辛酸なめ子「お金入門」 24.SpaceXの株で現実逃避

夢があるのかハードな現実なのか、吉本ばなな氏が有料noteで、ご家族について大変な苦労続きだったエピソードを長文の原稿にまとめて発表し、それが大ヒットしてお姉様の治療費になった、という件が話題になりました。さすが国民的作家の人気と才能だと実感させられたできごとでした。それまでお姉様に多額の仕送りをして援助してきた上に、noteでの収益(一説には数千万円になったとも……)を治療費にあてるなんて、家族思いでホスピタリティに満ちています。自分は母や父が入院していたとき、そこまで献身的にできていたかというと自信がありません。
作家がnoteを活用する、という話題で世間が盛り上がっていたときに、芥川賞作家の柳美里さんがXに投稿した内容も話題になりました。2年かけて小説を書いた場合、定価2200円、初版8000部、著者印税10%とすると著者に入る印税は 176万円(源泉前)。2年間の取材費や資料代は著者が捻出するので、印税や稿料のみで生活していくのは不可能に近い。という切実な内容で、読んでいるうちに涙で目が霞んできて最後まで読み通せませんでした。
さらに他の投稿では「わたしでも、時々、家の電気が止められる、電話が止められる、カードが止められる、という困窮状態に陥っています」という書き込みと、これまでの著作の絶版を示す表が添付されていました。「本を出版しても、海外版も含めて、どんどん、容赦なく、絶版になります」とのこと。私も柳美里さんの本を何冊か拝読してきて、その文章力や発想に刺激されてきたのですが、そんな名作の数々にも、絶版を示す「×」がついていました。映画化されたベストセラー本まで……。あまりにも赤裸々なリストで、自分の場合とてもこんな風に表にする勇気がありません。リストにするまでもなく、結果はわかっています。音沙汰がなかった出版社から急に封書が届いたらだいたい絶版のお知らせだったりするので、よほど元気なときじゃないと開封できないです。柳美里さんのインタビューを拝読したら、多いときで年収1億円以上あったとのこと。景気が良いとつい使ってしまいますが、毎月の収入が一定でない職種は、預金や投資に回した方が安心かもしれません。
少し前に単行本を出させていただいた出版社に伺ったときも、輸送コストや紙代やインク代が上がって大変だという話をされました。それが本の価格に乗せられて、3000円近くなるとさらに買ってくださる人が少なくなるという負のスパイラルに。全部本の価格に乗せないでも……と思いましたが仕方ないのでしょうか。その本も何年もかけて書いたのですが、経費のことを言われて何か申し訳ないような切ない気持ちになりました。
私にとってそんなもやもやを吹き飛ばしてくれるのは、株式投資です。印税の話を考えると暗くなってくるので、気持ちをリセットしたいと思っていました。できるなら、一撃で印税ぶんくらい稼ぎたいところです。そんなとき証券会社の担当の人から電話がかかってきました。「キオクシア(世界的な半導体メーカー)の株が調子が良いので買いませんか?」という内容。「一株おいくらですか?」「78000円です」「それでは先日、信越化学工業を売ったお金が口座にあると思うので、とりあえず150万円ぶんくらい買えれば……」「それが100株単位なんです。できれば近日中に780万円をご用意いただけないでしょうか」「それはちょっと難しいです」
今から考えれば、キオクシアはそれからすぐに10万円を突破していたので無理してでも買うべきだったかもしれません。気合いが足りませんでした。
でも、そのとき他に気になる株があったので、担当の人に聞いてみました。それは、世界的に注目されているIPO祭り的なイベントについて。
「もうすぐアメリカで巨大企業の株が次々公開されると聞きました。SpaceX、Anthropic、OpenAIの3社の株が売り出されるそうですが……」
すると担当の人は「ちょうどSpaceXは今申し込み受付中です」と言うので、くわしく聞いてみました。SpaceXの新規公開株式(IPO)で、一株135ドルになる予定。日本ではいくつかの証券会社が窓口になっていますが、私が取引しているところが日本国内での販売の約3500億円分のうち8割を担っているとのこと。それなら申し込んだ分だけ買えそうですが、抽選ではなく裁量配分で、申し込んだ株数から減ることが予測されるそうです。調べたら「同社とのこれまでの取引実績」「外国株式やリスクの高い未上場企業投資に対する知識と経験」「中長期的な投資方針に合致しているか」といった要素で、配分が決まるとのこと。成績の査定のようで緊張します。
ちなみにSpaceX、Anthropic、OpenAI、それぞれ何を買うべきか調べたところ、ノアさんという投資家の方のXの投稿がとても参考になりました。なぜ今、巨大テック企業の「IPOラッシュ」が起きているかというと、アメリカの中央銀行が利下げに踏み切ったということが大きいそうです。ハイテク・AI系企業の評価額は金利が下がると膨らむ傾向が。AIインフラのための設備投資が巨額になっているので、お金を集めるなら今が好機。といったタイミングで3社が動いたようです(その後、OpenAIは、株式公開の時期の延期を検討)。
SpaceXはロケットや火星移住計画のイメージがありますが、黒字になっているのは「スターリンク」事業。私もahamoを通じて利用させていただいています。ロケット事業は赤字ですが、衛星インターネットは手堅いです。イーロン・マスク氏は、今回のIPOで調達した巨額の資金(750億ドル)の使い道は「次世代のスターリンク衛星100万基の軌道投入」「宇宙空間へのAIデータセンターの配備」と語っていたそうで、夢がありながらも現実的です。宇宙空間のAIデータセンターなんて、アカシックレコードのようで、スピリチュアル的にワクワクします。
