椹野道流の英国つれづれ 第39回
◆銀行口座を巡る戦い #6
決死の覚悟で、銀行口座をここで開きたいのだ……と訴える私に、ナット・ウエストの男性銀行員は軽く頷きながら耳を傾けてくれました。
顧客に対するというよりは、場違いなところに紛れ込んでしまった子供の相手をするような感じではありましたが、とにかく必要以上に時間を取って、話を聞いてもらえるだけでもありがたく!
そして勿論、私はボブの教えを実行せねばなりません。
日本語で一切、考えるな。
聞き取ったことを和訳せずに英語のままで理解し、日本語で考えることなく、いきなり英語でしゃべれ。
自分自身にそう言い聞かせはするものの、やはりそれは簡単なことではなく。
ええと、日本語でこの言い回しは、英語でどう言えば……とつい思ってしまうのですが、気は心!
たとえ完璧にはできずとも、心がけるだけでも差は出るはずです。
「他の銀行では、この国でちゃんとした住所がないとダメだとか、留学生はダメだとか、滞在期間が短すぎるとか、色んな理由で断られてしまいました」
正直にそう打ち明けると、彼は「なるほど?」と軽く眉を上げ、私に少し待つように言って、ガラスと木枠で隔てられたオフィスへ足早に入っていきました。
ガラス越しに見える彼は、オフィスの奥のほうへ歩いていきます。
そこにあるのは、他よりちょっと立派な机。座っているのは、年かさの男性。
たぶん、その人が支店長か何か……少なくとも、私の相手をしてくれた銀行員の上司であるのでしょう。
彼は上司に事情を話し、指示を仰いでいるようで、上司も机の引き出しからバインダーを取り出し、あれこれ調べている模様。
私は、他のお客さんたちの邪魔にならないよう、所在ない気持ちで壁際に立ち、じっと待ちました。
はあ、ドキドキする。
兵庫県出身。1996年「人買奇談」で講談社の第3回ホワイトハート大賞エンタテインメント小説部門の佳作を受賞。1997年に発売された同作に始まる「奇談」シリーズ(講談社X文庫ホワイトハート)が人気となりロングシリーズに。一方で、法医学教室の監察医としての経験も生かし、「鬼籍通覧」シリーズ(講談社文庫)など監察医もののミステリも発表。ほかに「最後の晩ごはん」「ローウェル骨董店の事件簿」(角川文庫)、「時をかける眼鏡」(集英社オレンジ文庫)各シリーズなど著作多数。