椹野道流の英国つれづれ 第19回

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◆イギリスで、3組めの祖父母に出会う話 ♯19

食前のお祈りは、ない模様。

リーブ家の方々は、信心深いほうではないのかもしれません。

いただきますの挨拶も、なし。

そういえば、「いただきます」「ごちそうさま」に相当する英語は、「さあ、食べよう」と「美味しい食事だった、ありがとう」ではあるけれど、それはあくまで自然な流れで出る言葉であって、おきまりの挨拶ではないと、英語学校で習ったばかりです。

たぶん、私の前に来た日本人の生徒たちが、そのあたりのことについて、似たような質問を幾度も繰り出したのでしょう。先生はしたり顔で、「先に教えておいてあげるわね」という感じでそんな話をしてくれましたっけ。

とにかく、各人の皿に肉と野菜が揃ったところで、自然と食事が始まりました。

と。

ジーンが「あら、大事なものがないわ」と席を立ちました。すぐに戻ってきた彼女がテーブルに置いたのは……巨大なシュークリーム……のような、もの?

首を捻る私に、ジーンは笑顔で教えてくれました。

「ヨークシャープディングよ。ローストビーフにはつきものなの。冷めないようにオーブンで温めていたのを忘れてて」

これが! ヨークシャープディング!

「くまのプーさん」や「シャーロック・ホームズ家の料理読本」でずっと憧れていた食べ物!

えっ。プディングっていうから、プリン的な、あるいは茶碗蒸し的なものを想像していたんだけど……。

ジーンは、まごつく私のお皿にヨークシャープディングをひとつ取り分け、「お肉にも野菜にもヨークシャープディングにも、これをたーっぷりかけるのよ」と、ジャグを手渡してくれました。

中くらいのジャグの中には、茶色い液体がなみなみと入っています。なんだか、香ばしい匂い。

「これは?」

「グレイビーソース。お肉を焼いた後の焦げをこそげて作るソースよ」

「へえ」

私はおっかなびっくりで、グレイビーソースを料理全体に掛けてみます。

おや、思っていたよりサラサラして、あまりソースっぽくないかも。

お皿にたらたら一周掛け回し、こんなもんだろ、と思いましたが、チラと視線を向けると、ジャックが「もっとかけろ」と顎をしゃくって指示してきたため、もう一周。え、まだ足りないの? じゃあ、さらにもう一周。

やっとジャックが頷いてくれたので、私はホッとして手を止めました。

お皿の中はけっこうじゃぶじゃぶになりましたが、確かにヨークシャープディングがどんどんソースを吸っていきます。

「かければかけるほど旨いんだよ」

そう言って、驚くほど上手にウインクしたジャックは、私とジーンの後、つまり最後に、ジャグに残ったソースを全部自分のお皿に掛け回してしまいました。じゃぶじゃぶどころじゃない、ドボドボです。

「さ、召し上がれ」

ジーンに促されて、私はまずローストビーフを切って、頬張ってみました。


「椹野道流の英国つれづれ」アーカイヴ

椹野道流(ふしの・みちる)

兵庫県出身。1996年「人買奇談」で講談社の第3回ホワイトハート大賞エンタテインメント小説部門の佳作を受賞。1997年に発売された同作に始まる「奇談」シリーズ(講談社X文庫ホワイトハート)が人気となりロングシリーズに。一方で、法医学教室の監察医としての経験も生かし、「鬼籍通覧」シリーズ(講談社文庫)など監察医もののミステリも発表。ほかに「最後の晩ごはん」「ローウェル骨董店の事件簿」(角川文庫)、「時をかける眼鏡」(集英社オレンジ文庫)各シリーズなど著作多数。

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