江戸川乱歩の超ディープな世界を映画で振り返る!
江戸川乱歩は映画がお好き!?
その強烈な個性によって文学史に大きなインパクトを残した大作家、乱歩。映画化された乱歩作品を通じて見えてくるのは、とびきりディープなイマジネーションの世界でした。
猟奇的な世界観と、ときに退廃的なエロティシズムで知られる昭和の大文豪、江戸川乱歩。 その乱歩が自身に作品世界を構築するにあたって、映画技法はもちろん、映画館という空間に対する偏愛を含めた様々なレベルにわたって、映画というメディアから強い影響を受けていたことはご存知でしたか? その心酔ぶりは、「芸術表現の手段として、文学、絵画、音楽等を引っくるめて、活動写真に及ぶものなしとまで思いつめている」(「映画横好き」)と言ってのけるほど。
そして、乱歩の残した作品群もまた、たくさんの映画人を触発し、現在に至るまで多くの映画を産出するイメージの源泉としてあり続けてきました。ここでは、乱歩が活躍した昭和初期から平成の現在に至るまでのそれぞれの時代相とともに、多様な解釈が加えられ様々な相貌を見せる傑作乱歩映画の一端をご紹介したいと思います。
1920〜60年代:検閲と反権威
乱歩が探偵小説家としてデビューし、一躍流行作家となっていく1920、30年代は、国家権力による検閲が猟奇的な殺人を煽情的に描いた探偵小説の映画化を禁じたため、映画化されたのは『一寸法師』(1927・監督:志波西果・直木三十五)のみという、乱歩映画にとって最も不遇の時代でした。 しかしながら、敗戦後には、『心理試験』を原作とした久松静児監督の『パレットナイフの殺人』(1946)を皮切りに、多数の乱歩原作映画が制作されていくことになります。その後50年代に至るまでに制作された作品の多くは、少年探偵団や明智小五郎の活躍を描く活劇ともいうべき作風のものでしたが、1960年代後半に乱歩映画のモードが一変します。 折しもその頃は全共闘を中心とする新左翼運動が全盛。「反権威」的なムードが社会全体を覆い、映画では東映の任侠映画が隆盛を極め、アングラ演劇や暗黒舞踏といった先鋭的な文化運動が展開しており、また、既成の文学史から排除された乱歩を含む戦前期の探偵作家の作品が多数復刻され「異端文学」としてのブームを起こしていました。
花開く猟奇性
このような時代状況の中、1969年に増村保造『盲獣』と石井輝男『江戸川乱歩全集 恐怖畸形人間』という2本の乱歩原作の映画が公開されます。 増村保造『盲獣』は、退廃的な性愛と死というモチーフが前衛的な手法で描かれます。全盲の彫刻家(船越英二)と、作品のモデルとして誘拐・監禁された女(緑魔子)とが、壁面いっぱいに女体の各部位のオブジェをあしらったアトリエという、閉塞的な空間の中で徐々に錯乱していくクライマックスを迎える『盲獣』は、乱歩映画の新たな局面を切り拓いた傑作といえます。
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また、石井輝男『江戸川乱歩全集 恐怖畸形人間』では、『孤島の鬼』と『パノラマ島奇譚』を骨子とし、『盲獣』とは反対に、狂騒的で開放感に満ちたエロ・グロてんこ盛りの極彩色の世界が展開されます。 そのなかでも、無人島に畸形人間の王国を築くことに心血を注ぐ人物を演じた舞踏家・土方巽の存在感は圧巻です。乱歩を介した他ジャンルの強烈な個性の出会いが、このような破天荒なカルト映画として結実したといえます。
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1970〜90年代:爛熟したエロスと再解釈
この2作が契機となり、推理や活劇という枠から解き放たれた乱歩映画は、初期の中短編作品を原作として、そこにちりばめられた怪奇・幻想的なロマンや猟奇性、残虐性、エロティシズムの方向に舵を切っていくことになります。 ロマンポルノの一作として作られた田中登『江戸川乱歩猟奇館 屋根裏の散歩者』(1976・日活)は、「人間椅子」に坐しつつ別の男との情交に耽る女(宮下順子)と、屋根裏からそれを覗き見る男(石橋蓮司)との異形のロマンスと退廃的で無意味な殺人が描かれた傑作です。
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また、加藤泰『江戸川乱歩の陰獣』(1977)は、原作でのモノローグによる謎解きを主軸とした物語が、極端なローアングル、クロースアップ、ジャンプカットといった技法を駆使した加藤泰独自の様式美によって解体・再構築され、探偵小説家・寒川(あおい輝彦)と静子(香山美子)との緊張関係そのものを主軸とするサスペンス映画へと変貌を遂げています。
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「不安の時代」と乱歩の再ブーム化
