【先取りベストセラーランキング】図書館活動を通して自立と真の愛に目覚める女性たち ブックレビューfromNY<第49回>

田舎町に設立された馬で本を届ける移動図書館

“The Giver of Stars” は、1930年代の終わり頃の不況にあえぐケンタッキー州の山奥の町ベイリーヴィルを舞台にしている。フランクリン・ルーズベルト米国大統領の掲げたニューディール政策[2]。の一環で設立された政府機関WPA(Work Program Administration、後にWork Projects Administration:公共事業促進局)の援助でこの町に移動図書館が設立され、女性たちによって運営されたという歴史的事実に基づきこの小説は書かれている。周囲を山に囲まれたこの移動図書館は、山奥に住む住民たちへの本の貸し出しのために馬を使用した。女性司書たちは毎朝、町の中にある図書館本部(といっても馬の仲買人フレッド・ガイスラーから無料で借りている古い納屋)で貸し出す本を受け取り、馬に乗って山奥の一軒一軒を訪問、新しい本を貸し出し、読み終わった本を受け取った。そして夕方までに町に戻り、返却された本を図書館に戻すのである。移動図書館が始まったばかりの頃は、本の押し売りかと警戒心をあらわにした山奥の住民たちは、次第に本を読む喜びに目覚め、図書館司書の訪問を心待ちにするようになっていった。

イギリス人の著者ジョジョ・モイーズはこの移動図書館で活躍した女性司書の一人、英国出身のアリスを主人公に据えた。

現実からの逃避と冒険、のはずだった結婚生活の現実

ロンドン近郊のサリーに、両親と兄と一緒に住んでいたアリス・ライトは思ったことをすぐ口に出す性格が災いし、父親の上役に失礼なことを言ったと両親から批判され、しばらく社交の場に出してもらえず、家でくすぶっていた。そんな時、キリスト教のミッション活動の一環として、ケンタッキー州からヨーロッパを訪問する途中でイギリスに立ち寄ったヴァンクリーブ父子とたまたま出会ったアリスは、この父子から賞賛の目で見られた。大きな魅力的な目と美しい金髪、完璧なブリティッシュ・イングリッシュを話し、(アリスの母によれば)侯爵夫人とも血縁関係にあるということに深く印象付けられた父の強い勧めもあり、息子のベネット・ヴァンクリーブは米国に帰国直前にアリスにプロポーズした。アリスは自分がベネットを愛しているかどうか定かではなかったが、ハンサムで資産家の一人息子のベネットからの結婚の申し込みを大喜びで承諾した。これで退屈な家族と別れて英国を去り、米国で新しい第1歩が踏み出せると思ったのである。その時、アリスが思い描いたのは、ニューヨークの華やかな街で、レストランで食事をし、カーネギーホールやメトロポリタン・オペラを楽しむ自分の姿だった。

ヴァンクリーブ父子とアリスは英国からニューヨークまでの5日間の船旅の後、ニューヨークからは何日もかけて車でケンタッキー州まで旅をした。旅行の間中、舅のヴァンクリーブ氏はいつもアリスとベネットの傍にいた。船室も3人一緒の部屋だった。ケンタッキーに戻ったら父の家から出て、レキシントン[3]に住むと宣言していたベネットだったが、とりあえずアリスとベネットはベイリーヴィルにあるヴァンクリーブ氏の家に落ち着いた。そしてベネットは、妻に先立たれてさみしい思いをしている父を気遣う必要があるから最初の年だけでも父の家に同居しようとアリスに言った。こうして亡くなったヴァンクリーブ夫人の写真や思い出の品(膨大な数の陶器の人形や様々な室内装飾品)満載の邸宅でアリスの新婚生活は始まった。

