作家を作った言葉〔第10回〕井戸川射子

作家を作った言葉〔第10回〕井戸川射子

 文章を書くのは嫌いだった。読書感想文はあらすじと、気に入った部分を書き終えたら、あとの空白をどう埋めればいいか分からなかった。学校から次々と出される、講演会や何かの感想の用紙は提出期限に遅れないよう、悪目立ちしないよう、意見を薄めた目に優しい単語でマスを埋めるものだった。基礎だと思うものを守った。

 正しい文章を書く練習はもちろん必要だ、練習は、つまらないことも多いものだ。文章を書いて何か言ってやる、なんて意気込んだことはなかった。幼い妹が一時期小説を書いていて、書きたいことがあるなんてすごいと思った。自分のためや誰かのために書きたいことは特になかった。

 国語の教員になった。指導書などを読んでも分からなかったのが、詩の授業をどう進めていくかだったので、詩集をたくさん読んだ。小笠原鳥類の詩集に行き当たり、何度も読んだ。「動物は全て瞬間動物です。それゆえに、動物は全て動物永遠なのです」

 かっこよかった、詩を書いてみようかなと思った、その後で小説や短歌も書き始めた。自分が使いたくない言葉は書く必要はない、そこがベストだと、自分が思う順番に並べれば良い。書きたいことがなかったのではない、文章を自由に書くという発想だったのだ、自分になかったものは。

 書きたいことを書いて何か伝われば、それで有難いのだ。その何かは人それぞれで、まるで一定ではない、分かる、分からないはそんなに恐れなくて良い。あなたに、文章を書いてまで人に伝えたいことがあるのか、と聞かれればそれはよく分からない。でも湧き出てくる言葉を、自分の好きなように目の前に出現させていくことができる。それが嬉しくて今書いている、文章で何かたくさん言ってやる。

 


井戸川射子(いどがわ・いこ)
1987年生まれ。関西学院大学社会学部卒業。2018年、第一詩集『する、されるユートピア』を私家版にて発行。19年、同詩集にて第24回中原中也賞を受賞。21年、初の小説集『ここはとても速い川』で第43回野間文芸新人賞を受賞。ほか著書に詩集『遠景』がある。

〈「STORY BOX」2022年10月号掲載〉

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