その後、80年代には乱歩の映画化が途絶えるものの、90年代には復活を遂げます。その直接的な要因は、1994年に乱歩生誕100周年の企画が相次いだことにありますが、バブル崩壊を契機とした先の見えない不況や、阪神淡路大震災、オウム真理教事件といった社会を揺るがす震災・大事件の勃発、さらには猟奇的な殺人事件が頻発した時期であったことを考えると、人びとの間に漠然とした不安が共有される時代に乱歩が回帰してきたともいえそうです。 この時期に最も話題をさらった『RAMPO』(1994)は、監督の黛りんたろうとプロデューサーの奥山和由による騒動の末、バージョンの異なる二作が同時公開されことや、「サブリミナル映像の挿入」、「1/fゆらぎの音響」、「フレグランスの散布」などといった映画外の要素もまた話題となりました。 しかし、江戸川乱歩(竹中直人)が自身の小説世界に取り込まれ、虚構と現実の境界が曖昧になっていく物語が、アニメーションや様々な特殊効果を用いて描かれている点は、実は乱歩自身の空想家的気質や自ら本の装丁や広告まで考える興行師的気質を表現していたともいえます。
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また、同時期に『屋根裏の散歩者』(1994)を撮った鬼才・実相寺昭雄の『D坂の殺人事件』(1998)は、『D坂の殺人事件』、『心理試験』をもとに構成されていますが、映画版オリジナルのキャラクターである贋作絵師・蕗屋清一郎を演じた真田広之の怪演が印象的な作品です。 また、真田が絵のモデルが気に食わず自らに化粧を施し女装する官能的なシーンに、横溝正史の傑作短編『蔵の中』の主人公(蕗谷笛二)が亡くなった姉を想い自ら化粧を施す場面の影響がみられるなど、乱歩だけでなく戦前期探偵小説へのオマージュがちりばめられた秀作といえます。
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そして、塚本晋也監督の『双生児 GEMINI』(1999)は、原作の双子の兄弟間での殺人と入れ替わりというモチーフを中核としつつ、裕福な医者の跡取りとして育った兄と、忌わしい痣を持って生まれたが故に両親に捨てられ貧民窟で育った弟(ともに本木雅弘)との愛憎劇を、鮮烈なヴィジュアル・イメージで描いています。
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そして21世紀へ
2000年代に入っても、コンスタントに乱歩映画が作られます。乱歩の中短編のオムニバス『乱歩地獄』(2005)は、ベテランの実相寺や、映像ディレクターの竹内スグル、漫画家のカネコアツシ、ピンク映画界の鬼才・佐藤寿保という布陣で臨んだ意欲作です。 なかでも、「芋虫」となった元軍人(大森南朋)との情交の末、やがて自らも四肢を切断するに至る妻(岡元由紀子)の倒錯的な愛を、独特の映像美で描き切った佐藤の『芋虫』は強烈なインパクトを残しています。
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最後に、初の欧米での乱歩原作映画となった、日本の怪奇作家・大江春泥に私淑して来日したフランス人作家(ブノワ・マジメル)を主人公としたバーベット・シュローダー監督による『Inju 陰獣』(2008)や、これまで取り上げられることの少なかった乱歩の戦後の短編『妻に失恋した男』を原作とした窪田将治監督『失恋殺人』(2010)など、近年もこれまでとは違ったアプローチによる乱歩映画が作られ続けていることを付記しておきます。
▼『Inju』 オフィシャルトレーラー映像
以上、駆け足で乱歩原作の映画について述べてきましたが、その魅力はこの短い紙幅では到底語り尽くせるものではありません。しかしながら、ここに紹介した映画は、乱歩という強烈な個性に魅了されながらも、そこに映画作家たちが自らの個性を拮抗させることで、自身の映像世界へと昇華させることで生み出されてきた傑作群だったといえます。
【執筆者プロフィール】
井川 理 (いがわ おさむ)
東京大学大学院 総合文化研究科
言語情報科学専攻 博士課程
【編集部より】 とにかく圧巻の、無限に広がる乱歩のディープな世界。 そこに一歩でも足を踏み入れたら、もっと深く知りたくなるというもの。 映像で楽しむのもいいですが、原作を読むとさらなるイマジネーションの広がりがあります。
そんなあなたには、乱歩ワールドを満喫することのできる、全ての乱歩作品を完全に網羅した、初の電子全集をぜひ。12月25日に配信開始されます。 「明智小五郎」「傑作推理小説」「少年探偵団」「評論・随筆」の4シリーズに分け、全20巻を毎月最終金曜に配信。しかも、乱歩自身でストーリーを変えた、別バージョンもすべて収録。 電子ならではの豪華付録が毎巻つき、第1回目は市川染五郎氏のインタビュー、特集コラム、秘蔵写真や書誌情報、年譜など盛りだくさんです。
乱歩の魅力が濃密に詰まった電子全集、詳しくはこちらから!
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初出:P+D MAGAZINE(2015/12/17)