【NYのベストセラーランキングを先取り!】ベテラン推理小説家ネルソン・デミルが「迷路」のように複雑な連続殺人事件の謎を描く ブックレビューfromNY<第83回>

FBIを去った英雄を訪ねた元恋人の提案

今月紹介するのはネルソン・デミルの最新作で、ジョン・コーリーを主人公とするシリーズの8作目 The Mazeである。デミルは、日本でも翻訳が多く出版されているので、ご存知の方も多いと思う。このシリーズの最初の作品Plum Island(『プラムアイランド』)は、捜査中に銃弾を受けて重傷を負ったニューヨーク市警のジョン・コーリーが、ウォールストリートで働く金持ちの伯父のロングアイランド[2]の別荘で静養していた時、サフォーク郡警察のサウスホールド署長シルベスター・マックスウェル(マックス)の訪問を受けたところから始まった。そして、ジョンは、プラムアイランドで起きた生物学者夫妻殺人事件の捜査に巻き込まれたのだった。その後、シリーズが進むにつれ、ジョン・コーリーの活躍舞台はFBIに移った。抗テロリスト・タスクフォースでイスラム・テロリスト相手に大活躍し、その後、外交監視グループではロシアSVR[3]を相手に大暴れ。しばらく有給休暇を取らされていたジョンは、1か月前、依願退職という形でFBIを正式に退職した。(FBIは、ジョンの正式な経歴に汚点はつけないという条件で、ジョンに退職願いを出させ、厄介払いをした)。

FBIで有給休暇になった時から、伯父ハリーの好意で、ジョンは再びロングアイランドの別荘で過ごしていた。ただしハリーは、7月から9月の初めまで、ウォールストリートの同僚に別荘を貸すので、6月いっぱいで明け渡すようにとジョンに申し渡していた。そして6月21日、パラノイア傾向のあるジョンは、朝からポーチに座ってビールを飲みながら、SVRが復讐のために襲撃してきたらどうするか、妄想を膨らませていた。また、別荘を出たら夏の間どこで過ごすか思案していた。最初の妻で腕利き弁護士のロビンから、離婚の時に譲り受けたマンハッタン西72丁目の高級コンドミニアムに戻ればよいだけのことだが、ロングアイランドののんびりした夏は捨てがたかった。

そんな時、7年前に警察署長のマックスが突然ジョンを訪ねてきたように、思いもかけず、元カノの刑事ベス・ペンローズがジョンに会いに来た。彼女はサフォーク郡警察殺人課の刑事だ。ジョンが彼女と出会ったのは、プラムアイランドの事件だったが、その後、FBIで働いていた時に捜査に協力したベスと再会し、恋人になった。しかし、ジョンはFBIの同僚だったケイトと結婚し、ベスはジョンに捨てられた。そのケイトは、ワシントンDCのFBI本部勤務になり、今は別居中。どうやら上司のトム・ウォルシュと深い仲になったようなので離婚も時間の問題だとジョンは思っている。

突然現れたベスは、ジョンがFBIと縁が切れたことを確認したうえで、サフォーク郡警察の元刑事スティーブ・ランドウスキィが設立したセキュリティ・ソリューションズという警備保障会社で私立探偵として働かないかともちかけた。この会社は、ランドウスキィが母の遺産として引き継いだサフォーク郡の農場に本部を構えている。近くには、マンハッタンの金持ちたちの夏のリゾート地として有名なハンプトンがあるため、多くの優良顧客を持ち、地元で一番有力な警備保障会社となっている。会社のさらなる事業拡大を目論むランドウスキィは、ジョンを雇うことで、彼のニューヨーク市警とFBIでの輝かしい経歴と名声を買うことになるので、最高の待遇で迎え入れたいと言っているという。この件についてはマックスも承知していると、ベスは言った。ジョンは、内心ではテロ組織などと戦う国際的な警備会社で働きたいと考えていたので、ロングアイランドの田舎で私立探偵になる気はさらさらなかった。しかし、具体的な話があるわけではなかったし、ベスが、もしセキュリティ・ソリューションズで働くなら、自分の小さな別荘の一部屋を使ってもよいと申し出てくれたので、とりあえず夏の間だけコンサルタントという立場で働くという条件でランドウスキィの申し出を受けた。

女性連続殺人事件の深い闇

「ギルゴ・ビーチ殺人事件」と呼ばれる未解決連続殺人事件が実在する。ロングアイランドの太平洋に面したビーチで、2010年から翌年にかけて次々と女性の遺体が発見され、大騒ぎになった事件だ。ある殺人犯によって10~16人が約20年にわたって殺害され遺棄されたと推測され、殺された多くがセックス・ワーカーだった。いまだ犯人は特定されていない。著者はこの事件を今回の作品に取り入れている。

