椹野道流の英国つれづれ 第28回
◆ジーンとジャック、「我が家」に驚嘆する #8
「……ってわけでね、この前来てくれたときには言えなかったんだけど、私の家、幽霊が毎晩来るっぽいの。信じられないと思うし、きっと、私がクレイジーだと思うよね」
最初の幽霊とのエンカウント(?)から3週間後の日曜日。
勇気を振り絞り、口ごもりながらやっとその件を打ち明けたときのジーンとジャックの反応は、まさかの「大笑い」でした。
イギリス人、何となく日本人と気質が似たところをしょっちゅう感じるのですが、それはあくまでも「アメリカ人と比較して」であって、やっぱり違うところは違うんだよなあ、と思うのはこういうときです。
「そんなに面白い?」
ちょっとむくれて訊ねる私に、北欧っぽい陶器のピッチャーを差し出しつつ、ジーンは「ごめんなさいね」と謝った。
「馬鹿にしてるわけじゃなくて、そりゃあんなに古い家だもの、幽霊のひとりやふたりいても不思議じゃないでしょう。信じるも信じないもないわ。あなたがあんまり真剣な顔で言うから、それが面白かったのよ、チャズ」
ええっ?
「そうそう。幽霊ならこの家にだって出る。お前さんちに負けず劣らず古いコテージだからな」
ジャックもまだ肩を震わせながら、そんなことを言います。
当たり前の世間話みたいに! 幽霊の話を!
え、ええええー?
その反応は、想定してなかったな……!
いや、どうしよう。ええと、この数分の会話、どこから突っ込めばいいかな。
ま……まずはこの……ジーンから何となく受け取ってしまった、謎めくピッチャーの中身かしら。
見てくれは、薄いバジリコソースといったところ。
磨り潰された緑色の葉っぱみたいなものがたくさん入っていて、歯磨き粉みたいな匂いがするんだけど。
「これは、何?」
この流れで、真っ先に気にするべきがそこだったかどうかは、今も疑問が残るところです。
でもジーンは、平然として答えてくれました。
「ミントソースよ」
「ミントソース……? つまり、これは、ミントの葉っぱ?」
「そうよ。ミントとお砂糖と、モルトヴィネガーで作るの。ミキサーにブインッてかけて」
な、なるほど。
「ローストラムにはお約束のソースなのよ、チャズ。この前ローストラムをしたときには、ミントが手に入らなくて作れなかっただけで」
「そう、だったんだ」
「クリスはミントソースが大嫌いだから、なくて安心したって言ってたけど、今日はあるわ! 私たちは、これがないと落ち着かないのよ」
ここで暮らしているスウェーデンからの留学生、クリスティーナは、何でもずばずば言うタイプ。
食の好みも明快に伝えている模様です。
毎日曜、私がここに来ることになって以来、彼女は心おきなく遊びに出られるようになり、週末はほとんど家にいないそう。
まだ、ほとんどまともに話が出来ていません。でも、ジーンとジャックから話をたくさん聞くので、彼女の人となりはずいぶんわかってきました。
いつか、2人だけで、もっとたくさん話をしたいなあ……。
兵庫県出身。1996年「人買奇談」で講談社の第3回ホワイトハート大賞エンタテインメント小説部門の佳作を受賞。1997年に発売された同作に始まる「奇談」シリーズ(講談社X文庫ホワイトハート)が人気となりロングシリーズに。一方で、法医学教室の監察医としての経験も生かし、「鬼籍通覧」シリーズ(講談社文庫)など監察医もののミステリも発表。ほかに「最後の晩ごはん」「ローウェル骨董店の事件簿」(角川文庫)、「時をかける眼鏡」(集英社オレンジ文庫)各シリーズなど著作多数。