目新しく、多くの読者を魅了した。キンジーは『アリバイのA』で初登場した時32歳。どこといって目立った特徴のない白人女性の元警官で、射撃は出来るが格闘技は得意ではなかった。カリフォルニア州のサンタ・テレサ(この小説上の仮想都市)のワンルーム・アパートに住んでいた。大家で80代のヘンリーは料理やパン焼きが上手な人の良いおじいさんだ。キンジーはヘンリーの兄のウイリアムの妻ロージーが経営する近所のハンガリー酒場兼レストランにしばしば出入りしていた。
シリーズの最初の作品から35年後の今年刊行された25作目の最新作“Y is for Yesterday” の舞台は1989年、したがってキンジーは39歳になっている。89歳になったヘンリーのアパートに相変わらず住み、ロージーのレストランにも出没している。
1979年、エリート私立校の女子生徒殺人事件とポルノ・ビデオ
1989年9月15日、キンジーはローレン・マッケイブから仕事依頼の電話を受けた。女子高校生殺害の罪で10年間少年刑務所に収容されていた息子のフリッツが出所した直後に脅迫状を受け取ったので、脅迫者が誰なのか見つけ出してほしいというものだった。フリッツは10年前、同じエリート私立校クリンピング・アカデミーの上級生スローンを射殺した罪で有罪判決を受け、当時未成年(15歳)だったため少年刑務所に収容されていた。脅迫者は、フリッツが殺人事件の前に、同じエリート私立校の男子生徒とともに同級生の女子生徒アイリスをレイプしている場面が記録されているビデオテープをネタに、フリッツの裕福な両親に脅迫状を送ってきたのだ。もし25,000ドルを払わなければ、テープのコピーを検察に持ち込むというものだった。少年刑務所を出たばかりのフリッツは未成年者レイプの罪で、再び懲役刑を受ける可能性が高かった。ローレンはテープの映像をキンジーに見せた。確かにそこにはフリッツともう一人の男子生徒が、アルコールを飲み泥酔して意識がなくなっているアイリスをレイプしている様子が映し出されていた。
裕福なマッケイブ夫妻にとって、25,000ドルを払うのは簡単なことだったし、最愛の一人息子を再び刑務所に送りたくない気持ちは強かった。しかし、お金を払ったところで、脅迫者がビデオを持っている限りは再び金を要求してこないという保証はなかった。そこでマッケイブ夫妻はお金を支払わないと決意、ローレンはキンジーに犯人探しを依頼したのだった。一方もう絶対に刑務所に戻りたくないフリッツは、脅迫者の要求通りに25,000ドルを支払う意思のない両親と対立していた。
フリッツによれば殺人事件が起こる少し前、同じ学校の男子生徒4人はポルノ・ビデオの制作を思いつき、フリッツともう一人男子学生トロイ、そしてアイリスは出演者、リーダー格のオースティンが監督、カメラマンはベイヤードだった。撮影直後にテープは「ポルノ・ビデオ」としてベイヤードによって編集され、その後フリッツがこのテープ持っていたがある日忽然と彼の部屋から無くなってしまった。以後このビデオテープの行方が分からなくなっていた。
そしてスローンの殺人事件が起こった。夏休みに入る直前、オースティンは別荘のプールでパーティを開いた。パーティの後、オースティン、ベイヤード、トロイ、フリッツの4人はスローンを車に乗せ、イェローウィード・キャンプ場の廃墟に連れて行き、そこでフリッツがスローンを射殺してしまった。そのあとスローンの遺体は土の中に埋められたが、すぐに発見され、ベイヤード、トロイ、フリッツの3人は逮捕され、オースティンは行方をくらました。フリッツは事件前にオースティンからオースティンの父親が所有していた銃を渡され、それが殺人の凶器になったのだが、その銃はついに発見されなかった。事件の首謀者とみられるオースティンが行方不明のため、事件の全容がはっきりしないまま、関係者の一人ベイヤードが司法取引をして罪を逃れ、未成年のトロイは殺人罪、誘拐罪などで少年刑務所に行き、上級生のトロイは大人として、司法妨害、証拠隠滅、幇助罪などで5年の懲役刑の判決を受けた。
10年後にマッケイブ夫妻に送られてきたテープは、行方不明だった「ポルノ・ビデオ」だった。そして映像を見る限りではそれが実際のレイプだったのか演技だったのか、関係者以外が判断することは難しかった。
1979年、カンニング事件