小説では、サフォーク郡にあるファイアーアイランド[4]のビーチ近くの茂みで複数のセックス・ワーカーの死体が発見され、有力な容疑者が浮かんでいないという設定になっている。そんな時、セキュリティ・ソリューションズで唯一の女性私立探偵(元刑事)だったシャロン・ハイトが急に会社を退職した後に死亡し、警察は自殺と断定した。シャロンは、くだんの連続殺人事件で殺された女性の母親から娘の捜査を頼まれていた。ベスは、シャロンの死が事件と何らかの関連があるのではないかと疑ったが、シャロンの死について追及することは警察上層部から止められていた。ベスは、元同僚で悪徳警官だったランドウスキィや彼の会社が連続殺人事件に関係しているのではないか、シャロンの死にも関わっているのではないかと疑い始めた。

ジョンははじめ、なぜベスやマックスが自分を地元の警備保障会社で働かせようとしているのか、真意を測りかねていた。そして、実は自分にこの会社の潜入捜査をさせようとしているのではないかと気づき、夏の2か月だけ働くことにしたのだった。ジョンがコンサルタント契約を結んだ日の夜、案の定、ベスとマックスは潜入捜査をしてもらうつもりだとジョンに告げた。

⚫︎ ファイアーアイランド連続殺人事件の黒幕はランドウスキィなのか?
⚫︎ 事件が迷宮入りしそうなのは、警察内部の不正が関係しているのか?
⚫︎ シャロン・ハイトが他殺なら、犯人は誰? 事件との関連は?

一人称で書かれた小説なので、ジョン・コーリーのパラノイア的な、独りよがりで極端な認識や行動とともにストーリーは展開していく。読者は本のタイトルであるMaze (迷路)のように複雑に入り組んだ謎を、ジョンと共に解き明かしていくことになる。そして、ジョンが犯した大きな判断ミスの結果、文字通り、農場のトウモロコシ畑に作られた迷路庭園の中で命懸けの追跡劇を演じることとなって結末を迎える。その驚きのラストとは……。

著者について[5]

ネルソン・デミルは1943年8月23日ニューヨーク市クイーンズ区生まれの作家。ホフストラ大学在学中に合衆国陸軍士官としてベトナム戦争に従軍し、叙勲されている。退役後、大学に戻り、政治学と歴史で学位を取った。ホフストラ大学、ロングアイランド大学、ダウリング・カレッジから名誉博士号を授与されている。MENSA[6]メンバー。

主な作品:
⚫︎ John Sutterシリーズ:The Gold Coast 『ゴールド・コースト』など2作品。
⚫︎ John Corey シリーズ:Plum Island 『プラムアイランド』など8作品。
⚫︎ Paul Brenner シリーズ:The General’s Daughter 『将軍の娘/エリザベス・キャンベル』など3作品。
⚫︎ Joe Rykerシリーズ:The Sniperなど6作品。
⚫︎ 独立した小説: By the Rivers of Babylon 『バビロン脱出』、Word of Honor 『誓約』、The Charm School 『チャーム・スクール』、Mayday, The Cuban Affair、The Deserter (息子Alex DeMilleとの共著)など。
⚫︎ その他、短編小説、ノンフィクション、書評、雑誌記事など。

The General’s Daughterはジョン・トラボルタ主演で映画化され、MaydayとWord of Honorはテレビドラマ化されている。

[2]ロングアイランド島。ニューヨーク州南東部に位置し、大西洋に浮かぶ島。島の西端はニューヨーク市に属する。中部はナッソー郡、東部はサフォーク群。
[3]SVR=ロシア対外情報庁。
[4]Fire Island ロングアイランドの南側に位置する細長い島。リゾートの島として人気。
[5]“About the author”, p.417.; カバーのそで;Nelson DeMille – Wikipedia
[6]MENSA International メンサは、人口の上位2%の知能指数 (IQ) を有する者の交流を主たる目的とした世界的な非営利団体。イギリスに本部を持つ。

佐藤則男のプロフィール

早稲田大学卒。米コロンビア大学経営大学院卒(MBA取得)。1971年、朝日新聞英字紙Asahi Evening News入社。その後、TDK本社およびニューヨーク勤務。1983年、国際連合予算局に勤務し、のちに国連事務総長となるコフィ・アナン氏の下で働く。 1985年、ニューヨーク州法人Strategic Planners International, Inc.を設立し、日米企業の国際ビジネス・コンサルティングを長く手掛ける。この間もジャーナリズム活動を続け、ヘンリー・キッシンジャー元国務長官、ズビグニュー・ブレジンスキー元大統領補佐官らと親交を結ぶ。『文藝春秋』『SAPIO』などに寄稿し、9.11テロ、イラク戦争ほかアメリカ情勢、世界情勢をリポート。著書に『ニューヨークからのメール』『なぜヒラリー・クリントンを大統領にしないのか?』など。 佐藤則男ブログ、「New Yorkからの緊急リポート」もチェック!

初出:P+D MAGAZINE(2022/11/15)

◎編集者コラム◎ 『ラインマーカーズ』穂村 弘
ニック・チェイター 著、高橋達二、長谷川珈 訳『心はこうして創られる「即興する脳」の心理学』/心などという確固なものは存在しない