◇自著を語る◇ 五條 瑛『パーフェクト・クオーツ 北の水晶』

◇自著を語る◇  五條 瑛『パーフェクト・クオーツ 北の水晶』
いまそこにある「国」を見ながら

『パーフェクト・クオーツ 北の水晶』は、在日米軍のHUMINT担当の情報分析官を主人公とするシリーズものの諜報小説の中の一作だ。このシリーズはすべてタイトルに鉱物の名称を使っているために一部の人たちの間で〝鉱物シリーズ〟と呼ばれているが、つい先日、なぜ鉱物名をタイトルに使っているのかという質問を受けた。

 なぜかというと、あまり知られていないが、実は北朝鮮はアジアでも有数の資源大国といえるほど、豊富な鉱物資源を有していると言われている。しかもまだほとんど手つかずの状態で……。

 韓国の統計では、北朝鮮の鉱物資源は韓国の十五倍以上で、およそ二百種類の鉱物資源の埋蔵があるということだ。特にあらゆる産業で需要の多いマグネサイトの埋蔵量は世界一位(これは世界埋蔵量の半分に当たる量らしい)で、他にも石炭、タングステンなどが豊富で、さらにウランについては正確な埋蔵量が測定不能なほどの埋蔵があると推測されているらしい。

 となれば、鉱物資源量のもたらす潜在的〝国力〟は日本や韓国が太刀打ち出来ないほど北朝鮮の方が大きいということになる。だが、これらはあくまでも〝埋蔵されている〟だけで、実際に採掘から必要な加工、処理を施して流通に乗せるまでには、莫大な資金と技術が必要だ。幸か不幸か、いまの北朝鮮にはそれがないために、いまだにそのほとんどが手つかずの状態になっているというわけだが、韓国がことあるごとに「南北統一が実現すれば日本など敵じゃない!」と鼻息を荒くするのも、北朝鮮が有するとされる、自国で開発しきれないほど豊富な鉱物資源の存在を見越してのことだろう。

 いわば、北朝鮮という国そのものがまったく研磨されていない貴重で極めて資産価値の高い鉱物の原石といってよく、一度はここを支配した戦前の日本も、朝鮮半島を戦場とした米国も国境を接する韓国も中国もこの原石に手を焼き続けているような状態だ。

 だからこそ、アジアの諜報小説の題材としては最高ではないだろうかと……そんなことを二十年以上も前に思いついて書き始めたのがこのシリーズだった。本当にあらゆる面で、こんな面白くて不可解で謎でしかないような国は、世界のどこにもないと思うのだが。

 当時もいまも根底にあるのは、「朝鮮半島は一つの民族であって、二つの政治が存在してはいても二つの国ではない」という抗い難い現実に翻弄され、決して思いのままにならない(韓国を含む)朝鮮半島を扱いあぐねている日米の姿だ。それこそまさに自分がこの目で見てきたものであり、そしてきっとこれからも見せつけられるのだろうと思いながら書き続けてきた。

 北朝鮮は、本格的に研磨出来ないままいまだにただ荒々しく粗野な岩石で放置されている貴重な鉱物原石のような国だ。だからこそ魅力的で、あらゆる想像をかきたてる。しかも過去でも未来でもなく、いま現在、リアルタイムで世界を相手に互角に〝諜報〟と〝外交〟で渡り合っているのだから、わくわくしないわけがないだろうと、自分一人で勝手に思い込んでいる。

 個人的には、まったくの絵空事ではなく、どこかで確実に現実とリンクしているような諜報・スパイ小説が好きだし、このシリーズがそうしたものになっていればいいと願っている。そしてこの先も、まだどんな大国も研磨に成功していない国の行く末に思いを巡らせて楽しめるような、そんな話であればいいと。

五條 瑛(ごじょう・あきら)

大学卒業後、防衛庁に入庁、情報・調査専門職を務める。退職後はフリーライターを経て、1999年に『プラチナ・ビーズ』で作家デビュー。2001年に、『スリー・アゲーツ』で第3回大藪春彦賞を受賞。そのほかに『消滅のリスト』『焦土の鷲』、鉱物シリーズ、R/EVOLUTIONシリーズ、シルバー・オクトパシーシリーズなど著書多数。

書影
『パーフェクト・クオーツ 北の水晶』
〈「本の窓」2020年9月号掲載〉
「次に住む事故物件は7軒目」──『恐い間取り』著者・松原タニシインタビュー
〈第12回〉加藤実秋「警視庁レッドリスト」