スローン殺人事件や「ポルノ・ビデオ」制作に関わっていた生徒たちは、彼らが通っていたクリンピング・アカデミーを揺るがしたカンニング事件の関係者でもあった。1979年4月13日に行われたカリフォルニアの共通学力テストの試験問題と答が直前に生徒のアイリスによって盗まれた。アイリスは学業不振に悩んでいた当時の親友のポピーに盗んだ試験問題と答を渡した。そして3週間後、カンニングがあったことを知らせる匿名の手紙が副校長に送られてきた。その結果ポピーと当時ポピーのボーイフレンドだったトロイの2人のカンニングが明らかになり、2人は退校処分になった。そしてオースティンは、真面目な優等生だったスローンを密告者だと激しく責めた。スローンは、自分は密告者ではないと否定したにもかかわらず、テストの前ポピーにカンニングをしないように説得していたこともあり、生徒たちはスローンが密告者だと断じて仲間はずれにしていた。そして夏休みの直前、スローンは男子生徒4人に連れ去られ、キャンプ場の廃墟で射殺された。
1989年、キンジーに迫り来る殺人鬼
ローレン・マッケイブの依頼にこたえるため、クリンピング・アカデミーの元生徒たちから聞き取り調査をする一方で、キンジーは3月に自分を殺そうとした後、行方不明になっている性格異常者ネッド・ロウがいつまた自分を殺しに戻ってくるか心配していた。ネッドは最初の妻をはじめ女性ばかりを何人もいろいろな州で殺害した殺人鬼なのだ。ネッドから身を守るため、キンジーは早朝のランニングをやめて人通りの多い午後にランニングするようにし、護身術を習い始めた。拳銃携帯の許可も取った。最近オフィスの窓ガラスが割られていたり、家の近所でネッドらしき人物が目撃されたりと、ネッドが近くに来ている兆候がみられていた。そんな時、ネッドの3番目の妻フィリスがキンジーと電話で話した後、自宅でネッドに襲われ瀕死の重傷を負った。ネッドがキンジーのオフィスの窓ガラスを割ったのは電話に盗聴器を仕掛けるためだった。ネッドはキンジーとフィリスの電話の会話を聞いてフィリスの隠れている家を知り、襲ったのだった。ネッドは盗聴器を仕掛けた後は、オフィスの建物と掘り下げてある地面との間の隙間に寝袋を持ち込み泊り込んでいた。そしてキンジーは再びネッドと対峙することになった。また殺されそうになったものの、キンジーは発砲してネッドの足にけがを負わせたところで、救助に来た警察に助けられた。ネッドは怪我をしたまま再び行方不明となった。
1989年、アイリスとジョーイ
1979年に試験問題を盗んだことが発覚したため、アイリスもクリンピンング・アカデミーを退校させられ、公立高校に転校した。そしてその高校で、殺されたスローンの母親違いの弟ジョーイと知り合った。2人は同棲、もうすぐ結婚する予定になっている。アイリスは、「ポルノ・ビデオ」に関しては、表面上はビデオに関わったフリッツ、トロイ、ベイヤードと同様、あれはただの演技だと言っているけれど、内心では深く傷ついていていた。特にフリッツに対しては許せないという気持ちを強く持っていた。もう1人の出演者のトロイは自分のやったことを深く反省し、すでにアイリスに心から詫びをしていたので、彼女はトロイを恨む気持ちは持っていなかった。しかし、フリッツは彼女に対し行った行為に反省のかけらもなかった。だからアイリスは、フリッツが殺人を犯したにもかかわらず10年間少年刑務所にいただけで出所し、もう《みそぎ》は終わったと、しゃあしゃあとしている態度が許せず、ジョーイの助けを借りて脅迫の手紙をフリッツの両親に出したのだった。そして実際にお金の受け渡しを指示する2通目の手紙も出した。両親から盗んででもお金を脅迫者に払うつもりのフリッツは、アイリスとジョーイに一緒について来てくれと頼んできた。その時点で2人は、この脅迫から手を引くことを決心したのだった。
1989年、フリッツの失踪
キンジーの脅迫者捜しは難航し、聞き取り調査方法を巡ってマッケイブ夫妻と意見が合わなくなったため、キンジーは前金をマッケイブに返却してこの件から手を引いた。しかし、10月2日月曜日の朝、焦燥しきったローレンがキンジーのオフィスを訪ねてきた。銀行に入金する予定で書斎の机の上に置いてあった小切手5枚総額78,000ドルをフリッツが金曜日に銀行に持ち込み、口座に入金、代わりに25,000ドルを現金で口座から引き出し、そのまま姿を消してしまったので探してほしいという依頼だった。フリッツは金曜日の午後、クリンピング・アカデミーの元同級生の家を訪ね、キャンプ用のコンロとランタンを借りた後、消息を絶った。
結末
この後、キンジーは一気に1979年と1989年のすべての謎を解いていく。
□ ●フリッツはどこに?
