原 武史『平成の終焉 退位と天皇・皇后』/令和元年のうちに読んでおきたい、平成を振り返る一冊
元号が平成から令和へ変わった2019年。今年が終わる前に、改めて平成を振り返ってみませんか? 政治思想史を講じる学者が、そもそもの始まりとなった生前退位の「おことば」から、平成の終焉をわかりやすく読み解いた一冊を紹介します。
【ポスト・ブック・レビュー この人に訊け!】
池内 紀【ドイツ文学者・エッセイスト】
平成の終焉 退位と天皇・皇后
原 武史 著
岩波新書
840円+税
生前退位の「おことば」の分析から浮かび上がるもの
元号フィーバーといった騒ぎようだが、それ以上は何も知ろうとしない。天皇制とは空気のようになじんでいるのに、天皇家については関心の外なのだ。怠惰な国民になりかわって、政治思想史を講じる学者がわかりやすく、いかにして「平成」が終焉を迎えたかを説いてくれた。
天皇の生前退位を望む「おことば」がそもそもの始まりだった。だから第1章は「『おことば』を読み解く」。おかげで全文にわたり、天皇の文章を読むことができる。古風で、きちんと筋道をたどり、平易で、品格のある良質の日本語である。政治情勢に触れない制約のなかで、主張すべきことは主張して、その上で「国民の理解の得られることを、切に願っています」と結ばれている。宮内庁のホームページに全文が公開されているが、はたして国民のどれだけがあたってみただろう。
「おことば」の背景と、分析を通して、さまざまな問題点が浮き出てくる。戦前戦中の昭和天皇は姿を見せない
やっと平成を待って天皇と世俗とのへだたりが定まった。皇室用語では、天皇が一人で外に出るのを「行幸」、皇后とつれ立って出るのを「行幸啓」というそうだが、今上天皇は行幸啓を自分たちのスタイルとしたようだ。それは「『平成』をより鮮明にするための、強い意思」と取れないか。「おことば」を知る人も、天皇がその中で自分の葬儀についても語っていることは、ほとんど気づかないだろう。死を自覚した人間は強いのだ。そういえば近年の行幸啓はきわだっていた。太平洋戦争の激戦地を巡り、深々と頭を下げる姿は、ひときわ鮮烈だった。時代の動向への危惧と批判をこめてのことは、火を見るよりあきらかである。その点でも怠惰な国民は、べつに何とも感じなかったようなのだ。
(週刊ポスト 2019年5.3/10号より)
初出:P+D MAGAZINE(2019/10/29)