【2020年の潮流を予感させる本(2)】野中郁次郎、戸部良一、河野仁、麻田雅文『知略の本質 戦史に学ぶ逆転と勝利』/戦争の歴史に範をとる「本質」シリーズ完結編
新時代を捉える【2020年の潮流を予感させる本】、第2作目は組織運営や企業経営の分野において「勝つための、生き残るための」資質と能力を「知略」という概念でさらに体系づけた一冊。ノンフィクション作家の岩瀬達哉が解説します。
【ポスト・ブック・レビュー この人に訊け!】
岩瀬達哉【ノンフィクション作家】
知略の本質 戦史に学ぶ逆転と勝利
野中郁次郎 戸部良一 河野仁 麻田雅文 著
日本経済新聞出版社
2200円+税
装丁/新井大輔
混迷を深める現実の解は「人的資源」にあり
日本軍の失敗を問い直した『失敗の本質』、政治リーダーと戦争指導者を分析した『戦略の本質』、そしてリーダーシップのあるべき姿を示した『国家経営の本質』に続く、シリーズ完結編である。
戦争の歴史に範を取り、組織運営や企業経営の分野において「勝つための、生き残るための」資質と能力を、それまでの「戦略」に加え、「知略」という概念でさらに体系づけた。
日々、刻々と変わる「情況と文脈に応じて具体的戦略」を立て、「知的機動力」でもって勝利してきたリーダーたちは、皆この「知略」を身に着けていたという。
「劣勢だった側が逆転に成功を収めた事例」のひとつとして、スターリングラードの戦いを検証している。ソ連軍の「現場の指揮官と部下の信頼関係の強さ」によってドイツ軍を撃退したプロセスは、分析的、論理的な戦略思考では説明のつかない、直観的、無意識的な「知略」がもたらしたものだった。
ドイツに対峙したチャーチルにしても、民族の独立戦争を戦い抜いたホーチミンもまた、守るべき大義を国民感情に訴えることで、共感を呼び起こし、団結をもたらし、武力に勝る威力を発揮させたという。
政治家にしろ軍司令官にしろ、リーダーには、敵を殲滅するだけでなく、その後の善い世界を「物語り化する能力」が欠かせない。
だが湾岸戦争の米軍には、それが備わっていなかった。撤退の前に「地方政府による統治を回復して地域住民に必要な公共サービスを提供する」など、安定と発展の未来を示せなかったため、イスラム過激派の反感を買い、アルカイダはじめ、様々なテロリストによる混乱を発生させた。
世界情勢と並行して国内政治も混迷を深めるなか、理論だけでは指揮のとれない現実が増大するに違いない。その解を「知略」という人的資源に求めるヒントに溢れている。
(週刊ポスト 2020年1.3/10号より)
初出:P+D MAGAZINE(2020/05/26)