カリスマ書店員が、山口瞳の『血族』『家族』をオススメする理由
カリスマ書店員が、「オススメの一冊」を語る新連載がスタート!本のスペシャリストである書店員が選ぶ一冊とはどんな本なのか? そして、その一冊に込められた想いとは? 自身の体験と重ねて、とっておきのエピソードを語っていただきました。
カリスマ書店員が語る「オススメの一冊」:山口瞳の名作『血族』『家族(ファミリー)』になぞらえた自身の半生
P+DMAGAZINEの新企画としてスタートする、カリスマ書店員が語る「オススメの一冊」。
第1回は「本屋へ行こう!~この本屋がおもしろい~」にも登場した東京堂書店神保町店店長・河合靖さんが、好きな作家の筆頭に挙げた山口瞳氏の姉妹作『血族』『家族(ファミリー)』について熱く語ります。
長らく絶版だった両作品ですが、1月に発売された『血族』に続き、今月『家族』も復刊しました。
自身の過去と、『家族』に描かれた山口瞳の半生を、河合さんはオーバーラップさせ、作品の魅力を語ります。
写真:林忠彦写真集『日本の作家』(小学館)より 撮影/林忠彦
山口瞳の『家族』。過去を暴かせてしまう怖い作品
『血族』、『家族』の単行本が家の本棚にあるが、父親の本棚から拝借したものである。何度も読み返しているためボロボロの状態だが手放す事が出来ない。単行本はもとより文庫版も現在は絶版状態で新しく買い直すことが叶わなかったためである。しかしP+DBOOKSで『血族』が復刊された。さらになんと6月に『家族』も復刊されるというではないか。これで山口瞳のルーツ小説二部作がやっと手に入る。しかも安い価格で!本屋としても、また一個人としても、何とか多くの人に読んでもらうべく拡販、宣伝をしていくつもりである。
『血族』が母親の生い立ちを探る物語であったのに対し『家族』は父親に向けられている。この私小説を繰り返し読んでしまうのは、自分が今まで経験してきた事と強く被るためである。山口家とダブらせるなんてとんでもない勘違いだと百も承知なのだがこの小説を読むたびに恐ろしいほどの既視感を覚えるのである。
わたしは今現在、自分の父親だった人の生き死にすら知らない。両親が離婚してからすでに30年近く経過しているがその間一度も会ったことすら無い。(詳細はご勘弁を)
父親は印刷の職人だったが一つの所に腰を据えて働く事が出来なかった。腕はそれなりに良かったようで職にあぶれる事は無かったと聞いている。頻繁に友達だという人を連れてきては(いつも違う顔ぶれ)昼間から酒を飲んだりして母親が苦労していたのを覚えている。
『家族』の中で山口家が雀荘さながらの鉄火場になる描写があるが、我が家は一部屋に家族4人が暮らしていたためそこまでは行かなかったが・・
そんな理由もあり、家では決してやらなかったが雀荘での麻雀は頻繁に打っていたらしい。指には麻雀タコもあったので相当な打ち手だったのではないかと今では想像できる。お調子者で宵越しの金は持たないタイプ、そして寂しがりやで常に誰かとつるんでいないと駄目な人であった。
『家族』のひとつの読みどころとして競馬場の場面が多くあるが、類に漏れずわたしの父親も毎週やっていた。日曜の朝必ず競馬新聞を買いに行かされていた記憶があるので多分中央競馬だろう。小遣い目当てで自転車を飛ばしたものだ。
わたしは高校を卒業し、就職してから何年かは賭け事に無縁だった。絶対父親のようにはなるまいと強く思っており、誘いはあれどその度断ってきた。しかしある日親友から無理やり(半ば騙されて)競馬場に連れて行かれ、何レースかの馬券を買った。よくあるビギナーズラックという恩恵をこうむる事は無かったがレース中は妙に体が熱くなり血がたぎった。
それ以来、競馬は年に何回か小銭を賭け、麻雀も誘われればたしなむ程度やっている。
小遣いの範疇でやってはいるものの家族には秘密だ。
わたしも今や家を出て行った時分の父の年齢に達している。
一応、妻と3人の娘、それに母親も元気で一家五人平穏に暮らしている。しかし自分の中に眠っている父親の血があの時の競馬場で経験したように、いつ騒ぎ出すかわからない恐怖に少しだけ怯えている。
『血族』も『家族』も母と父のひた隠しにしていた真実、更には自分にとっても隠しておきたい部分をさらけ出し血を吐くような思いで書かれた私小説である。
『家族』では作者「私」がたまたま競馬場で50年ぶりに出会った小学校時代の同級生と自分の過去探しを始め、詐欺罪で1年の刑期を勤めた過去を隠し続けて亡くなった父親の過去をも明らかにしてしまうのである。
この小説の「私」山口瞳は、読者である「わたし」をも操作し、過去を暴かせてしまう怖い人である。
(河合靖 東京堂書店神保町店店長)
おわりに
『家族(ファミリー)』 父の実像を追求する『血族』の続編的長編
カリスマ書店員、河合さんの想いが詰まったエピソードはいかがでしたか?
作品の魅力が手に取る様に伝わってきましたね。
そんな山口瞳の「家族」が、P+D BOOKSより発刊されました。
あらすじやためし読みは、下記よりチェックしてみてください。
「私は競馬に熱中する。父の血が競馬にかりたてるように思うのだ」――私は府中の競馬場のパドックで、川崎の幸町小学校時代の同級生・石渡広志に、偶然出会った。 このことがきっかけとなり、私の川崎での幼時体験の記憶がうごめき出す。記憶の彼方にいるおぼろげな父の像。そして、そこに悪夢がオーバーラップし始める。前作『血族』に続き、私小説的な手法を用い、熱き愛で静かに父の実像を凝視した長篇。
初出:P+D MAGAZINE(2016/06/15)