いっぽうAnthropicは、AI業界で「Claude」がかなり優秀ですが、米政府の安全保障上の懸念を受けて「Claude Mythos 5」および「Claude Fable 5」の提供を全面停止した、というニュースがありました。AI規制リスクが株価にも影響を及ぼしそうです。OpenAIは、チャッピー(ChatGPT)にはお世話になっていて、私も無料版を使っていて何ですが、巨額の開発費用で赤字だというニュースを見ました。2025年には約385億ドル(約6.2兆円)という、桁違いの赤字額で素人ながら心配になりました。2029年頃には黒字になるという説があるので、株を買うのはその前後でも良いかもしれません。
ということで、今回のビッグ3の中ではSpaceXのIPOに参加することに。全部は通らないと想定し100株で申し込みました。1株135ドルで13500ドル、日本円で217万円弱です。当初の話題に出ていた一般的な印税額を超えた支出ですが、投資のことになると脳内が異次元の金融緩和状態に……。少し株で利益が出ても、またこうして次の株にお金を回すことになって、現実的にお金を使えない状態です。足りない分を証券会社に振り込んで、数日後の上場日、何株買えるか結果を待つことになりました。
ニュースによると1億円単位で購入した人も国内には結構いたそうです。またXで見ていた中では、公認会計士で作家の山田真哉氏がSpaceXのIPOに、3つの証券会社から約6500万円分のIPOを申し込んだことが話題になっていました。大昔対談したことがありますが、今も景気の良さを保っているようで良かったです。山田氏の結果は、SBI証券は130株申し込んで0株、楽天証券は70株申し込んで4株当選。みずほ証券で申し込んだ2800株、6050万円分はどうなったかというと、なんと2400株、5198万円分も当選。山田氏本人はもっと割り当てが少ないと予測して多めに申し込んだようです。合計5207万円分も買うことになって、自分の所有株式の半分以上をSpaceXが占めるという、リスキーな状況になったそうです。かといってすぐ売ってしまうと、証券会社の次回以降のIPOの取引にも影響してしまうとか。それでもIPOの価格から上がることが予想されるので、結果的には投資金額に比例してかなり利益が出そうです。でも儲かったと喜んでいると、このご時世、悪い人に狙われたり嫉妬されたりしてしまうので、マイナス要素もアピールするのが世渡り的に賢明です。
上場日の6月12日、Xを見ているとネット証券での当落報告が次々と投稿されていました。SBI証券はかなり倍率が高くて狭き門だったようです。楽天証券は、4、5株ずつ当選した人がたくさんいる印象でした。私は発表の日、新幹線で名古屋経由で伊勢神宮に向かっていて、その車内で電話を受けたので幸先が良い予感がしたのですが、100株ぶん満額買い付けることができました。資金は高くなってしまいましたが、証券会社に認めてもらったようで嬉しいです。SpaceXの株を買ったことで「宇宙事業に投資している」とドヤ顔で語れます。生きているうちに月や火星が居住可能になる未来は来ない予感というか、イーロン・マスク氏自身も生きていないような気がしてならないですが……。それとも脳とコンピュータを大昔対談したことがありますが、今も景気の良さを保っているようで良かったです。山田氏の結果は、繫ぐニューラリンクを使って、クラウド上に自分の思考や知識をアップロードしてAIとして生き続けるのでしょうか。
今回の歴史的な上場により、マスク氏は史上初の「トリリオネア」(資産1兆ドル超え)になったそうです。「億万長者」ならぬ「兆万長者」と表現されていましたが、もはや「万長者」という単位ではなく「兆億長者」と言ったほうが良さそうです。それ以外にも、SpaceXのIPOに参加したことで従業員数千人が一夜にして莫大な富を手にしたとか、約50億ドル分ものSpaceXの株を保有するサウジアラビアの王子の資産がさらに急増したといった好景気なニュースで盛り上がっていました。
株式が公開されたあと、順調に株価は上がり、一時は201ドル以上をつけて、毎日株価をチェックして一人笑みを浮かべていたのですが……。それからすぐに下がり出して「SpaceX株が続落、一時10%安-個人投資家の買いに鈍化の兆し」「SpaceXの株価、ついに下落」といった見出しが目につくように。さらに公開10日後には、1日で16パーセント以上下がってしまいました。Yahoo!ファイナンスの掲示板も「世界で一番割高な株へようこそ」「バブルだからいつかは弾けるよ」と、辛辣なコメントが。印税はさすがにマイナスになることはありませんが、株はマイナスになる可能性があります。これまでも何度か投資信託の価格が急落して多額の含み損を抱えたことがありましたが、それを繰り返すうちに、株の乱高下による刺激で、脳内麻薬が分泌されるように……。子供の頃は無邪気にジェットコースターのスリルを楽しんでいたのに、今やSpaceXの株の上下でドーパミンを放出するすれた大人になってしまいました。宇宙にブチ上がるくらいの上昇からの落下で、無重力感が味わえます。もしかしたら宇宙旅行の擬似体験をさせてくれているのかもしれません……。
ハイリスク、ハイリターンの株は大人のジェットコースター。振り落とされないようにずっと摑んでいれば、明るい未来に連れて行ってくれるはずです。

(次回は7月24日に公開予定です)
1974年東京都千代田区生まれ、埼玉県育ち。武蔵野美術大学短期大学部卒業。漫画家、コラムニスト、小説家。著書に『辛酸なめ子の世界恋愛文学全集』『女子校礼讃』『電車のおじさん』『煩悩ディスタンス』『世界はハラスメントでできている』『この人生、前世のせいってことにしていいですか』など。文化放送「武田砂鉄 ラジオマガジン」木曜後半レギュラー。
Xアカウント@godblessnameko





