【増税前に読みたい】税にまつわるSF・ディストピア小説3選

2019年10月にいよいよ迫った消費増税。いまこのタイミングだからこそ読みたい“税金”にまつわるSF・ディストピア小説の名作を3作品ご紹介します。

2019年10月にいよいよ迫った消費増税。ニュースやワイドショーの中でも、増税前に買っておくべきものはなにか、軽減税率にどう備えればよいか──といった議論が日に日に白熱していっています。

いずれは20%にまで上げる必要がある、というゾッとしてしまうような試算も出ている消費税。今回は、いつか訪れるかもしれないそんな恐ろしい事態に備え、さまざまな「税金」に悩まされる日本国民の姿を描いたSF小説やディストピア小説を3作品ご紹介します。

税金を1円も納めない男の秘密──『税金ぎらい』(星新一)

星新一
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4652020848/

最初にご紹介するのは、星新一によるショートショート『税金ぎらい』。本作は、「納税調査協会」に所属するとある青年が、豪奢な生活を送り続けているM氏の秘密を探るというストーリーです。

なんでも、M氏は非常に金持ちであるにも関わらず、所得税を1円たりとも納めたことがないというのです。喫茶店にM氏を呼び出し、その理由をこっそりと尋ねる青年。するとM氏は、自分の月給はわずか500円だから税金がかからないのだと言って、月給袋の中身を青年に見せます。

その中に入っていたのは、100年ほど前の10円金貨──つまり価値の高い古銭でした。青年は月給袋の中身をしばらく見つめるとおもむろにそれを掴み、代わりに1万円札をテーブルに置いて、店から逃げてしまいます。

慌てて警察を呼ぶM氏。しかし、駆けつけた警官に事情を聞かれたM氏は「500円を盗まれ、1万円を置いていかれた」と説明するしかなく、警察は結局何もしてくれないのでした。

奇抜な方法で高額な納税から逃れようとするM氏の姿は滑稽にも見えますが、現代にも売上を過少申告したり、仮想通貨を巧みに用いたりすることで脱税をしようとする人々は多数存在します。このショートショートに笑ってしまう人の中にも、M氏の気持ちは痛いほど分かるという方は少なくないのではないでしょうか。

 
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税金を払わないと見殺しにされる世界──『税金の国』(時雨沢恵一)

キノの旅
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/404912520X/

時雨沢恵一による大人気ライトノベルシリーズ『キノの旅』。18巻にあたる『キノの旅XXII the Beautiful World』には、『税金の国』という短編が収録されています。

金持ちが多いというとある国の高級住宅街に通りかかった主人公・キノと、言葉を話すことができる愛車のエルメス。ふたりはある豪邸が火事で燃えている様子を目にしますが、駆けつけた救急隊員はなぜかその家ではなく、被害の少ない隣家に放水をし続けていました。

燃えている家の3階では、逃げ遅れた家主の妻が助けてと叫んでいます。それを見て顔を真っ青にした家主が救急隊に「なぜ助けない!」と聞くと、救急隊員はこう答えるのです。

「あなたは、防火税金を払っていませんよね?」

キノが事情を聞けば、この国ではすべての税金の支払いが任意で、各々が不要と感じた税金は支払わずに節税ができるものの、その対価にあたるサービスも一切受けることができなくなる、とのこと。
しびれを切らして3階から飛び降りた家主の妻は怪我を負ってしまいますが、防火税金を払っていないという一点張りで、救急隊は彼女のことを助けません

家主と妻に助けを求められたキノは、救急隊に、交通事故の場合は救護されるのかどうかを尋ねます。「交通事故税を支払っていればもちろん救護される」という答えに、車の運転が趣味であるという家主は「うちは交通事故税ならすべて払っている」と叫びます。

それを聞いたキノは、愛車エルメスをわざと家主と妻に軽くぶつけ、ふたりを“交通事故の被害者”に仕立てあげるのでした。すぐに救急隊が駆けつけ、キノたちは家主に感謝されながらその国を去ります。国のシステムの前では失われそうな命さえも見殺しにされるという、『キノの旅』の中でも群を抜いてシニカルな一篇です。

政府の定めた“炭素税”に苦しめられる国民──『シャングリ・ラ』(池上永一)

シャングリ・ラ
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/404873640X/

『シャングリ・ラ』は、池上永一によるSF長編小説です。
舞台は第二次関東大震災が発生し、都市機能が麻痺した近未来の東京。世界ではそのころ、CO2削減を進め止まらない地球温暖化に終止符を打つため、炭素排出量によって変化する“炭素税”という経済概念を導入します。排出炭素が少なくなればなるほど国ごとに定められている税金負担額が減るというしくみの中で、日本は炭素排出量を抑えるため、特に炭素排出量の多い東京を強制緑化の対象としてゆきます。

東京は、政府が建設した快適な空中地盤「アトラス」に幸運にも入れた350万人と、その抽選から漏れ、仕方なく地上で暮らし続ける人々で二極化していきます。強制緑化の対象となった地上の東京は森に侵食され、結果、難民が溢れてしまうのでした。

一部の人のみに開かれた空中都市や東京の森林化といったモチーフにはファンタジーらしい奇抜さを感じる一方で、一方的に定められた“炭素税”というシステムと、国民の生活を二の次にしてでも税率を下げるために躍起になる政府という構図には、強いリアリティを感じる読者も少なくないはず。いまだからこそ読み返したい、名作SF小説のひとつです。

おわりに

今回は、“税金”にまつわる選りすぐりのSF小説をご紹介しました。ありえない展開ばかりでさすがSF小説と感じた方もいれば、中には、自分たちの生活を揶揄されているようでゾッとしたという方もいらっしゃるかもしれません。

軽減税率をめぐり、飲食物などを扱う企業の対応も注目を集めているいま。ぜひこのまたとない機会(再び増税が決まらない限りは)に、今回ご紹介した小説を手にとってみてください。

初出:P+D MAGAZINE(2019/09/14)

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