【著者インタビュー】高殿円『コスメの王様』/明治大正期の神戸花隈を舞台に、東洋の化粧品王を描く
明治大正期の神戸花隈を舞台に、東洋の化粧品王と呼ばれるまでになった男の成功譚と、牛より安い値段で売られてきた少女の運命が交錯する――さまざまなジャンルで話題作を連発するエンタメ作家がおくる大河小説!
【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】
〝東洋の化粧品王〟はいかにして誕生したのか――話題作連発の著者、最新作!
コスメの王様
小学館
1760円
装丁・装画/小尾洋平(オビワン)
高殿円
●たかどの・まどか 神戸生まれ。武庫川女子大学文学部卒。2000年に『マグダミリア 三つの星』で第4回角川学園小説大賞奨励賞を受賞しデビュー。13年『カミングアウト』で第1回エキナカ書店大賞。『カーリー』シリーズや『シャーリー・ホームズ』シリーズなど数々の人気シリーズを持ち、『トッカン―特別国税徴収官』や『上流階級 富久丸百貨店外商部』などドラマ化も多数。著書は他に『剣と紅』『政略結婚』『グランドシャトー』等。166㌢、O型。
知ることや拒むことができず苦しむ人に風穴を見つけてもらえる物語を書きたい
ライトノベルや漫画原作、戦国ファンタジーから、かのホームズ現代女性版まで、圧巻のストーリーテリング力でジャンルの壁を悠々と超えてきた、エンタメ作家・高殿円氏。
「あっ、これは今、書かなあかんと思うものを書いてきた結果、一貫性のない作家みたいな感じになっています。作家性ってなんやろみたいな感じですね(笑)」
最新作『コスメの王様』では、明治大正期の神戸
利一には中山太陽堂(後のクラブコスメチックス社)初代社長で明治の化粧品業界における四大覇者の一人・中山太一という実在のモデルがおり、彼と架空の芸妓との交点に、港町神戸の賑わいや変遷が浮き彫りになるのも一興だ。
そんな今作の執筆動機も「今、書かな」。筆名を古の製鉄技法から付けたという彼女のモットーは、「鉄は、熱いうちに打て!」らしい。
*
「元々私は生まれも育ちも神戸っ子で、いつか神戸を小説にしたい、特に明治の開港後、一番イイ神戸を書きたいと思って、ずっと題材を探してはいたんですね。
以前『剣と紅』(12年)で主人公にした井伊直虎が、その後、大河ドラマ(『おんな城主 直虎』)の主役になって、講演などで浜松によく呼ばれるようになったんです。そうしたら私が取材した当時は『直虎? 誰?』って感じだったのが、町中に幟が立ち、お饅頭まで売られてた(笑)。そうか、自分の町がドラマになるとみんなが笑顔になるんや、神戸もそうなったらいいなあ、でもそんな題材が都合良く見つかるかなあと思っていた矢先でした。明治期に花隈で起業し、成功した中山太一さんを知ったのは」
幸運なことに、クラブコスメチックス社には歴代商品や広告を集めた文化資料室があり、学芸員までもがいた。
「しかも創業者をフィクションで書きたいという私の考えまでも許してくれて、なんか、今書けって言われた気がしたんです」
明治33年。花隈でも一、二を争う〈箕島楼〉の寮の裏手にそびえる〈大銀杏〉の下で、ドブに嵌った利一15歳を、おちょぼ時代のハナ12歳が助ける出会いからすべては始まる。その〈ドブから助けられた狸の子〉は意外にも綺麗な顔をしており、素性をあれこれ詮索する姐さん方は〈あの子、ちょっとおハナに似てた〉とも言ったのだった。
「この大銀杏の話も含めて本作はフィクションなだけに、クラブコスメチックス社のトレードマークである双美人や商標までも、どう物語的に解釈するのかについて、結構悩みました。
でも当時の写真を見ると、太一さんはウソやろってびっくりするくらいにイケメンなんですよ。しかも資料を読めば読むほど、どこをどう掘っても誠実で研究熱心で、『出来過ぎやろ』って思うくらいな人。そうしたらもう、何を書いてもフィクションに見えるんかなって開き直れましたね(笑)。
例えば、そんな完璧な人なら必ず自社の商品は自分でも試してみるだろうから、双美人の片方が化粧をした利一かもしれないとか。後に良質な洗い粉や〈無鉛白粉〉を開発する利一がハナと2人でお化粧するシーンなんかもあっていいかもなって、楽しみながら書かせてもらいました」
やがて大分の薬種問屋・熊谷商店の支店長となって帰ってきた19歳の狸の子と、花隈有数の名妓に成長したハナは再会。大銀杏の下で夢を語り、心を通わせるが、当時では花街ならずとも〈十六は嫁ぐ歳〉だ。ハナの旦那候補には灘の大地主〈庄松〉や九州の炭鉱王とも噂される粋人〈霞翁〉らが名乗りを上げ、後に〈永山心美堂〉を設立する利一とはいえ、簡単に結ばれようはずもないのだった―。
自分なりの人生を選択できるのか
中山ならぬ永山心美堂はクラブ洗粉ならぬハート洗粉を発売、いきなり年400万個の大ヒット商品となるなど、時代を席巻。またフランクリンの十三徳という信念に感激した利一が、〈真心〉を商売の基本に据えたり、本作のシンボルツリーである大銀杏の葉がよく見るとハートの形だったりと、単にクラブをハートに変換しただけとは思えないほど、細部が冴える。
「ハートについては、悩んでいたらクラブコスメチックスさんが『ハート化粧品』という商標を持ってることを知った。後から揉めたくもないし、ここは素直にハートでいこうと(笑)。
利一とハナの恋を絡めたのにも理由があって、それこそ私たちは朝ドラで何十年と成功者の話を観てきたわけですよね。『マッサン』然り、『まんぷく』然り。大抵は男性が成功し、女性が支える話です。そんな話は令和の時代には古くないかなって思ったんです。それらは確かに史実ではあったやろうけど、この2人には違う関係もええかなって。その答えがこの、
利一は男だから貧しいなりにチャンスを与えられた部分はある。その成功をハナは〈いやや〉という拒絶の言葉すら持てずに生きてきたからこそ祈る。彼女は彼女で自分なりの人生を選択できるのかという、自立の物語でもあるんです」
こと人生に関して拒否権や選択肢がなかったり、〈『知らない』ことが不幸の始まり〉とあるように、いつの時代にも十分に知り、選ぶという、不幸をかろうじて遠ざけるための行為ができない人が多いという。
「人生最初期のイヤイヤ期で拒むことを覚えるくらいに拒絶は大事なことやのに、成長するほど嫌って言えなくなるんですよね。
『知る』に関しては、太一本人が良質な商品も
今作は明治の話ですが、知らなかったり拒めなかったりして苦しんでいる人は現代にも大勢いる。しかもそれを運で決められるのは最高に不幸だと思うので、せめて風穴を見つけてもらえる物語を、私はエンタメに書いていきたいんです」
稀代の成功者のビジネス譚、はたまた女性の覚醒や対等な恋の物語と、幅広い読み方のできる大河小説である。
●構成/橋本紀子
●撮影/国府田利光
(週刊ポスト 2022年4.1号より)
初出:P+D MAGAZINE(2022/03/31)