椹野道流の英国つれづれ 第38回
◆銀行口座を巡る戦い #5
週明けすぐに、私は、出張から戻ったアレックスのオフィスを訪ねました。
他人が聞けばあまりに小さい決意を、私としては大きな勇気を持って伝えるためです。
正直、日本だったら、「当たり前でしょ? あなた大人なんだから」と言われるようなこと。
でも、それを聞いたアレックスは、優しい眉をひそめ、とても心配そうな顔をしてくれました。
「本気かい? 次の銀行には、君がひとりでトライするって?」
私は頷き、先日のボブとの会話についてアレックスに話しました。
何とも気まずそうな顔で、曖昧に、それでもアレックスはボブの意見に同調します。
「確かに、君の話し方は少し……こう、テンポがよくないかもしれないね。バカみたいとまでは思わないけれども」
それは、アレックスの優しさゆえ。
ボブだって、本当はそんな言い方はしたくなかったはず。
私が本気で改善に取り組めるよう、敢えて傷つく言葉を選択したんだろうと、ちゃんと理解していますとも。
なので、私は「ありがとう」と慰めに感謝してから、話を続けました。
「あとね、自分でも思ってたこと、ボブにぐさっと言われちゃって」
「何を?」
私はボブの口調をできるだけ真似て答えました。
「今回の銀行口座開設に失敗してること、気の毒だとは思うけど、本当に気の毒なのはアレックスだよね。話を聞く限り、君、アレックスに交渉させて、ほぼ何もしてないんじゃない? 君の口座だよ? 彼についてきてもらうのはいいと思うけど、君が自分で交渉すべきじゃない? 何のために語学学校に通っているのかな、って」
ふむ、とアレックスは小さく頷き、少し考えてからこう言いました。
「君の先生としては、当然の発言だよね。でも、銀行に付き合っているのは、仕事だから。学生のサポートが僕の職務だからだよ。そして、君はカスタマーとして、必要なサービスを受ける権利がある。決して間違ったことはしていないよ。それが僕の意見」
優しいフォローです。そして、それもまた本当のこと。
ボブもアレックスも、私のことを思って言ってくれている。
だからこそ、きちんと自分で考えて、自分で動かなくては。
「だから、困ったら相談する。また、ついてきてってお願いするかも。だけど、まずはひとりでトライしてみる。まだ、バカみたいな喋り方だけど、アレックスをお手本にして、頑張ってみる」
すると、アレックスは真面目な顔でこう訊ねてきました。
兵庫県出身。1996年「人買奇談」で講談社の第3回ホワイトハート大賞エンタテインメント小説部門の佳作を受賞。1997年に発売された同作に始まる「奇談」シリーズ(講談社X文庫ホワイトハート)が人気となりロングシリーズに。一方で、法医学教室の監察医としての経験も生かし、「鬼籍通覧」シリーズ(講談社文庫)など監察医もののミステリも発表。ほかに「最後の晩ごはん」「ローウェル骨董店の事件簿」(角川文庫)、「時をかける眼鏡」(集英社オレンジ文庫)各シリーズなど著作多数。