ニホンゴ「再定義」 第9回「アングラ」

「ニホンゴ再定義」第9回

 当連載は、日本在住15年の職業はドイツ人ことマライ・メントラインさんが、日常のなかで気になる言葉を収集する新感覚日本語エッセイです。 


名詞「アングラ」

 アングラとはいうまでもなく「アンダーグラウンド」の略であるが、往々にして昭和文化の残り香とともに使用される語法から窺えるとおり、単なる「underground」の翻訳語ではなく、独特のニュアンスが付加されたニホンゴといえる。

 なぜこの語が気になるのか? といえば、たとえば「サブカル」との棲み分けの微妙さについてだ。アングラもサブカルも、カウンターカルチャー種属の子っぽいという点では共通する。またコンテンツ的に重複する度合も小さくない。しかし、明快かつ端的に両者を区別するうまい説明がなかなか見当たらない。Web 検索してみても(2023年10月時点)混迷感は増すばかりである。敢えて感覚的にみて両者の何が違うかといえば、「アングラ」はそこはかとなく背徳的というか、あまり表に出さず「こっそり味わうべき」ニュアンスが濃厚、という点だろうか。タブーめいた何かに接近してしまう感覚というか、秘密クラブ的というか。

 だがしかし、この「こっそり感」こそが、文化の質の維持という点で思いのほか重要なのかもしれない。

 2022年に私は、『フェイクドキュメンタリー「Q」』というホラー動画シリーズチャンネルのプロデューサー氏にインタビューする機会を得た。某ポータルサイトで連載していたエッセイで『Q』を絶賛したのが出版社の編集氏の目に留まったらしいのだが、ともあれ、そこで展開したプロデューサー氏との議論で「Jホラーの価値とはなんぞや」ということを深く考えたのが、私にとって「アングラ」再考の契機となった。

 Jホラーとはホラーマニアの枠を越えて知名度の高い、前世紀と今世紀の変わり目ごろに全盛期を迎えた日本の強力文化コンテンツで、いわゆるリングであり呪怨であり貞子であり伽椰子である。押し入れに隠れてはいけない。

 当然のことながら私もJホラーを深く堪能していたが、内容の俗化とともに文化的に次第に下火になっていったのが哀しい。薄味で安直な亜流作品の氾濫は言うまでもなく、本家の後続シリーズ作品群による「中途半端な種明かし・ネタ回収」的な展開も、あまりよろしくなかったように感じる。

 種明かしやネタ回収は、たとえばミステリ系作品ではある種必須なプロセスではある。しかし2011年に「このミステリーがすごい!」「ミステリが読みたい!」「週刊文春ミステリーベスト10」で史上初の三冠を制覇した(そしてよりにもよって、ドイツの天才フェルディナント・フォン・シーラッハの三冠を阻みよった……)米国人作家デイヴィッド・ゴードンの傑作長編『二流小説家』の結末近くで放たれる、次のような観点もある。この場にあまりにもふさわしい表現なので特に紹介しておきたい。

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