通いの家政婦のアニーが毎日の家事や食事の準備や片付けをすべてやってくれるので、アリスは家でやることはほとんどなかった。料理や家事を手伝おうとすると、アニーはあからさまにアリスを邪魔者扱いするし、故ヴァンクリーブ夫人の思い出の品を片付けて部屋の模様替えをしようとすると、ヴァンクリーブ氏やベネットから強い拒否反応があった。ベイリーヴィルは小さな町なので、街に出ても、息抜きをして楽しむ場所もない。昼間は主婦同士で集まってお茶を飲めば他愛ないうわさ話に終始し、アリスが少し突っ込んだ話をすると、途端に座は白けてしまう。ベネットはというと、今や英国でプロポーズした時の情熱の片鱗もなく、家の中でも会社でも父ヴァンクリーブ氏の言いなりで覇気がなかった。ヴァンクリーブ氏は地元の石炭鉱山の重役で、ベネットは父親の部下として同じ会社で働いていた。

乗馬で巡回する女性司書

結婚して数カ月後、このケンタッキー州の小さな田舎町で、アリスはすっかり孤立していた。そんな夏の日、アリスは集会に夫とともに参加した。いつものように退屈な話が続いていたが、突然ミセス・ブラディーが発言した。大統領夫人エレノア・ルーズベルトの肝いりで、この町にWPA(公共事業促進局)の援助で「移動図書館」が設立されるので、急遽、数名の図書館司書が必要であるという話だった。図書館が「移動」するためには、司書一人一人が馬に乗って山の中に本を届けなければならない。「そんな暇な男がどこにいるか?」という意見に対し、ミセス・ブラディーは男性ではなく女性の司書を募集しているのだと言った。男は外で働き、妻は家で家事をして子供を育てるという固定観念の強いこの地域で、すぐには女性の手は上がらなかった。しかし、この事業はもう始まっていて、マージェリ・オヘアは、すでに本の配達を開始しているので仲間が欲しいと発言した。その時、アリスは突き動かされるような気持ちで手を上げ、狼狽する夫ベネットを無視し、司書になりたいと申し出た。馬の仲買人のフレッドが、使っていない古い納屋を図書館用に提供すると申し出たので、WPAから送られてくる本はフレッドの納屋に収納し、ここが移動図書館の本部になった。

アリスがマージェリを図書館に初めて訪ねた時、すでに農家の娘ベス・ピンカーが司書として本の配達を手伝い始めていた。アリスは英国で乗馬の経験があったが、この地域の山道を知らないので最初はマージェリと一緒に山道を進み、道を覚え、次第に一人前の司書として自分の受け持ちの地域を持ち、一人で本の配達をするようになっていった。この移動図書館の言い出しっぺのミセス・ブラディーは腰の具合が悪く乗馬ができないため司書になることができなかったが、嫌がる一人娘のリジーを代わりに司書にしようとしていた。幼い時にポリオにかかり、後遺症で杖をついて歩くリジーは乗馬などとてもできないと最初は嫌がったが、足が不自由でも乗馬ができると知ってからは、司書の仕事を熱心にやるようになった。司書4人が毎日朝から夕方まで本の配達で留守にするので、マージェリは黒人のソフィアに本の整理や分類など図書館管理の仕事を頼んだ。ソフィアは公共図書館の黒人分室で8年間図書館業務をした経験がある本物の司書だった。石炭鉱山の事故で歩けなくなった弟の面倒を見るために司書を辞めて実家に戻ってきていた。白人の図書館で働くことに躊躇を示したソフィアだったが、図書館内で働く仕事なので、働いている間は外から人が入ってこられないように納屋(図書館)の鍵を閉めるということを条件に夕方数時間図書館で働くことになった。

移動図書館活動は徐々にベイリーヴィル周辺の山奥の住民たちにとってなくてはならないものになっていった。一方、アリスは司書の仕事にのめり込めばのめり込むほど、家庭内でベネットとの関係は冷えていき、アリスの司書活動を苦々しく思う舅のヴァンクリーブ氏とは表立って対立するようになっていった。クリスマスも近くなった頃、二人の対立は決定的になり、ヴァンクリーブ氏がアリスに暴力をふるうという結果に終わった。アリスは家を出て、マージェリがアリスを自分の家に同居させた。ヴァンクリーブ氏やベネットからの戻ってくるようにと再三の脅しや懇願にもかかわらず、アリスには戻る気は一切なかった。

