椹野道流の英国つれづれ 第28回
それはともかく、ミントソースです。
こんがり焼けた、歯ごたえのありそうなローストラムに……歯磨き粉の香りのソースを……?
「嫌なら使わなくていいのよ。グレイビーもあるから」
ジーンはそう言ってくれましたが、ジャックは首を横に振りました。
「いや、駄目だ。一度は使ってみな、チャーリー。何ごとも経験だ」
相変わらず、私のことをチャーリー呼ばわりするジャック。でも、確かに彼の言うとおりです。
日本にいると、なかなか試す機会のない組み合わせです。今、味わっておかねば!
勇ましい決意とは裏腹に、ミントソースをほんの少しだけお皿に取った私は、そこにラムの端っこをちょんと形ばかりつけて、口に入れてみました。
ああ、はい、はい……はい(咀嚼)。
こりゃ確かに、ラムとミントと酢と砂糖だわ!
全員が調和せず、かといって対立もせず、横一列に並んで行進しているような味がします。
美味しいかと言われれば、慣れないこともあって、極めて微妙。
「どうだ?」
ジャックに問われ、まだもぐもぐしながら正直な顔つきで首を横に振った私に、2人はまた大笑い。
「駄目か。まあ、人を選ぶ味ではあるよな。いいぜ、あとは好きなように食いな」
ジャックはそう言って、私のグラスに水を注ぎ足してくれます。
私は素直に、グレイビーソースが入ったピッチャーに手を伸ばしました。
でも、2人はラムにたっぷりとミントソースをかけて食べています。
慣れれば……何度も試せば、好きになれるのかもしれない。あるいは、少なくとも、もっと平気に思えるのかもしれない。
そして、幽霊も。そう、幽霊の話も続けなくては。
私は、水を一口飲み、今度はラムをグレイビーソースに浸すようにしながら話を戻しました。
兵庫県出身。1996年「人買奇談」で講談社の第3回ホワイトハート大賞エンタテインメント小説部門の佳作を受賞。1997年に発売された同作に始まる「奇談」シリーズ(講談社X文庫ホワイトハート)が人気となりロングシリーズに。一方で、法医学教室の監察医としての経験も生かし、「鬼籍通覧」シリーズ(講談社文庫)など監察医もののミステリも発表。ほかに「最後の晩ごはん」「ローウェル骨董店の事件簿」(角川文庫)、「時をかける眼鏡」(集英社オレンジ文庫)各シリーズなど著作多数。