採れたて本!【歴史・時代小説#46】

採れたて本!【歴史・時代小説#46】

 NHK朝の連続テレビ小説『風、薫る』(2026年3月~9月)は、日本で近代看護の礎を築いた大関ちかと鈴木まさをモデルに、ナースとして活躍する二人のヒロインを描いた。佐藤雫の新作は、明治中期に日本初の保育園とされるしゅどくようかい(現在の赤沢保育園)を作った赤澤鍾美あつとみとナカを主人公にしている。

 明治29(1896)年。ある理由で故郷を離れたナカは、村の尋常小学校の小川先生の紹介で、新潟市内で鍾美が営む私塾・新潟静修学校で奉公を始める。新潟静修学校は、尋常小学校の卒業後、金銭的な理由で高等教育が受けられない子供が通う学校で、幼い弟や妹、奉公先の子供を連れた生徒も多く、その子供たちの子守がナカの仕事だった。やがて鍾美とナカは結婚。移転し規模が大きくなった新潟静修学校には、付設子守室が作られた。変わらず子守を担当するナカは、事情を抱えた親であれば生徒と関係ない子供であっても預かり面倒を見るようになる。

 当時は、幼児教育のための幼稚園はあったが、親が働いている間だけ子供を預かる保育園はなかった。鍾美は、港町で工場もある新潟市には夫婦共働きの家庭も多いが、預ける場所がないので小さい子供を見るのは子守か、子守が雇えない貧しい家は兄、姉の仕事になり、それが高等教育が受けられない子供の増加に繫がっていると政府の無策に怒っていた。

 現代の日本は、保育園に入れなかった待機児童は減っているものの、特定の幼稚園に入るため空きのある園を断っている、自治体独自の保育サービスを利用している、育児休業中などの理由で保育園には入れないが待機児童としてカウントされない子供がいて、そのために復職を諦める親もいる。また本来は大人が担うべき家事や家族の世話を子供が日常的に行うヤングケアラーになったことで、進学、就職をやめる若者も少なくない。

 鍾美は、無認可の幼稚園として取締りを受け付設子守室が閉鎖されないよう知恵を絞り、ナカは自分の子供でないから預かった子供を適当に見ているといった心無い言葉に苦しむこともあった。それでも、働きながら子育てしている親を助け、生徒たちの夢を閉ざさないために新潟静修学校と付設子守室を懸命に守る鍾美とナカは、これからの日本に、働く親に寄り添い子育て支援を拡充し、子供たちが夢や希望を持てる国にするのか、それとも貧しさは自己責任と切って捨てるような国にするのかという問いを突き付けているのである。

 作中では、鍾美の言葉「強い人になるよりも、優しい人であろうとすることの方が、ずっと難しい」が繰り返し使われている。何度も危機に見舞われる新潟静修学校と付設子守室が、卒業生たちの協力や、鍾美とナカの理想に共鳴する善意の人たちによって救われる展開は、子育てだけでなく、弱者、マイノリティへの不寛容が広がる現代日本への痛烈な批判になっているように思えてならない。

汽笛、聞こえる
『汽笛、聞こえる』
佐藤 雫
集英社

評者=末國善己 

芦沢 央『ハザードランプ』
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