出て行った嫁に対するヴァンクリーブ氏の怒りの矛先は「移動図書館」に向けられ、図書館に対する嫌がらせや中傷を事あるごとに繰り返すようになった。特に独立心が強く、歯に衣着せないマージェリを、乱暴者で悪名高かった父親フランク・オヘアの娘だからと、目の敵にした。そして、春になり、山の奥深くの溶けた雪の下からクレム・マクロウの死体が発見された時、ヴァンクリーブ氏はマージェリが犯人に違いないと強く保安官に働きかけた……。程なくしてマージェリは殺人容疑で逮捕された。

残されたアリスたち司書は、マージェリ不在の移動図書館活動を必死に守る一方で、マージェリを無罪にするために奔走した。

⚫︎ 果たしてマージェリの裁判の行方は?
⚫︎ アリスはどうなるのだろうか? きっちりとヴァンクリーブ家と決別できるのだろうか? 決別したとして、その後どうなるのだろうか?
⚫︎ そもそもアリスとベネットの冷たい関係の真の原因は?

この小説は、移動図書館活動をする中で、自立と友情や絆に目覚めていく女性たちの物語であると同時に、ロマンス小説的要素もある。アリスはこのケンタッキー州の田舎町で真の愛を見つけ出すことができるのだろうか?

著者について

ジョジョ・モイーズ、本名ポーリン・サラ・ジョー・モイーズは1969年英国のケント州メイドストーンで生まれた。ロンドン大学で学んだあと、インディペンデント紙などでジャーナリストとして働いていたが、2002年からはフルタイムの小説家になった。2012年に出版された小説 “Me Before You”(邦題:ミー・ビフォア・ユー きみと選んだ明日)はロマンス小説とはいえ、障がい者の自殺ほう助や安楽死という重いテーマを扱い600万部の世界的大ベストセラーとなった。この小説は2016年に同タイトル(邦題:世界一キライなあなたに)で映画化されている。

[2]1930年代にアメリカ合衆国大統領フランクリン・ルーズベルトが世界恐慌を克服するために行った一連の経済政策である。ニューディール政策はそれまでアメリカの歴代政権が取ってきた、市場への政府の介入も経済政策も限定的にとどめる古典的な自由主義的経済政策から、政府が市場経済に積極的に関与する政策へと転換したものであり、第二次世界大戦後の資本主義国の経済政策に大きな影響を与えた。(ウィキペディアから部分引用)
[3]アメリカ合衆国ケンタッキー州中央部、ブルーグラス地方(Bluegrass region)と呼ばれる地域に位置する工業都市。地域の中心都市で、州第2の都市である。(ウィキペディアから部分引用)

佐藤則男のプロフィール

早稲田大学卒。米コロンビア大学経営大学院卒(MBA取得)。1971年、朝日新聞英字紙Asahi Evening News入社。その後、TDK本社およびニューヨーク勤務。1983年、国際連合予算局に勤務し、のちに国連事務総長となるコフィ・アナン氏の下で働く。 1985年、ニューヨーク州法人Strategic Planners International, Inc.を設立し、日米企業の国際ビジネス・コンサルティングを長く手掛ける。この間もジャーナリズム活動を続け、ヘンリー・キッシンジャー元国務長官、ズビグニュー・ブレジンスキー元大統領補佐官らと親交を結ぶ。『文藝春秋』『SAPIO』などに寄稿し、9.11テロ、イラク戦争ほかアメリカ情勢、世界情勢をリポート。著書に『ニューヨークからのメール』『なぜヒラリー・クリントンを大統領にしないのか?』など。 佐藤則男ブログ、「New Yorkからの緊急リポート」もチェック!

初出:P+D MAGAZINE(2019/12/16)

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◎編集者コラム◎ 『一抹の真実』著/ジグムント・ミウォシェフスキ 訳/田口俊樹