□ ●「ポルノ・ビデオ」はどのような経緯で、脅迫者(アイリスとジョーイ)の手に渡ったのか?
□ ●スローンの出生の秘密は?
□ ●スローンが殺されて一番得をしたのは誰か?
□ ●スローンを殺した銃はどこにあったのか?
□ ●10年前から失踪しているオースティンは今どこ?
マッケイブ夫妻あての脅迫状に端を発したすべての謎を解いた後、キンジーは殺人鬼ネッド・ロウと再び対峙することになる。
キンジーは、ネッドの2番目の妻セレステが保管していた殺人被害者たちのアクセサリーなどの装具品を、ネッドの殺人の証拠品としてサンタ・テレサ警察に提出するのを手伝った後、家の近くでネッドの不意打ち攻撃を受けた。大家のヘンリーは不在だったが居候として庭にテントを張って滞在していたパールがキンジーと一緒にネッドと戦った。最後に巨体のパールは倒れたネッドの胸の上に何度も飛び乗り、さすがのネッドも動かなくなってしまった。(あとでネッドの死亡が確認された。)
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キンジーは依頼された仕事や、自分を狙ってくる殺人鬼との対応で忙しいなか、近所に住む姪のアンの不倫、妊娠に頭を悩ませたり、人の良いヘンリーがホームレスのパールを居候として敷地内に滞在させることに憤ったりと、なかなか人間臭い一面を見せている。そんなキンジーが大好きなファンはたくさんいるようだ。このアルファベット・シリーズもあと一作を残すだけとなった。作者グラフトンは読者への手紙の中で、「たくさんの人からシリーズが終わったらどうするのだ? という質問を受けるが、『まったく見当がつかない』としか答えようがない。精神力、体力が許せば、キンジーを登場させた単発の小説を1つか2つ書くかもしれない」[3] というようなことを言っている。でもまずは、2019年発刊予定のシリーズ最後の作品に期待したいと思う。
[2] http://www.suegrafton.com/welcome.php
[3]http://www.suegrafton.com/welcome.php
佐藤則男のプロフィール
早稲田大学卒。米コロンビア大学経営大学院卒(MBA取得)。1971年、朝日新聞英字紙Asahi Evening News入社。その後、TDK本社およびニューヨーク勤務。1983年、国際連合予算局に勤務し、のちに国連事務総長となるコフィ・アナン氏の下で働く。 1985年、ニューヨーク州法人Strategic Planners International, Inc.を設立し、日米企業の国際ビジネス・コンサルティングを長く手掛ける。この間もジャーナリズム活動を続け、ヘンリー・キッシンジャー元国務長官、ズビグニュー・ブレジンスキー元大統領補佐官らと親交を結ぶ。『文藝春秋』『SAPIO』などに寄稿し、9.11テロ、イラク戦争ほかアメリカ情勢、世界情勢をリポート。著書に『ニューヨークからのメール』『なぜヒラリー・クリントンを大統領にしないのか?』など。 佐藤則男ブログ、「New Yorkからの緊急リポート」もチェック!
初出:P+D MAGAZINE(2017/10/18)
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