【著者インタビュー】逢坂 剛『百舌落とし』/『MOZU』として映像化された大人気シリーズの完結編
西島秀俊主演の『MOZU』として映像化もされた大人気の「百舌シリーズ」が、33年目にして完結! その作品に込めた想いを、著者に訊きました。
【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】
映像化もされた大人気シリーズが33年目でついに完結! 謎と伝説に包まれた殺し屋の「真の正体」に驚愕必至!
『
2000円+税
集英社
装丁/フィールドワーク 装画/西口司郎
逢坂 剛
●おうさか・ごう 1943年東京生まれ。中央大学法学部卒。80年『暗殺者グラナダに死す』でオール讀物推理小説新人賞を受賞し、81年初著書『裏切りの日日』を発表。『百舌の叫ぶ夜』『幻の翼』『砕かれた鍵』『よみがえる百舌』『鵟の巣』『墓標なき街』本書へと続くシリーズは、西島秀俊主演『MOZU』として映像化もされ大ヒット。86年『カディスの赤い星』で直木賞、日本推理作家協会賞、日本冒険小説協会大賞、15年『平蔵狩り』で吉川英治文学賞など。169㌢、78㌔、A型。
殺人を犯す動機として、業とか不条理などという決まり文句は書きたくない
タイトルは知る人ぞ知る、野鳥狩猟の
「
逢坂剛作「百舌シリーズ」の完結編は、元民政党議員〈茂田井滋〉が両瞼を縫い合わされた上で殺されるという怪事件で幕を開ける。被害者は頸部を千枚通しで一突きされ、現場には例の鳥の羽が。そう、あの伝説の殺人鬼、百舌の手口だ。
が、警察内部で男たちを篭絡し、組織壊滅を図った美人警官〈
*
シリーズ第1作『百舌の叫ぶ夜』から早33年。エピソード0『裏切りの日日』からは、実に38年が経った。
「ホント、よく書いてきたと思いますよ。私は基本、シリーズは3作までと決めているんですが、読者に続編を期待されるとつい未練が出てね。やはり長年育ててきた人物には愛着もありますし。そのわりには作品内ではさっさと
まずは主人公の公安刑事〈倉木尚武〉が第3作目で非業の死を遂げ、初代百舌こと新谷和彦も死んだ。その後も歴代の百舌たちや主要人物が次々に
「先程の話と多少矛盾するけど、作者は読者と違って登場人物に愛着を持ち過ぎてもダメで、その例が『羊たちの沈黙』ですよ。レクター博士の人気もあって、作者のハリスは彼の成育歴なんかを4作目で書いてしまうけれど、怪物はなぜ怪物になったのか、わからないから怖いわけでしょ?
だからこのシリーズでは倉木も新谷も津城も洲走も早々に死んで、残るのは大杉と美希と東都ヘラルド記者の〈残間〉くらい。それでも悪は滅ぶことなく、百舌は何度も蘇るというのが軸でもあるし、ある人が死にそうで死なないとか、どんでん返しかと思ったら違うとか、最後の最後まで手は尽くしたつもりです」
2年前、ある鉄鋼商社の武器輸出疑惑と、「警察省」創設を目論む政界の陰謀に迫った大杉たちは、今回の事件にも黒幕・三重島の影を見ていた。その日、茂田井邸には介護士資格を持つ40歳下の後妻〈早智子〉と秘書〈鳥藤和一〉がおり、賊は客人を装って早智子に薬をかがせ、眠らせた間に夫の殺害に及んだらしい。そしてその訪問者が、かりほの妹で三重島の愛人〈弓削まほろ〉の名刺を残していたのだ。
2年前、洲走事件と三重島の関与を裏付ける証言テープを入手し、挙句殺された、右翼雑誌編集長〈田丸〉の遺体発見現場と茂田井邸は目と鼻の先。そのテープも未だ行方不明な中、田丸の元部下である残間としても当然黙ってはいられない。
早速、行きつけのバーで情報交換する大杉、美希、残間の3人に、警視庁生活経済特捜隊に籍を置く大杉の娘〈めぐみ〉や美大講師の傍ら大杉の助手を務める〈村瀬〉、残間の部下で東都ヘラルド社会部の〈平庭〉もやがて加わる。
なかなか素直になれない父と娘や、前作よりは前進したらしい大杉と美希の関係も見もの。また銀座の名店「とん㐂」や「不二」で彼らが交わすトンカツ談義も楽しい限りだが、そうこうする間にも、テープの行方を追う残間が何者かに拉致され、早智子までもが殺されてしまうのだ。
小説の価値はどこにあるか
この間、美希は追跡中のまほろに逆に後を付けられ、自分は三重島が芸者に産ませた娘〈弓削ひかる〉で、洲走かりほの妹・まほろは別にいる、という衝撃の事実を聞く。しかも本物のまほろは三重島の愛人を装う傍ら、ひかるとも関係を持ち、姉を死に追いやった美希や、自分たちを利用した三重島に復讐するために、姿を消したのだと。
「かりほに妹がいるなんて、私も驚きました(笑い)。でもあの執念を見ればそうかとも思える。
人を殺したくて殺す百舌に動機は要らないとも言えますが、業とか不条理なんて決まり文句を、私は書きたくないんです。人の行動には何かしら条理があって、百舌を利用した側にも相応の理由はある。本書の悪役たちも家では善き父親かもしれない。誰か特定の悪人が世の中を悪くするわけじゃないから、余計怖いんです」
物語はやがて、ある人工知能技術の国際争奪戦へと展開し、研究資金の流れや武器にも日用にもなりうる〈デュアルユース〉技術の危うさなど、看過できない現実を読者につきつける。
めぐみと美希はそれぞれ、米国防総省の出先機関OSRAD(戦略研究開発事務局)の技術顧問〈ケント・ヒロタ〉や栄覧大学教授でAI研究の権威〈星名重富〉、その旧友で在日三世の貿易商〈荒金武司〉をマークし、星名がOSRADの資金で開発した技術を荒金経由で北朝鮮に流しているのではないかと内偵を進めていた。元々これらの研究機関には防衛省からも年100億もの予算が流れ、学術会議が警鐘を鳴らすほど。近年はそこに米軍までが金を出している。2年前の事件を知る大杉は思う。〈たとえ、防衛装備移転三原則と名前が変わっても、そこまで規制が緩くなったとは、思いたくない〉
「私の情報源は専ら新聞です。毎日広げて読む中で、各社違う論調の間に大抵の真実は見えてくるんです。
元々このシリーズも公安関係の古い資料を神保町で見つけ、『裏切りの日日』で公安小説と本格トリックを融合させたのが始まり。公安の内実を初めて小説に書いた、という多少の自負はあります。ただし物語の外にも世界はあり、そっちをどう生きるかは、また別の課題として考えないとね」
小説や音楽や芸術に社会を変えるまでの力はないと、最近、逢坂氏は思うらしい。
「たぶん小説は、小説以上でも以下でもないところに、価値があるんです」
物語が終わってなお読者の中に生き続ける、百舌の不穏な残像も、その1つだ。
●構成/橋本紀子
●撮影/三島正
(週刊ポスト 2019年9.20/27号より)
初出:P+D MAGAZINE(2020/04/07)