辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」第48回「保活大戦争」

辻堂ホームズ子育て事件簿
引越しに伴い発生した
3人分の子どもたちの〝保活〟。
それは血で血を洗う大戦争──。

 2025年2月×日

「辻堂さんのおばあさまって、英語を教えられてました?」

 発売日が迫っている文庫『トリカゴ』のサイン本を作るべく、東京創元社のオフィスに行ったときのこと。お忙しい中ご挨拶にきてくださった営業部の取締役の方に、突然こんなことを言われた。

 何かと思えば、東京創元社とお付き合いのある出版取次のお偉いさん(ここでは仮にKさんとしよう)が、亡くなった祖母から英語を教わっていたことがあるらしい。祖母は専業主婦だったけれど、英語の教員免許を持っていたため、昔から近所の中学生を自宅で教えていた。

 つまり、そのKさんは、祖父母のご近所さんということだ。──ちょっと待てよ。私は2年半前から、旧祖父母宅に住んでいる(第19回「引っ越しいろいろ」参照)。

「Kさんは、辻堂さんのお母様の1つ年下。たぶんお母様と小学校の登校班が一緒だったんじゃないでしょうか。家を二世帯住宅に建て替えて、現在も同じところに住んでいるそうです。自宅の目の前に、辻堂さんのお子さんが通われている幼稚園の送迎バスが停まるため、『●●ちゃんのお母さん、このあいだ王様のブランチに出てたよ』というような幼稚園ママたちの話も聞こえてくる、と……」

 むむむ? ブランチ? そんな噂話をされていたなんて初耳ですけど──!?

 バス停で顔を合わせる幼稚園のママたちには職業を隠してたはずなのに、とっくにバレていたのか……というショックは脇に置いておくとして、出版取次のお偉いさんに日常の送迎風景を目撃されていたなんて赤面してしまう。よくよく話を聞くと、Kさんのお母様と私の祖母は同年代で、長年親しくしていたとのこと。祖母は生前、私が作家になったことをいろんなところで話していたらしいから、Kさんが私のことを知っていたのも頷ける。私たち家族が2年半前から旧祖父母宅に住み始めたことも、ご近所の繋がりを通じて伝わっていたのだろう。

 あの……Kさーん! これまで何も知らずに、気の抜けた格好でご自宅の前をうろついてすみません! 一方的に知られているのは恥ずかしいので、今度見かけたらぜひ声をかけてください! そして幼稚園のママたち! 私の仕事について、何か情報を把握しているなら遠慮せずに言ってくださーい!

 ……さて。

 そんな旧祖父母宅での生活も、実はそろそろ終わりを迎えようとしている。

 来月には引っ越しだ。神奈川某所に家を建てたので、そちらに移ることになる。この間は、家の工事をしてくださった建設会社の会長さんから「もともと娘が読者だったようで……」とありがたい告白を受け、お持ちいただいた4冊もの著書にサインをさせてもらった。住宅建設という仕事柄、芸能人は何人も会ったことがあるけれど作家は初めてだという。あ、それ、銀行でも言われたことあるなぁ。小説家って、やっぱり数が少ないんだろうか。うーん、出版業は斜陽産業と言われて久しいしねぇ……。


*辻堂ゆめの本*
\注目の最新刊/

『ダブルマザー』書影『ダブルマザー
幻冬舎

\大好評発売中/
山ぎは少し明かりて
『山ぎは少し明かりて
小学館
 
\祝・第24回大藪春彦賞受賞/
トリカゴ
『トリカゴ』
東京創元社
 
\第42回吉川英治文学新人賞ノミネート/
十の輪をくぐる
『十の輪をくぐる』
小学館文庫

 『十の輪をくぐる』刊行記念特別対談
荻原 浩 × 辻堂ゆめ
▼好評掲載中▼
 
『十の輪をくぐる』刊行記念対談 辻堂ゆめ × 荻原 浩

\毎月1日更新!/
「辻堂ホームズ子育て事件簿」アーカイヴ

辻堂ゆめ(つじどう・ゆめ)

1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』で第42回吉川英治文学新人賞候補、2022年『トリカゴ』で第24回大藪春彦賞を受賞した。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』『二重らせんのスイッチ』など多数。最新刊は『ダブルマザー』(幻冬舎)。

古内一絵『風の向こうへ駆け抜けろ3 灼熱のメイダン』
「推してけ! 推してけ!」第53回 ◆『月とアマリリス』(町田そのこ・著)